2015年04月04日

念願の播磨大山城を攻略

今日はかねてより予定していた通り
神河町在住のKさんと神河町内に残る山城、
長谷城跡と大山城跡を攻略。

週間予報であ「雨時々曇り」とあった天気もまずまず!
丹波篠山から播磨神河町で約一時間の道をひた走った。

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2014年12月27日

播磨神河町の山城に登る

篠山に引っ越して以来、なにかとお世話になっている綾部のKS氏
その弟さんで神河町在住のKTさんよりある日突然にメールをいただき、
かねてから登りたいと思っていた神河町内に残る山城、
柏尾山城と高峰城攻めにご一緒した。

まず、神河町粟賀の高峰城跡。
先日登った高峰山城と名前が似ていることから粟賀高峰城と呼ばれ
伝承によれば赤松氏一族の伊豆氏(孫四郎祐国)の持ち城であったという。
高峰山城も伊豆氏(孫次郎則定)が城主と伝わっていて
赤松一族の系譜に関してはなんとも難儀するというしかない。


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2014年09月28日

三木城攻め付け城群を歩く

天気もよし、城攻めに出陣
ターゲットは羽柴秀吉が三木城攻めに築いた付け城群。

出かける前に、付城群の縄張り図を用意し
国地院の二万五千分一の地図で城址の所在地を確認
プラス、ネットに上がっている情報に目を通して出陣。

まずは、三木城攻めの本陣となった平井山本陣跡を目指した。

IMG_3050.JPG
法界寺法界寺山ノ上付城跡から三木城跡を遠望

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2014年01月18日

播磨宍粟、三方の山城を攻める

今日は、ディスカバーの土曜会、南山城の整備が予定されていたが
明日の宍粟城研見学会を見越して、田舎に泊めてもらうことにしたのだった。

せっかく播磨へ帰省をすることでもあり、途中、寄り道して
昨年の宍粟城研見学会で踏破できなかった宍粟一宮の御形城跡へ。

三方_御形城04
揖保川越しに城址のある山を見る

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2013年07月07日

播磨の天空の城、利神城跡に登る

久しぶりの帰省、せっかく西播磨方面に行くことでもあり
佐用郡に残る天空の城―利神城に登ってきた。
事前に宍粟城研のタケネットさんと連絡をとりあい、ご一緒していただいた。


利神城は赤松氏一族の別所氏が南北朝時代に築いたもので
赤松氏の拠点城である白旗城の前衛として別所氏が代々の城主であった。

利神城_遠望

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2013年03月31日

感状山城、たつの古城を攻める

今日は久しぶりの戦国倶楽部オフ会で山城攻め。
攻城先は播磨西部に位置する感状山城、たつの古城、
どちらも素晴らしい山城なのに参加者は
城郭ドットコムの三宅さんと播磨屋ことわたしとの二人っきり城攻め!

「いい山城揃いなのに、なんでや!」 と思わないでもないが
ともあれ三宅さんとディープな山城攻めに出陣した。

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2013年01月13日

驚きの連続! 感状山城に登る(垣屋氏の紋)

先週に引き続いて、山城攻めに出陣。
今日の攻城先は、西播磨の相生市域にある感状山城。
感状山城は総石垣造りが特徴で、ネットの情報などを見ると
近世城郭に近い構造を呈し、国指定史跡も受けている。
かねてより『登りたい!』と思っていた戦国山城だ。

感状山_01
大手にあたる東南方面より城址を遠望

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2012年12月09日

播磨鶴居界隈に遠征

今日は、宍粟城研2012納めの城攻めとなる播磨谷城見学会であったが
先日、会長より中止の連絡をいただいた。
とはいうものの、出陣モードになっていたことでもあり、相方と二人で播磨に遠征した。
ターゲットは谷城をスルーして、その北方にある鶴居城に決定、
鶴居城は谷城とともに赤松一族永良氏が築いた城である。

鶴居-08
東方の飯盛山城から、鶴居城を見る

鶴居城、谷城ともに既に攻城済のところだが、
鶴居城は主郭部の石垣を見落としていたこともあって、再訪を期していたのだ。

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2012年01月15日

加西アルプスに築かれた善防山城に登る

善防山は加西市南部に位置する標高251メートルの低山、その姿は岩におおわれた峻嶮な姿で、西方の笠松山とともにミニアルプスを呈している。その中間部にある古法華山は、我が国最古の白鳳石仏(国の重要文化財)を本尊とする古刹であり、善防山から笠松山一帯は修験の場として多くの信者を集めたところであったと思われる。

善防_遠望
東方より善防山を遠望、山上尾根筋に城跡が残る

また、善防山の南方には京都から篠山を経て姫路へ通じる国道372号線が走り、北、西、東方も地方主要道が走る交通の要衝である。それらの道は、かつて古法華に参拝する信者ら、京・丹波・播磨を往来する旅人たちで賑わったことと思われ、善防山城はそのような要衝の地を押さえる格好の位置に築かれている。

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2012年01月09日

西脇界隈の山城攻めに出陣

なにやら正月気分が続く三連休の最終日となった今日、宍粟城郭研究会長藤原孝三さんの誘いを受けて西脇の山城探索に出陣した。

会長いわく、山城は臨時的な構築物という性格上、工事途中で作業を中止しているものも少なくいとのこと。以前、ご一緒した宍粟柏原城、先日行った佐用の長谷高山城なども築城途中で終わった城跡で、工事を終えたところを観察、その理由を考察することから山城、ひいては地域の歴史が見えてくるのだという。「なるほど!」と納得、西脇市内にある戦国時代の城跡を案内していただいた。

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2011年12月10日

たつの北端に位置する香山城に登る

たつの市埋蔵文化財センター主催の香山城見学会に参加して、宍粟市に遠征した。
城跡のある香山はわたしの生家の川向う、我が家の血脈にも縁があり
高校時代の三年間、通学路として自転車で走った懐かしいところだ。

香山_城跡へ

香山城は香山集落の西方にある山並みの麓に位置し、在地土豪香山氏が築いた城で
司馬遼太郎氏の「播磨灘物語」に悪党香山氏の城として書かれている。
黒田如水の父兵庫助職隆が出世の糸口をつかむ合戦で
悪党香山氏は兵庫助の計略によって討ち取られてしまうのだ。
しかし、香山氏、香山城の歴史を調べるほどに司馬氏の描く香山城の合戦は、
不自然なところが多く、いまではフィクションであったと確信している。

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2011年11月23日

赤松まつり−白旗城登山会に参加

今年で十八回目を迎えたという赤松まつりに遠征してきた。
目的は、メーンエベントである白旗城跡登山会への参加である!

赤松は兵庫県の西部赤穂郡上郡町北部にあり、播磨守護に任じ、戦国大名に脱皮しきれなかった赤松氏発祥の地。
その赤松氏が歴史の表舞台に踊り出たのが南北朝の争乱であり、武名を不朽としたのが白旗城に拠って新田義貞が指揮する南朝軍の攻撃を防ぎ退けた戦いだ。
播磨赤松氏好きにとって白旗城は、いわゆる聖地の一つだ。

赤松_眺望
白旗城址−櫛橋丸より赤松方面を眺望

情報提供をいただいたタケネットさんと会場で待ち合わせ、無事に落ち合う。
参加者は老若男女合せて八十人くらい、聞けば岡山・神戸方面からの参加者も
戦国、山城ブームはまだまだ衰えていないようだ。
ともあれ、登山会は予定通り十時に出発!片道一時間の山登りとなった。

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2011年07月09日

加西市の 「ふるさと再発見ハイキング」 で山下城跡登閣

梅雨明けの酷暑のなか、加西市観光まちづくり協会が主催された“ふるさと再発見ハイキング 「山下城跡登閣と古刹常行院」 ”に参加して加西の町を歩いてきた。

目当ては、当然というべき山下城跡への登城である。山下城跡の存在は、迂闊にも今回のイベント告知ではじめて知り、城主が浦上久松であったということも同様にはじめて知った。加西市のふるさと再発見ハイキングは今回で三度目の参加、昨年の赤松氏系の河内城、小谷城を含むハイキングは期待通りのもので楽しませていただいた。それに対して今回の山下城は、予備知識のまったくない、ほとんど白紙状態での山城行で、修験系の寺院に始まるという常行院にも惹かれて申し込んだのだった。

加西_駅
気動車に乗って播磨横田駅に移動する

ともあれ集合場所の北条鉄道北条町駅へ駆けつけ参加者名簿に記入、見れば参加者はウサクマ含めて十人、昔懐かしい一両仕立てのディーゼルカーに乗って一つ目の播磨横田駅まで移動する。

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2011年03月26日

神崎郡市川流域の要地を押える寺前城へ

昨晩、数ある韓国歴史ドラマのなかでも出色の出来だった「イサン」が、ついに最終回を迎えた。イサンの死を哀しんだわけでもなかろうが、今朝、起きて外を見たら積雪!昨年もこのころに積雪があり「雪の果て」となったが、今年も今朝の積雪が「雪の果て」となるのだろうか。

326の雪 今朝の雪とトトロと鬼太郎


この雪で、計画していた播磨方面の山城攻めを「行くべきかどうか」と迷ったが、朝ドラ「てっぱん」のこちらも最終回をみてのち出発した。今日の訪城は神崎郡を流れる市川沿いの山々に散在する城址群、なかでも大山城をメーンとして寺前城、柏尾山城を予定したが、予め入手していた縄張図を車中で見ているうちに寺前城に心惹かれてしまった。

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2010年11月21日

赤松一族永良氏の居城、谷城に登った。

回復しない病気で入院している旧友を見舞いに たつの へ出かけた。
せっかく播州方面に行くことでもあり、
市川の谷城にちょっと寄り道して行った。

谷城は先日、城郭ドットコムさんと登った鶴居城の南に位置し
城主は鶴居城と同じ赤松一族の永良氏であった。
谷城は主郭を中心に曲輪が取り巻く梯郭式の山城で
北に続く尾根をたどって行けば、鶴居城へと続いている。

谷城主郭
南腰曲輪から見た主郭と切岸

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2010年10月23日

赤松在田氏発祥の城、北播磨河内城に登る

加西市観光案内所が主催される 『ふるさと再発見ハイキング「戦国期の城址 河内城登閣」』 にウサクマも参加して河内城に登った。
河内城は室町時代から戦国時代にかけて加西市域を中心に北播磨を支配した赤松一族衆の領主在田氏が築いた城で、九月に登った段の城、野間城、光領寺城に続いて、ぜひにも攻略したいと思っていたところだけに、いい機会に恵まれた。

河内城登山口

集合場所である加西市北部公民館の東側駐車場に集まった参加者は20名くらい、九時半過ぎ、先達ともいうべき加西市歴史街道ボランティアガイドさんの引率でスタート。
途中、いまやゴルフ場の中に浮かぶ小島のような満久城を見つつ、登山口に鎮座する六処神社に参拝し、よく手入れされた登山道を河内城へと登り続ける。河内城一帯は「河内 ふれあいの森」として整備され、要所に道標が立てられ、河内城の出丸であろうか途中の小山には真新しい東屋も建っている。木立もいい感じに伐採されていて、のどかな山歩きも楽しめる登城路だが、本来の登城道は散策路の所々にあらわれる旧道であったかと思われる。

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2010年10月17日

播磨長水山城址、篠ノ丸城址に登る

昨日、亡父の七回忌の法要で田舎に帰り、久しぶりに会う叔父、叔母、従兄弟など懐かしい人々に会ってきた。
せっかく、播磨は宍粟市に行ったのだから田舎に一泊して
宇野氏が羽柴秀吉軍を迎え撃った長水山城址、篠ノ丸城址に登ってきた。

長水山城址は二度目の登城で、前回は五十波からの林道を行けるところまで車で行って、そこから登るショートカットコースだった。今回は城址から南に伸びる尾根筋先端に位置する生谷より取り付き本来の大手口になる伊水小学校へと下るコースをたどった。
長水山は宍粟50名山に選ばれたこともあってか登山道が整備され、生谷の登山口は「伊沢の里」として公園化されていた。公園からはラジオ体操の音楽が響き、見れば老人会のみなさんであろうか、ゲートボール前の柔軟体操をされていた。

生谷からのコースは広い林道が中腹まで延びているが、途中の新池より尾根筋の道に分け入った。
尾根先の下三津-四等三角点からは山崎の街並み、篠の丸城址が一望できる、尾根道は明確で、三津への分岐など、ところどころに標識もあり迷うことはない。やがて、植林地帯に入ると林道の終点があらわれ、中ほど412mピークの五十波-四等三角点に到着。下三津の三角点のところでも感じたが、いずれも出曲輪を思わせる地形だ。五十波の三角点が尾根道のほぼ中間点あたりになる。ほふどなく尾根道は展望台を過ぎ、下町への分岐あたりからのどかな雑木林となり、前方に水剣山、右手の山麓に五十波が見えるエッジのような尾根へと続いていく。

長水山城から山崎を見る
尾根先端の三角点より山崎の街並みを見る

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2010年09月16日

在田氏の友城、貝野城址に登る

中播磨の国人領主、在田氏に関係する山城に登ってきた。
在田氏は野間城をはじめ、光竜寺城、貝野城、河内城など、西脇市から加西市あたりの北播磨に山城ネットワークをつくり相当の勢力を築いていた。戦国時代の末期、三木城主の別所氏の攻撃を受けて没落したが、在田氏の存在は、その歴史の曖昧さも相俟って興味深い謎を秘めている。
今日は、数ある在田氏の山城のうち多可郡多可町にある貝野城と段ノ城を訪ねてきた。

貝野城は「那珂ふれあいセンター」の後方にある山上に遺構があり、車をふれあいセンターの駐車場に停めセンターを訪ねる学芸員の方に貝野城への登山道を確認すると妙見山への登山道とともに城址へのハイキングコースも整備されているとのことであった。加えて、段ノ城を発掘調査したときの報告書も見せていただいた。
報告書の在庫があればを入手したかったのだが売切れとのことで、無理を言ってコピー(有料)をとっていただいた、学芸員さんに感謝である。

IMG_1897.jpg
キレイに樹木が伐採され、往時を彷彿させる曲輪群

ハイキングコースはよく整備された道で、迷うことなく城址に登りつけた。
城址一帯は樹木が伐採され、北方には妙見山の姿が富士山のように見え、眼下に多可町が広がる…、建物こそないが当時の姿を彷彿させる風景だ。城域は広く、北郭と南郭を中心に腰曲輪・帯曲輪が設けられ切岸には土留めであろう石積みが残っている。斜面に落とされた畝状竪堀群は、樹木に覆われて一部しか見ることができなかった。
貝野城は在田氏と深い関係にあった但馬山名氏の築いた城で在田氏の拠る段ノ城と呼応するかたちで北播磨と但馬をつなぐ多可の地を押さえていた城主は遠く備後国を本拠とした山内氏であったよといい、その意外さに驚かされる。

貝野城を下ったあとふれあいセンターで昼食、つぎの目的地である段ノ城を目指した。
段ノ城は山上の上段、尾根先の下段、山麓の構居で構成され、赤松則祐が亡母のために建立した端光寺後方の山上に遺構がある。八幡神社に車を停めて、山道を登り始めたところにわかに雲がわきたち、雷鳴が轟き始めた。さらに冷たい風が…これは降るなと慌てて車に駆け戻った途端に夕立の襲来となった。
これでは、雨が上がっても登るのはチョット無理であろうと痛恨の決断
段ノ城への登城は断念、帰宅とあいなった。
 by kuma
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2010年08月13日

墓参のついでに播磨の城めぐり

田舎に帰ったことだし早起きして
宍粟市山先町の聖山城と篠ノ丸城に登る。
先日、城郭ドットコムさんに教えてもらったもので
地元に住んでいながら迂闊にも知らなかった城である。
 
資料をあたってみると山崎一帯を支配していた長水城主宇野氏の出城で
長水城を攻めた秀吉が宇野勢を追い払って本陣にしたところという。
たしかに、西方を流れる揖保川を隔てたすぐ西側に篠ノ丸城、
北西方面に五十波構、その後方の山上に長水城が見える
聖山城は宇野氏にとっても、秀吉勢にとっても要衝の地であったことが分かる。 

山崎_聖山よりs
聖山城より揖保川越しに篠ノ丸城、長水城を見る

城址そのものは小規模なもので、
主郭を中心に東方に帯曲輪と自然地形のままであろう尾根筋の曲輪があり
主郭の西直下の腰曲輪には愛宕神社が祀られている。
いま残る城域としてはそれだけであるが、
当時は尾根筋・山麓に軍事施設が築かれていたもものであろう。
 
山崎_聖山標識
要所に案内標識、道も整備されていて快適な山歩きが楽しめる

聖山城址を含む一帯はハイキングコース化されていて標識もあり
格好の散策が楽しめるところとなっている。
地元の人の、「蛭が多いから気をつけて!」とのアドバイスを気にしつつ登ったが
幸い、蛭の被害に遭うこともなく、メデタシメデタシであった。

聖山城を下山したあと、一旦田舎の実家に帰って
母と姉夫婦、我が家族で墓参をすます。
腰の曲がった母の姿に、母方の祖母の姿がダブる、ちょっと寂しかったかも…。
そ の後、丹波に帰る途中、ちょっと道を曲げて香寺町へ。
目的は恒屋城だが、「え〜ッ!」という家族の非難の声に負けて
なんとか、前ノ城にだけは登ってきた。
恒屋城の周辺には城址が散在、また武家の日常の居館である構居も多く
ジックリと資料を集めて、この秋に再訪しようと計画中だ。
by kuma
posted by うさくま at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 播磨の山城