2024年04月16日

但馬八木城12年ぶり登山

昨日、ハチ北からの帰り、但馬八木城に登った。

駐車場が整備中だったが、停めるまでには至らず、

山麓のお寺さんの駐車場に停めさせていただき、

寺町後方に見つけた中登り口から登山。ルートは急坂だが、

迷うことなく東の尾根先曲輪の東屋に登りついた。


c437767362_7225616497536867_3705053639463385605_n.jpg

城山を東南より見る


続きを読む
posted by うさくま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2022年04月20日

但馬八木城城下町の殿屋敷跡を訪ねる

17日の日曜日、ハチ北に遠征して
念願だった座禅草と水芭蕉の花を楽しんだ。

丹波から但馬のハチ北まで、片道約90q、
道道、山城群を横目に見ながら2時間とチョッと。

IMG_1053.JPG
左折するとハチ北へ
IMG_1844.JPG
途中、車窓から竹田城を見た

このルートに残る山城のなかでは竹田城と八木城が
歴史、規模からして双璧となろうか。

先日、八木城下の山麓に残る殿屋敷跡が発掘され
その成果をふまえて整備事業が進行中と知った。
殿屋敷跡は、9号線のすぐ傍らにあることとて
ハチ北からの帰路、寄り道してみた。

続きを読む
posted by うさくま at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2021年11月25日

但馬水生城から竹貫城を踏破。

今日はシフト休。
垣屋豊続が羽柴勢を迎え撃った水生城址の取材に但馬遠征。
目論みとしては、水生城址をメーンとして竹貫城址、
さらに、八代城址、伊福城址なども視野に入れて出かけた。

・水生城と周辺の山城
豊岡日高の地図.png

260623009_4384998068265405_7826369439108613296_n.jpg

豊岡道を日高神鍋高原インターチェンジまで走り
袮布で買い物、登り口となる水生山長楽寺の駐車場へ。
長楽寺は奈良時代の開創という古刹、九十九折の石段を
登ると古式然とした山門、おりからの紅葉がいい感じ。

IMG_7937.JPG
長楽寺、長い階段は足慣らしによいかも
260637614_6536489393088189_5976983910460575833_n.jpg
山門

長楽寺の裏山が水生城址、お寺の駐車場脇に登り口があり
踏み込むとかつての僧坊跡であろう平坦地が連なる、
水生合戦の時には但馬勢が曲輪として転用したことだろう。
僧坊跡を登っていくと程なく尾根筋の山城曲輪群、
文字通りにアッサリと城址へと登り着いた。

続きを読む
posted by うさくま at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2021年09月06日

垣屋嫡流の山城、鶴ヶ峰城址に登る

今日は勤務先の休館日。
昨日、相方に「明日は但馬に行く」と宣言。
朝起きると「天気よし!」宣言した通り但馬に出張った。
目的地は、山名四天王の一、垣屋氏嫡流が
但馬時代で最期に拠ったといわれる鶴ヶ峰城址。

十年ちょい前、垣屋氏の山城群に登りまくったが、鶴ヶ峰城は
急峻な山上に位置するということもあって登らず仕舞いであった。
今度、垣屋氏の歴史を改めて調べ直そうと思い立ち
先日も垣屋氏が割拠した日高から竹野を歩きまわった。

日高 鶴ヶ峰 地図修正.jpg

鶴ヶ峰城攻めを決めたのち、あれこれ調べると
どうやら北山麓の大渓寺から道があるような。
さらに、大渓寺の裏山に城主不明という栗山城がある。
位置的に鶴ヶ峰城を詰め城とした垣屋氏の居館のようでもあり
まずは、栗山城を攻め、その勢いで鶴ヶ峰城に登ることにした。

続きを読む
posted by うさくま at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2020年04月29日

心にひかかっていた、但馬進美寺山を制覇

いわゆるゴールデンウィークの初日にあたる「昭和の日」。
世間はコロナコロナで外出の自粛が声高に叫ばれているなかを
不謹慎とは思いながら、前から気にかかっていた但馬の進美寺山に登った。

進美寺山.jpg

進美寺山の山名となった山上の進美寺は、僧行基によって創建され
鎌倉時代は幕府の御祈祷所として崇敬を集め、繁栄した。
多くの僧兵を養い、南北朝時代には、但馬南朝方の一大拠点として
城砦が築かれ北朝方と激しい攻防戦が展開されたという。

今日も天気は快晴、若葉の山に登る楽しさもだが
目的は山上に展開する進美寺城、掻上城、白山城の攻略だ。

a94560578_2734323553332873_3076410736830840832_o.jpg
竹田城が見えた。今日は、よく抜けた快晴です (^ ^)
b95290881_2734744959957399_7507889144517885952_o.jpg
今日のターゲット、進美寺山。

続きを読む
posted by うさくま at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2019年09月15日

有子山城の整備作業、神戸で戦国呑み会

ここ一週間、異常な暑さが続いている。
今日も快晴、天気予報では30度を超えるとのこと。
ではあるが、かねて予定されていた山名城研による
有子山城跡の草刈ボランティア作業に参加するため
早起きして相方と出石へと出っ張った。

丹波篠山から出石まで、いつもの豊岡道ルートだが
改めて沿線を見ると戦国山城が鈴なりに連なっている。
まずは大山城、金山、柏原八幡、高山寺、沼、東芦田、山垣、田ノ口と続き、

a70079747_3082585835145246_8118333357399474176_n.jpg

b70787722_3082586555145174_3111553177153961984_n.jpg

c70353199_3082586931811803_7749472430623555584_n.jpg

d70163656_3082587378478425_3190959047918485504_n.jpg

遠坂を越えて但馬に入ると柴、諏訪、竹田、枚田と続き、宵田、国分寺、
そして出石盆地が近づくと山名氏が本拠地とした此隅山が現れ、
今日の決戦の場となる有子山城が前方に姿を見せるのであった。

e69967900_3082587791811717_6626757259210784768_n.jpg

f70353449_3082588258478337_4758623798880632832_n.jpg

g70193355_3082588578478305_4686016642302345216_n.jpg

h70038655_3086178914785938_1610922050954723328_n.jpg

i70397020_3086179448119218_4491084526461648896_n.jpg

続きを読む
posted by うさくま at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2015年07月26日

城友と出石・福知山へ

身体は未だ本調子ではないけれど、
城友Mさんのの誘いを受けて、出石から福知山に出かけた。

出石でこれも城友Tさんと合流
まずは、炎天下、出石城界隈を散策して
出石ソバに舌鼓をうつ。

20150726-1.jpg
出石城跡、知る人ぞ知る虎口跡だそうな

20150726-2.jpg
出石とくればソバでしょう!

今日は、山城は止めておこうということだったのだが、
普通に歩いて登れる中村城跡と猪崎城跡に寄ってしまった。

20150726-3.jpg
中村城跡の切岸と帯曲輪

20150726-4.jpg
城跡を囲繞する横堀

20150726-5.jpg
猪崎城跡の切岸と腰曲輪、高い、広い!

20150726-6.jpg
人物と比べると、規模が分かります

20150726-7.jpg
猪崎城跡から遠く福知山城を見る


とんでもない暑さで、一汗かいたあと、
ビールを呑めなかったのは残念だったが、
体調が戻ってきているな〜と実感できた。

20150736.jpg

帰ると、予約していた「信濃をめぐる境目の山城と館・上野編」が
届いていた。見ると、吾妻郡の海野氏一族が気になってきた・・・ かも (ー_ー) 。
posted by うさくま at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2014年08月03日

田路氏発祥の地、朝来田路谷を歩く

天気予報では「曇り」というが、ときおりパラっとくる不穏な天気。
予定通り、宍粟城研会長藤原さんと朝来田路谷の探索行に出陣。

丹波篠山から但馬朝来までは、何通りかのルートがあり
ナビは舞鶴道→中国道→播但道を推奨している。豊岡道を
知らないナビとしては最良の選択なのだろうが遠回りな上にお金もかかる。
青垣から銀山湖を横目に生野へ抜け、そこから北上という一般道ルートもあるが
道が狭い山道は避けたい。ということで豊岡道を選択、
会長との待合せ場所である田路谷口までは一時間半のドライブだった。
豊岡道は本当に安くて重宝な自動車道である。

IMG_5894.jpg
奥田路に残る田路城址を遠望

続きを読む
posted by うさくま at 07:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2013年09月29日

高生田城の見学会に参加して但馬遠征

今日は、朝来の糸井ユートピア計画実行委員会さんが主催される
「高生田城跡 見学会」に参加して高生田城跡攻め、
ガイドは山名城跡保存会会長の西尾先生。
高生田城は和田山から出石へ通じる糸井街道の傍らにある山城で、
かねてより登ってみたいと思っていた城だ。

高生田_眺望
高生田城跡から和田山方面を見る
続きを読む
posted by うさくま at 17:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2013年04月20日

但馬の山城攻めに遠征

いま、なにかと注目を集めている天空の城ー竹田城、
その南方に位置する戦国山城―岩洲城(山口城)に登った。
同行は、山城仲間で戦国倶楽部の中心メンバーである三宅さんだ。

岩洲城は数ある竹田城の支城の一つで、
天正五年(1577)中国攻めを進める羽柴秀吉が、
播磨との国境生野口から但馬に侵攻したとき、竹田城の前衛を担った山城だ。

岩洲城_眺望
祠のある曲輪跡からの見事な眺望
続きを読む
posted by うさくま at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2013年03月25日

但馬の山城をハシゴする

今日は代休。昨日の山名城研のミニ講演会のあと豊岡に一泊。
豊岡に泊まるのははじめてのことで
美味しいものを!と思ったのだが知らぬ町とて満足度は低かった…、かも。

さて、今日のメーンターゲットは、雪のころに下見に来た温泉城。
いまにも降り出しそうな塩梅の空模様で、天気予報は「曇りのち雨」、
雨になれば中止だ!と心に言い聞かせて湯村温泉へと移動する。

温泉城_06

続きを読む
posted by うさくま at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2013年01月06日

但馬温泉城攻めに遠征

今日は、かねてより気になっていた但馬国湯村温泉にある
温泉城址を攻めようと但馬に遠征した。
おそらく但馬は雪であろうと思われたが
昨年の十一月に開通した豊岡自動車道の延長区間を走ってみたいこともあって
積雪がひどかったら「止めればえ〜やん」と割り切って出かけたのだ。

湯村_01 延長なった豊岡自動車道

続きを読む
posted by うさくま at 20:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2012年11月04日

但馬に遠征、宵田城、国分寺城を踏破。

但馬国府・国分寺館の企画展「但馬の城と館」のイベント
“山城を歩く” に参加して但馬の宵田城に登ってきた。
九月の有子山城整備に参加した帰りに
企画展をやっていることを知り寄り道、城歩きに申し込んでいたものだ。

集合場所である日高支所に向かう但馬路は濃霧、
和田山インターチェンジから見える竹田城も霧に包まれて見えない。
うっすらとだが、陽射しも感じられる…このシチュエーションは、
雲海に浮かぶ竹田城が見られる絶好のチャンス! だが、
文字通りの断腸の思いで日高支所へと車を走らせたのであった。
(あとで調べると、雲海の竹田城が見られたそうだ (T_T) )

但馬宵田城_01
前方に宵田城址が見えてきた

城歩きの参加者は約三十人、八木城登山のときに知り合った城ガールさん
Twitter でフォロわっているIKさんも参加されていた。

続きを読む
posted by うさくま at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2012年10月21日

但馬生野城、再訪

ちょうど一か月前の秋分の日、田舎へ墓参で帰省する予定をたて、
その翌日に宍粟城研のタケネットさんとの登城を計画していたものが、
つまらぬモライ事故で帰省も登城も無念の中止となり、改めて仕切りなおしたのであった。

生野城2012_01
山麓のローソンから城址を遠望

今回は、墓参は割愛して山城に専念、田舎に一泊した翌朝の九時
宍粟市役所でタケネットさんと落ち合うと、一路、播但道生野インターチェンジへ。
生野の天気は快晴、ローソンで昼ごはんをゲット。
ローソンを出ると目の前に城山がバッチリと見える、いい城攻めの予感だ。

続きを読む
posted by うさくま at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2011年08月07日

真夏の竹田城跡に登り、BBQを楽しむ

職場の同僚と、仕事仲間と連れだって真夏の竹田城に登った。
参加者は七人、山城に登ったことのない人が多いこともあって
いちばん楽々な中腹の駐車場から登るコースをチョイス。
 
竹田BBQ_登る 暑い陽射のなか急坂を登る

のっけからの急坂を登り御花畑曲輪へ
そこから見える眺望、本丸の石垣群に一同まず感動!
石垣の間を通り、本丸曲輪への石段を登り
天守台への木梯子を登れば竹田城の本丸である。

続きを読む
posted by うさくま at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2010年11月10日

三開山城に登る

先日、豊岡埋蔵文化財センターのSさんから「豊岡城館調査報告書」を送付いただいた。城館とあることから「城」「館」を調査した報告書と思い込んでいたわけだが、実物は「豊岡城」「館」の調査報告書であった。こちらから頼んで送ってもらったものだけに購入すべきところだが、求めた記述・挿画はない。あつかましいとは思ったが、Sさんにお願いして返本させていただくことにした。そんなこともあって、本の返却と失礼のお詫び、併せてSさんに但馬の山城情報を教示いただこう、加えて文化財センターすぐのところにある三開山攻めも…と豊岡に出かけて行った。

和田山に着いたあたりから空模様が怪しくなり、文化財センターに到着したころから小雨がぱらつき出しだ。さらに、訪ねたSさんは不在であった。仕方なく学芸員の方に本を返却し、三開山城の情報と但馬方面のクマ出没情報を聞いたところ、一週間ほど前に三開山城近くでクマが捕獲されたという。センターを辞して外に出ると雨、加えて「やはり、クマ出るか〜」、ともあれ三開山城の登り口だけでも見ておこうと目星を付けた東南山麓にある住宅街へと車を走らせた。

三開山城を遠望
北方から見た三開山城址

続きを読む
posted by うさくま at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2010年10月21日

但馬から播磨、山城めぐり

昨晩、城郭ドットコムの播州さんから
「山城に行きませんか」とのお誘いを受け、当然ながら快諾!
但馬から播磨方面の山城に登ってきた。

篠山口駅で七時半に合流、まずは生野城を目指した。丹南篠山口ICより春日ICへ、そこから多可町方面へ西走、神河町を北上して生野に到着、約二時間のドライブであった。
生野城は二年前の夏、田舎に帰省する途中にウサと娘二人と銀山を観光、生野城にも登ろうと言って却下されたところである。それもあって、機会があれば登りたい山城だっただけに播州さんの誘いは 「待ってました!」 というものであった。

続きを読む
posted by うさくま at 19:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 但馬の山城

2010年08月21日

朝倉氏発祥の城址に登る

先日は香住で討死しそうになったが
懲りもせず、今日は養父市八鹿町にある朝倉氏発祥の城址に登ってきた。
 
朝倉氏といえば越前一乗谷に京文化を花開かせ、
織田信長と対立して滅亡した朝倉義景が知られる。
義景の朝倉氏は八鹿の朝倉氏の一族が越前に移ったものであり
八鹿町朝倉は全国の朝倉さんの発祥の地なのである。
朝倉には朝倉本城・朝倉比丘尼城・朝倉向山城と三つの山城がある。
今日は八木城の山麓界隈を訪ねたいこともあって
朝倉本城と朝倉向山城を攻略してきた。
 
朝倉本城は地元の方々の努力によってよく整備されていて
曲輪・切岸・堀切・櫓台・虎口などなど遺構の保存状態もよく、
山上からの眺めも抜群で、非常に気持のよい山歩きが楽しめた。

香住_朝倉城s
朝倉城主郭の櫓台より城下を俯瞰、素晴らしい見晴らしだ

 一方の朝倉向山城は朝倉本城の東方に位置しており、
どこから登るか取り付き口に迷ったが、忠魂碑の側に登り道を発見、
尾根筋をひたすら登っていくと、迷うことなく城址にたどり着けた。
どうやら城址東端の尾根先に、かつて建物があったようで
そこに至るまでの山道が掘削されていて、格好の登山道になっているのだ。
城址は山上の主郭を中心に南北の尾根に曲輪群が配された連郭式のもので
東北尾根の二重堀切、主郭を取り巻く帯曲輪、曲輪ごとの切岸などなど
こちらは手入れこそされていないが、遺構の保存状態は悪くない。

香住_朝倉向山城s
向山城主郭へ続く急斜面を登る

朝倉にはもう一つ中世山城‐朝倉比丘尼城址があり、
聞けば、そちらもよく手入れがされているとのことである。
地元の方々の朝倉氏に対する誇りというか、
思い遣りというかが感じられて、なんとも気持が良かった。
by kuma

posted by うさくま at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2010年08月18日

畝状竪堀を持った香住の城へ

先日、香住の山城行きを計画して駅まで行きながら
青春十八切符を入れた財布を忘れて痛恨の挫折を味わった。
いまのJRは都会中心のダイヤであって、
田舎では一度乗り遅れたら悲惨なことになる。
特急を使えばいいのだろうが、十八切符では特急は利用できない。
 
…というようなことがあって、今日、仕切りなおして香住の山城を探索してきた。
ターゲットは、香住駅前の小山にある志馬比城と、
志馬比城の南方にある釣鐘尾城の二城だ。
駅前のレンタサイクルで自転車を借り、城のことを聞くと
公民館に勤める友達 Y が詳しいのでと、連絡をとっていただく。
都会にはない、なんともいえない地域ネットワークで、
公民館の Y さんもまことに親切丁寧、資料をいただいて
まず、一番目の志馬比城へ自転車を走らせる。

香住_志馬比城
香住駅より志馬比城を見る (右の赤いボディは乗ってきた電車)

志馬比城・釣鐘尾城とも羽柴秀吉の但馬侵攻に抵抗した垣屋氏が
既存の城を拡張修復したもので、畝状堀切が特長的な山城だ。
志馬比城は発掘調査もされたといい比較的登りやすかったが、
釣鐘尾城は登る者もないとのことで、急斜面の山腹を攀じ登った。
おりからの暑さと、ところどころで強いられる藪コギで
頭はクラクラ、身体はフラフラ、たまらず日陰でへたりこんでしまった。
このままでは熱中症になるかも…、最悪のケースも頭にちらつく、
さらにこの藪状態では、厭〜なダニも徘徊しているかもと思われ
木々も葉を落とし、城址の地形も分かりやすくなる晩秋に再訪を決め
道なき尾根を藪コギしながら下山した。

香住_釣鐘尾城 竪堀を攀じ登る

下りたあと、ダニに取り付かれていないかをチェック!
駅のトイレで身体を拭って、着替えてスッキリしたが
危うく、釣鐘尾城で討死するところであった。
いや、本当に今年の暑さは異常というしかない!
by kuma 
posted by うさくま at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2009年09月14日

垣屋宗家の城、但馬楽々前城址を攻略!

楽々前(ささのくま)城は丹波守護山名氏の重臣であった垣屋氏が拠った城で、応永年間(1394〜1428)に垣屋隆国が築いたものと伝えられている。城は日高町西武の三方盆地の東側、佐田から伊府を経て道場に伸びる佐田連山の山上に築かれ、南北800メートル、東西250メートルにおよぶ規模壮大な山城である。

楽々-常光寺 楽々-経堂
西側山麓常光寺より城址を見る 20080705   北側山麓に残るかつての菩提寺址という経堂 20090502

これまで但馬守護山名氏が拠った此隅山城址・有子山城址、山名四天王である田結庄氏の豊岡鶴城址、八木氏の八木城祉、太田が木氏の竹田城址、そして垣屋氏一族の宵田城・轟城などを攻略してきた。その間、楽々前城には二度チャレンジしたが、いずれも途中で登り道が分からなくなり無念の挫折を繰り返してきた。その後、あっちこっちの山城攻略を続けながら楽々前城の資料を収集、今回、新たに発見した縄張り図を手に三度目のチャレンジを敢行、ついに楽々前城を攻略できた。


楽々-展望s
北尾根の曲輪から日高市街を見る

To Be Continued
posted by うさくま at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城