2017年08月23日

藤原会長による「上月氏とそのお城」を聴講

この春より“やしろ鴨川の郷”で開催されている、『歴史講座 播磨の氏族の興亡(播磨の領主とそのお城)』の第四回「上月氏とそのお城」を聴講。講師は北播磨城郭研究会・宍粟市城郭研究会の会長である藤原孝三氏。

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播磨の中世といえば赤松氏、その一族といわれる上月氏。その歴史は以前より気になっていたところであり、年休をとって出かけていった。一年以上ぶりで会う藤原会長の講座は、相変わらぬ熱さで予定された時間を軽くオーバーしたのであった。改めて上月氏の歴史は分かりにくいことを認識したが、現時点においてもっともまとまった研究成果であった。

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講座後、外に出ると大雨。たまたま講座に同席してはった山城仲間の杉山氏と雨宿りをしながら歴史話に話を咲かせていたところ、藤原会長も合流。講座とは一味もふた味も違うアフター歴史トークを楽しんだのであった。
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2017年08月16日

篠山の夏といえばデカンショ祭

篠山市四文化施設を館管理しているいまの職場に勤めて七年、二年目より四館の事務方を担当するようになってのち、四館を主体に行われるイベントに出動するようになった。

デカンショ祭の両日も、入館者増と篠山の町ピーアールを目的にミュージアムカフェを開催。そのカフェ一員として、ビールやつまみの販売、客さんの呼び込み、裏方として材料などの運び屋などに汗を流すのが恒例となっている。

例年、歴史美術館において店開きをしてきたが、今年はデカンショの小径とデカンショ館へ観光客を誘うため北の堀端に位置する地方門から青山歴史村までをカフェ化、デカンショ観光客のおもてなし(呼び込みと販売)に努めたのだった。

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一昨日に下準備を行い、昨日の初日はまずまずの人出、続く2日目の今日もいい感じのおもてなしができた。ここ三年、デカンショ祭が雨にたたられ、途中で中止になるということもあった。今年も雨がぽつぽつするという不安な空模様のときもあったが、まずは中止になることもなくデカンショ祭は滞りなく終わった。

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今年は両日ともに平日で観光客の出足も鈍いのではと心配されたが、デカンショ祭のメーン会場に通じる一等地にカフェを構えたこともあって、カフェ企画をはじめて以来の活況を呈した。目的であったデカンショ館の入館者も昨年を大幅に上回る成果が得られたそうで、おおいに満足できる結果となったようだ。

明日は後片付けに忙殺されることになるだろうが、まずはトラブルもなく無事イベントを終えてよかった。とはいえ、スタッフの高齢化が進んでいることを思えば、このカフェ企画も曲がり道になっていると思わざるをえない。

posted by うさくま at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 祭り

2017年08月14日

歴史民俗誌 Sala 62 が届いた。

ズーッと家紋コラムを書かせていただいている

歴史民俗誌 Sala 62号 が届いた。


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今回は中世播磨の歴史に欠かせない赤松氏を中心とした

「赤松氏と播磨中世武家の家紋」と題した一文。

総じて新味に乏しいオーソドックスな内容のものだが

取材過程で書写山に残る赤松氏の家紋資料に

邂逅できたことはこの記事を書いた余禄であった。




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2017年08月12日

亡き母の初盆

昨年の暮れに亡くなった母の初盆ということで、「どうしたもんじゃろ?」アマの姉と連絡を取り合った。実家の宗旨では、ことさら初盆の法要といったことはしていなかったと思っているのだが、篠山に暮らしてみると初盆が重視されていることが実感された。

姉いわく実家の兄は、初盆という法要は計画していないらしい。でも、初盆は気になる「そうだ墓参に行こう帰ろう」と田舎に帰る帰省することにした。昨日、姉家族と山崎インターチェンジすぐのところにあるショッピングセンターで待ち合わせて買い物をすませ、田舎で一泊。

今朝、ブラッと揖保川堤防に出かけてみると、子どものころのままとはいかないが、むかしと変わらぬ川の流れ、山の姿である。ヒトは寿命がくると去っていくが、自然は変わらない、あたりまえのことだが母の初盆を思えば心に染みる田舎の風景だ。

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前方にある山の麓を左へ数分移動すると、香山城があります。「播磨灘物語」ではこの川を黒田勢が押し渡ったと書かれてます、が、ほんとかな〜〜 (^ν^)
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泳いだ川、昔はもっと深かった。
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左の山が右に落ちたあたりが通った小学校、チョッと見えない。

朝食をよばれたのち墓参り、天気が好いこともあってカラッとした墓地の風景である。姉夫婦と姪母子、そしてわれわれ夫婦の六人でお参りをすまし、姉たちと別れて丹波への帰途についた。今晩帰って来るという長男夫婦が駅に着くまでには時間がある。


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ということで、「しそうふれあい市場旬彩蔵」で素麺、梨などを買い、一宮から粟賀を抜けるルートで帰ることにした。せっかくなので、前から気にかかっていた波賀城主にゆかりがあると思われる中村姓の家紋を探して西安積の古刹・普門寺を訪ね、そこで教えてもらった村墓地へお邪魔した。なるほど、中村姓の墓があり、逸る心で家紋を見ると期待した「三つ星」とは違う「隅切角に松の角字」であった。波賀城主ゆかりの中村姓の家は、やはり波賀町に続いているのであろうか。

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普門寺の山門
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中村家の家紋

ガッカリしながら、目に付いた閨賀集落の墓地を訪ねると秋田家だらけ!家紋は「違い矢」と「違い鷹羽」、前から感じていたことだが家紋の矢羽根と鷹羽は根は一緒と見てよさそうだ。ついで安積の墓地を歩いてみると安積姓の墓を発見。家紋を見ると「一つ巴」、中世、安積一帯を領していた国人安積氏にゆかりの家かと思われたが確証となるものはない。先の中村さんと併せて、今後の課題として心に留めておこう。


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秋田家の家紋
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安積家の家紋

墓地探索はきりがない、ともあれ、一宮から粟賀に抜けたところで家紋をウォッチ。ついつい墓地を見つけると寄ってしまう、さ、本当に帰ろうと思ったとき長男から電話。チョッと早く着くとの連絡で篠山口駅に直行、長男夫婦を拾い今晩のバーベキューの材料を購入。あとはワイワイと親子四人でバーベキューに舌鼓を打ったのだった。


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2017年08月09日

『図解「近畿の城郭4」』が届いた

城郭談話会の編になる『図解「近畿の城郭4」』が届いた。
そもそも「図説・近畿中世城郭事典」をベースに第一巻が発刊されて以来、巻を重ねること四巻。

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二巻、三巻と購入してきて、身近において置きたい本ではある。とはいえ、四巻目ともなるとそろそろネタ切れ?とも思われる。何よりも、決して安くない価格を思うと「買おうか…、買おまいか…??」逡巡したが、惰性で予約してしまった。
一巻、二巻のころには「いまか、いまか」と届くのが楽しみだったが、四巻目ともなると感動も少ない。で、手にとって見ると、近畿の中世城郭を紹介する城本としては出色のものではある。
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2017年08月06日

波々伯部神社の夏祭を楽しむ

丹波の祇園さんと呼ばれる波々伯部神社の夏祭りの本宮、久しぶりに楽しんだ。昨日、神社を訪ねて宮司さんにお話しをうかがい、今日、京都から遠征されてきた勇矢氏と一行、ウイズささやまが企画・実行する祭り見学ツアーと一緒になって祭を堪能した。

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神社の氏子集落から山車が続々と集まり、神社境内に勢ぞろいした姿は、賑々しくも、華麗で勇壮。そして、ハイライトの御旅所渡御へと祭礼は盛り上がっていく。緑の山、田畑のなかを御旅所へと山車が渡御する光景は何度みても飽きることのない素晴らしいもの。丹波篠山に祀りは数々あれど、波々伯部神社の夏祭りの渡御は別格というしかない。

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波々伯部神社のお札「藤鯛」を宮司さんからいただき、早速、我が家の玄関に貼らせていただいた。これで、いろいろな厄を「封じたい」と願う。

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posted by うさくま at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 祭り

2017年07月30日

荒木城整備に汗を流す

昨晩より外は大雨、予定していた戦国倶楽部オフ会「山城整備&温泉&懇親会」は中止せずばなるまい。と、京都から参加予定の歴女Sさん、西脇のSどのらに連絡、大池の城マイスターMさんらに中止のやむなきを連絡いれた。
すると、Mさんは雨はあがるのでは?とのこと、それなら篠山口で落ち合ってどこか山城整備に行きましょう。

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ということになった。すると、雨も次第に上ったことで、今日の目的地に代えて、かねてより整備作業を続けている細工所荒木城に登ることになった。一方、西脇のSさんに連絡、懇親会だけでも参加しませんか?と声をかけると「行きます」とあっさり快諾であった。
さて、酔狂な二人は弁当と飲み物を仕入れて、荒木城に攻め込んだ。雨上がりの細工所荒木城はとんでもない湿気で、主郭に着いたころには汗みずくであった。小休止ののち、南尾根曲輪群を整備、昼食をとったのち北堀切とその先に続く尾根曲輪の整備作業に努めた。

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南尾根曲輪の整備、汗でレンズが曇った

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北尾根の堀切

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スッキリした


その途中、鋸が壊れたのをきっかけに、西尾根曲輪の整備をしながら下山。湿気と暑さで足元も覚束ないフラフラ状態、服は泥だらけとなった。
下山ののち懇親会場に移動して杉山氏と合流、オフ会恒例の歴史談義に花を咲かせたのであった
posted by うさくま at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2017年07月25日

みんなで甲冑づくり、第2日目

前回、T先生が用意されたパーツを切り出し、
縅糸の通し作業に着手した。

第二回目の今日は、篠山城大書院に集合して
甲の錣、胴、草摺、大袖、喉輪などに縅糸通し作業
籠手や佩楯の下地は洋裁の得意なスタッフが担当
とりあえず、パーツの製作に没頭した。

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今回、作成する武田信玄の甲冑は
獅子の前立ちとヤクの毛をうえた諏訪法性の甲と
赤糸で威した鎧賀特徴的なもので、いざ造るとなると
なかなか手ごわいものだ。

われわれの手に負えないところはT先生だのみとし
全部で9000あるというパーツの穴に
ひたすら縅糸を通す単純作業を黙々と行った。
縅糸で飾られたパーツはなかなか見ごたえが出てきた、かも。
posted by うさくま at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 手作り兜教室

2017年07月22日

淀山城整備、ついで剛山城に登る

淀山城の整備に出陣!今日の参加者は村仕事があるとかで総勢四人、無茶苦茶な暑さのなか作業に大汗を流した。あまりの暑さに作業時間を早めに切り上げ、昼から予定をしていた剛山城址に登ることにした。

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城東公民館より剛山城を見る

さて、どこから取り付くか。城址の東側、地理院の地図にも見える破線のルートに決定したものの、すごい藪状態。生い茂った雑草を切り払いながら進んでいくと、寺跡であろう平坦地、なかなかの遺構と見受けられた。求める点線ルートは見当たらず、出曲輪が残ると思われる尾根筋に取り付き、山上の城址へと登っていった。途中、出曲輪らしき地形があったが、はたして城址であったかどうか。

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東陽寺跡であろう平坦地

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出曲輪の堀切か?

ヘロヘロ汗だくになりながら登りついた山上曲輪群は雑木藪、まったく手入れがされている形跡はない。たかる薮蚊をはらいながら城址を歩くと、切岸、横堀、帯曲輪などが確認できるが、足を踏み込むのを躊躇う状態である。薮蚊の大群に辟易しつつ西尾根を下っていくと、城址一番の見所といえる堀切。ここは、見応えがあった。いつか機会があれば、整備作業をしたいものだが・・・。

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生い茂る雑木藪

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主郭部切岸と横堀

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西尾根を遮断する堀切

西尾根を下った山麓には戦時中に掘られていたというマンガン鉱のあとが穴を開け、いわゆる昭和遺産とえいえるのではなかろうか。貧相な鉱山跡を見ると、往時、資源のなかった日本が勝てない戦争の推進に必死となっていた負の歴史を感じたことだった。

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posted by うさくま at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2017年07月21日

丹南町史を購入した

前から欲しいな、と思っていた「丹南町史」

掘り出し物をネットで発見

清水の舞台から飛び降りる心持ちで買っちゃいました 。


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講師とか原稿執筆とか依頼されるのは嬉しいことだけれど、

マジメに取り組む(当たり前だが)ほどに資料代が嵩みます ( ˙-˙ ) 。

でも、「買おう!」と思い切るきっかけになるし、痛し痒しですね〜。

posted by うさくま at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記