2018年02月01日

篠山市立歴史美術館に出色の屏風あり

篠山市立歴史美術館の「東海道・中仙道・甲州街道図屏風 」、
時代考証は措くとして当該街道に構えられた
江戸時代の城郭がバッチリ描かれているのである。
城郭ファンの方に是非見ていただきたい屏風だ。

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2017年12月19日

丹波ささやま おもしろ ゼミナール

今日は、篠山市公民館主催になる丹波ささやま おもしろ ゼミナール 最終講座「篠山中世武家と家紋めぐり」のガイド役で出動。
心配な天気はまずまず、篠山の歴史好きのみなさんと篠山西部に散在する中世武家ゆかりの地を訪ね歩いた。

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2017年12月03日

旅ブロガーさんのアテンド二日目。

昨日は戦国時代の山城をめぐったが、

今日は江戸時代の篠山城下町を案内。
まずは大書院からスタート。


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2017年11月25日

おもゼミ、調査行

今日は東山城跡の整備作業に参加。いい感じで作業をやっていたところ、何気ない不注意で指を負傷。たいした傷とは思わなかったが、血が止まらない、これは病院へ行ったほうがいいよというアドバイスもあって無念の下山!

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縫うまでには至らなかったが、思った以上の深手であった。しばらく、不自由な生活を強いられることになった。

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2017年11月04日

おもゼミ国人編、下見行

今日は十二月に予定されている
「丹波ささやまおもしろゼミナール―国人編」の下見行で、市内の藤坂から本郷、大山、そして初田・真南条から当野までを担当者の方と駆け巡った。
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2017年09月02日

池田家にお邪魔する

朝、大山庄の墓紋ウォッチをしたあと、昼からは市役所の方に骨折りをいただいて、池田輝政の子孫にあたる池田家にお邪魔した。武具・古文書・古典籍、先祖が交友があったという本居宣長の書などなど拝見させていただき眼福にあづかった。

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池田家の定紋

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池田長政が関ヶ原合戦に着用したという当世具足(左)

ikedake_03.jpg 江戸時代中期勢作の飾り鎧

当主の方から家の歴史に係る数々のお話も聞かせていただいた。本居宣長との交流はもとより、幕末の探検家で北海道の名付け親といわれる松浦武四郎が隣家の子どもで、放浪の旅に出るたびに支援をした。その縁で、松浦武四郎記念館に所蔵文書を寄託されたといった話は興味深かった。

それにつけても、せっかく見せていただいた典籍・文書類の崩し字が読めぬ悲しさ。他にも、文書の受取人への殿表記は目上の者につけるものと思っていたのだが、同行された市の学芸員の方いわく目下の者につけるとか。う〜む、その正否を判断できぬ知識の浅さを痛感! 精進せねば (≧∀≦)

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2017年05月20日

今田の山城と初田の酒井氏居館跡を探索

朝、ずーっと前から気に掛かっていた丹波立杭の小野原城攻めへ。
スサマジイ雑木藪を踏み分けてたどり着いた城跡は、ゆるい堀切で尾根筋を遮断し、街道側を低い土塁で防御した単郭の陣城的佇まい。城址には何やら獣の巣らしき洞穴が散在していたが、ナンジャロウか?。

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小野原城跡を制覇したあとは、大沢城主・酒井勘四郎が常の館とした初田館跡の探索。
探し当てた居館跡の東半分は舞鶴道の建設で消滅しているが、主殿があったという西側は残存、発掘調査がまたれる。勘四郎は明智光秀の丹波攻めに抵抗したが降伏、光秀に従って山崎の合戦で討死。かつて館跡には館四郎の首級を祀った酒井神社があったが、現在は初田集落の八柱神社に合祀されているとのこと。

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館跡に立つと詰めの城である大沢城が間近に見え、戦国気分をチョッピリ味わえたのだった。
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2017年04月29日

歴史ウォーキングで篠山の町&農村歩き に出動!

今日は篠山市四文化施設企画による「歴史ウォーキングで篠山の町&農村歩き」に裏方&ミニガイドとして出役。
今朝の天気予報「一時、山沿いで雷雨」というのが気になりつつ、篠山口駅集合の参加者を拾い、全員集合地である篠山城三の丸駐車場へ。今日の参加者は定員いっぱいの20人、時間通り、九時半に歴史ウォーキングがスタート。

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今日の行程
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ウォーキングの目的地は、伝統的建造物群保存(いわゆる伝建)地区に認定された福住集落、隠れ里として密かな人気の丸山集落、そして、国の登録有形文化財指定を受ける西尾家住宅と大山の里、それをつなぐバス移動の間およばずながら篠山の歴史ガイドをさせていただいた。

まず福住集落、地元のガイドさんによる案内で福住の街並みをそぞろ歩き、中世の山城・籾井城跡を見上げ、かつての篠山線の終着駅福住駅跡、そして、古い家並みが続く福住の町を歩き、先年、廃校となった福住小学校跡を訪ね歩いた。伝建地区としての整備は端緒に着いたばかりだが、これからどのように整備、発展していくのか楽しみなところだ。

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福住の歴史を拝聴
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福住の町をウォーキング

福住の町をウォーキング中にお日さんも出てきて、次の丸山集落のそぞろ歩きに期待が膨らんだ。途中、荒木城、車塚古墳、大売神社の紹介をしている間に丸山集落に到着。

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丸山集落をウォーキング
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丸山集落の再生と活性化に取り組まれ、いまの「集落丸山」運営の中心人物であるSさんのガイドで、山野草も咲きそろった懐かしい景色の集落内をウォーキング。ここで、雨女といわれる市担当のTさんと雨男という同僚のKくんが合流、すると好天だった空がにわかに曇ってきた!と言う間に雷雨となったから驚いた。

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雨宿りがてら山野草の花を拝聴

そんなことで。かつて篠山の水源地のひつとでもあった山麓の池までの野草見ながらウォーキングは中止として、公民館で丸山集落における野草群のお話を聞かせていただいた。しかし、せっかくなのでバスの中からでも自然にふれようということで、集落と池を往来したことだった。しかし、雨女・雨男の威力おそるべしであった。

丸山集落でお弁当を使ったあと、中世、東寺の荘園として全国的に知られる大山庄に江戸時代より続く旧家・西尾家住宅へ。
西尾家は俳人西尾武陵の生家であり、かつて酒造も営んだ素封家で、その門前を旧山陰道が通じている。その街道をはさんで鎮座する神田神社は式内社、古くは平安時代の国司、足利将軍、篠山藩主らが進行を寄せた篠山きっての古い神社。山陰道をはさんで西尾家、神田神社が響きあった光景は、近代以前のままではないかと思わせる癒しの風景であった。

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神田神社
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歴史を感じさせる西尾家

西尾家は人数の制限により西尾家見学組と神田神社見学組の二班に分かれての見学となり、いわゆる時間調整の神田神社ガイドをやらせていただいた。
神田神社が古いことは先述の通りだが、見ものとしては丹波の寺社建築に腕を振るった中井権次一統の初代の彫り物が目の当たりにできることだ。昨年のウォーキングのときは生憎の雨だったが、今日はよい天気で彫り物をジックリと見ていただくことができた。

かくして、篠山の農村をめぐった歴史ウォーキングは、途中雨にたたられるということもあったが、無事、スケジュール通りに終えることができた。この企画は全五回を予定していて、次の出役は十二月初旬の「二つの城をめぐる」の裏方&ガイドである。
posted by うさくま at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き

2016年12月04日

日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー

今日は「日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー「国史跡の二つの城をめぐるコース」」の八上城跡ガイド&スタッフの一人として出役。

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篠山口駅で駅集合組をゲット、出発地となる篠山城三の丸駐車場に移動する。心配していた天気は、いまのところ晴れ!
なんとか雨が降らないことを願う。三の丸駐車場で参加者を点呼し、総勢24名、八上城登山に出発した。

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登り口になる春日神社でスタッフのIさんが今日のウォーキングに関する注意事項を説明、心配していた天気も陽射も注ぐようになり、一同、八上城主郭を目指した。まずは主膳屋敷、主膳供養墓を解説、そこからは曲輪をめぐりながらの登りとなる。
参加者は高齢の方も多く、休みやすみしながら右衛門丸の石垣、三の丸、主郭へと攻め込んだ。主郭において八上城と波多野氏の歴史話をさせていただき、思い思いの昼食タイム。

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主郭で腹を満たし、一息いれたあと、下山を開始。蔵屋敷の土塁、番所の切岸と曲輪、尾根を遮断する竪堀(堀切であろう)を経て朝路姫伝説を秘めた朝路池を主体とした井戸曲輪で歴史話に花が咲いた。

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ついで明智光秀の母を処刑したという磔の松跡、馬駆け場の竪堀群、明智勢が攻めてきた京都方面を遠望。そこには井上城跡、淀山城跡、籾井城跡など波多野氏の支城群が連なり、多紀の中世武家たちが明智軍を迎え撃った歴史が実感されるのであった。

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八上城のあとは奥谷城。先日、整備したコースを登っていったが、やはり高齢の方には負担を強いたようだ。城跡そのものは山城というよりコンパクトな館城というもので、曲輪から主郭部、竪堀を案内、そして、この城跡最大の見所である大堀切へと下った。これは今日一番の難所となったが、みなさん山城パーツの醍醐味を味わっていただけたようだ。
二つ目の国指定の城・大書院までは、八上城を攻めた明智勢の本陣となった般若寺(現正覚寺)城跡、陣城である勝山砦、野間砦などを車中より見ながら、八上城攻めのお話をさせていただいた。

大書院では、館管理スタッフのHさんにガイドをバトンタッチ。達者なガイドを聞きながらの大書院ウォークの途中で雨がポツポツ・・・。最後は雨中での解散となったが、今日のイベント、まずまず成功だったと言えそうだ
(^。^)
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2016年10月18日

「おもしろゼミナール」のガイドに出動

丹波篠山は曇り空。予定通り公民館主催の「おもしろゼミナール」のガイドに出動。一応、天気はもちそう (^_^)

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2016年09月18日

篠山の日本遺産をめぐるウォーキングツアー

台風の影響で、今日の丹波篠山は雨模様。予定通り、「篠山の日本遺産をめぐるウォーキングツアー」に出動です。なんとか天気が落ち着いていてくれぃ!と願う。



ウォーキング速報【1】 福住の町をウォーキング。


ウォーキング速報【2】 集落丸山のウォーキングを終え、次の目的地「大山・西尾家」へ。


ウォーキング速報【3】 西尾家を辞去、無事、イベント終了!

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2016年01月19日

今田波多野氏の旧跡を訪ねる

車折神社で御札を求めたのち
そのまま丹波篠山にユーターンした。
目的は、前から心にひっかかっていた
今田波多野氏の旧跡と墓所の探索だ。

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2015年10月04日

久しぶりのディスカバーガイド、本番。

この初夏に虚空蔵山に登った、駅からハイキングの
秋バージョンのガイドアシスタントを務めた。
篠山口駅を出発して、味間地区をブラブラしながら
二村神社を経て、並木道中央公園までをウォーキング!

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公園内の移築古民家と後方に三釈迦山

ちょうど、並木道まつりの最中で
昼食を兼ねてまつりブラリしながら昼休みをとる。
その後、三釈迦山に登山。
標高320メートルの山だが、道もよく、いい感じの山歩き
ガイドの一人として、三釈迦山の名の起りといわれる
ミシャカの話を考えていたのだけれど語る機会を逸してしまった (T_T)

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木々の緑がいい感じの山道
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三釈迦山上から多紀連山を遠望

下山したのちは、ふたたび並木道まつりをブラブラ
帰りは篠山口までバス、ウォーキングは怪我人もなくアッサリと終了した。

畑中さん
田中さん、お疲れ様でした。この古民家は大山の中道家の母屋を移転されたものですね。代々庄屋をなされた名門ですが、高校時代の友人のS君の母親の実家で京都大学に進んだ彼はこの家の茶室で受験勉強をしたと話しておりました。昨年5月頃始めて「篠楽」に参加した場所で、そのあとS君に50年ぶりに出会って教えてもらいました。私にとりましても懐かしい風景、写真です・・・・。
さらに言えばこの古民家は歌集「あづまいちげ」、中道千代さんの生家でもあります。ふるさと丹波篠山の知らなかったこと、これから知りたいこと、「篠楽」のMさんや仲間からいろいろ教えて頂いています・・・・・。感謝です。
田中
そのような歴史があった古民家だったのですね。いつ見てもキリッとしたいい姿のたたずまいです。
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2014年11月29日

ディスカバーささやまガイドで八上城跡登山!

今朝、早く目が覚めて外を見ると小雨模様である。
今日の天気予報はといえば「雨のち曇り」、
さて予定の八上城登山はどうなる?と思っていたら
先輩のTさんより電話があり「雨天決行やで!」との連絡が入った。
ま、中途半端に中止になるより登った方がよいと思ったわけだが
出かけるころ、雨は本降りになってしまった。

「なるようになるだろう」と篠山口駅に出動。
参加者の皆さんも三々五々に集まってこられ
八上城登山会は予定通りにスタートとなった。
ともあれバスに乗り込んだ参加者はスタッフ込みで17人、
八上城登山口に着いたころには雨もあがり
先陣Tさんの洒脱なガイドで八上城へと攻め登ったのであった。

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2014年11月19日

篠山の中世を歩く

篠山の歴史を探るウォーク&ウォッチ

「篠山の中世を覗いてみよう」でガイド&講師を務めさせていただいた。


今日のスケジュールは、午前の間は

多紀連山に残る福泉寺跡、福泉寺城跡、珪石の露天掘り跡に登る

午後一時に下山して昼食をとったのち

承明門院にゆかりの伝承地を歩く、というものである。


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2014年09月15日

ディスカバーガイド出動、歴史ツアー下見

今日も丹波は快晴。
ひさしぶりにディスカバーささやまガイドに出役。
鯖江から来篠される薬師親交会のみなさんのガイドだ。

約束時間は十一時、篠山城跡駐車場のゲート付近で待合せ
ところが、時間を三十分過ぎてもバスは現れない。
タイムリミットを過ぎたところで観光協会に確認してもらったところ
篠山城に向かっているところでガイドを希望されているとのことだった。

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2014年09月14日

あの松本さんの廃線ツアーに参加

三連休二日目、丹波は快晴。
今日は職場の同僚でもある松本さんプロデュースの
「あの松本さんとめぐる旧国鉄篠山線廃線サイクリングツアー」に参加。

現在、篠山城下町への最寄の駅はJR福知山線篠山口駅である。
かつて、篠山口駅から篠山城下町を通って篠山東部の宿場町福住までを
結んだ鉄路があった。昭和19年、篠山東部に産出する硅石など
鉱石群の運搬を目的に敷設された、いわゆる国策路線であった。

国策路線だけに住民の利便性への配慮に欠けるところがあり、
戦後、鉱山の経営が苦しくなるにつれ、赤字路線と化してしまった。
結局、昭和47年(1972)旧国鉄篠山線は38年の歴史を閉じた。

現在、篠山線の高架や駅、線路などの遺跡はほとんど残っていないが
それでも道路と化したかつての路線ルートや残された古写真などが、
篠山線が紛れもなく存在していたことを語りかけてくれる。
鉄道マニアではないが、篠山線の廃線跡は気にかかる存在であった。
そんなこんなで今日の廃線ツアーに交ぜてもらったのだった。

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2014年09月06日

篠山の西部で古代を感じる

旧多紀郡丹南町、現在の篠山市西部に御釈迦(ミシャカ)山がある。
そして、その東方にかつて諏訪神社があった。
諏訪神社といえば信濃の一宮である諏訪大社が知られる。
信濃諏訪大社の神事のひとつ「御射山御狩神事」は
信濃の中世武士と深い関わりがあった。

ひところ、小笠原氏ら信濃の中世武士の歴史を調べたとき
御射山祭の頭役を奉仕した武士たちが記録された文書
「諏訪御符礼之古書」は欠かせない史料であった。

それもあって、篠山市内の御釈迦(ミシャカ)山と諏訪神社、
信濃の諏訪大社と御射山(御射山祭)との関係が気にかかっていた。
やっと、今日、諏訪神社跡を訪ねることができた。
諏訪神社跡は西古佐集落の北端に位置する小山の南麓にあった。

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2014年05月18日

結婚式、山城、家紋…、盛りだくさんに篠山を廻る

丹波篠山は、今日も快晴!
昨日の山登りの疲れが残っているものの、天気が好いと出かけたくなる。
もっとも、黒岡の春日神社で行われる結婚式の取材があり
遠出はあきらめて先週に引き続いて篠山東部の家紋探索を行った。

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2014年05月17日

多紀アルプス、クリンソウ登山

篠山盆地の北方に連なる多紀アルプス
その主峰である三岳の中腹に発見されたクリンソウの群落
そのクリンソウの花が今年も見ごろを迎えた。

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posted by うさくま at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き