2016年01月11日

丹波美山、今宮城に登った。

今日は城友Mさんの誘いを受けて、
城郭談話会の皆さんに混ざって美山の今宮城に登ってきた。
美山といえば茅葺古民家集落で注目を集めているところだが
中世山城もいい感じの城址が残っているのだ。

今日のターゲット今宮城は、戦国時代において美山一帯を領した
国人領主川勝氏(下田氏)の北備えの支城として築かれた山城。
川勝氏は美山町の中心部である島に本城を構え
今宮城、中村城、殿城などを築いて戦国時代を生き抜いた。

imamiya_JO.jpg
*城跡概略図は「京都府中世城館跡調査報告書」から転載しました。

十年前、島城に登って以来、
おりおりに美山を訪ねることがあり、今宮城は
いつかは登りたいと思っていた山城の一つだった。
今日、にわかに登城が実現、Mさんの車で美山に向った。

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2015年12月23日

京丹波は須知に残る上野北城に登った

先日、城友のMさんと経巡ってきた丹波山城のうち、
上野城の詰めの城にあたる上野南城に登ってきた
。今日の主目的は、紋友さんから情報を得た
大円寺墓地にあるという須知氏の家紋採取であった。

須知氏の墓で家紋をゲットしたのち、
墓地後方の尾根にある城址にアッサリと攻め込んだ。

UENO_minamijo.jpg
「京都府中世城館跡調査報告書」に掲載されている概略図

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2015年01月19日

亀岡の山城行。笑路城に登る。

今日は25日に行われる「市民センターまつり」の振替休日、
性懲りもなく、またまた亀岡に残る山城跡の踏査に出かけた。
メーンの目的地は中澤氏が拠ったとされる笑路城跡だが、
笑路城の前に支城という犬甘野城跡にも立ち寄った。

笑路城跡は別名松尾城ともよばれ、先週登った法貴山城の南方にあり
丹波と摂津を結ぶ摂丹街道が城址の西方を通っている。
また、城の北方を源満仲が京に上るときに利用したことで
満仲越がなまって万寿越とよばれる旧道が通り、
さらに、犬甘野から杉原を経て能勢に抜ける道も眼下に抑える
格好の位置を占めている。

戦国時代末期、信長の命で丹波平定を進めた明智光秀に対して
笑路城主中澤重綱は屈さず、光秀は笑路城攻めの軍を法貴坂に進めた。
ときに中澤氏の一族で法貴山城主の酒井氏が仲を取りなし、
重綱は光秀に帰伏した。そして、光秀が軍を返した法貴坂の大岩が
「明智の戻り岩」と呼ばれるようになった(異説あり)と伝えられている。


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2015年01月18日

亀岡の山城行。数掛山城に登る。

先週に続いて、亀岡の山城を攻めるオフ会の下見に。
今日のターゲットは数掛山城、
昨日、降った雪が気がかりだったが
亀岡は篠山ほどではなく、城攻めを強行した。

数掛山城へは北東山麓に鎮座する広峰神社から
山道が通じているが、今回は、南西の谷筋に残る
虎渓谷千軒跡から水場を経て城址に至るコースにチャレンジした。


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2015年01月11日

亀岡の山城行。法貴山城に登る。

昨日に続いて亀岡の山城攻めに出陣、
今日のターゲットは丹波と摂津の境目に位置する法貴山城跡。

法貴山城跡への明確な山道はなく、登山ルートをどこにするか?
前回は、明智の戻り岩から急斜面を直登したのだが
あまりにも危険過ぎるものであった。

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2015年01月10日

亀岡の山城行。滝ケ峰城跡から法貴へ。

今日から三連休
滝ケ峰城址の登山ルートの踏査に出かけた
五年ぶりの再訪で、
前回に登った桂林寺からのルートをトレースした。

IMG_2083.jpg
東方から滝ケ峰城址を遠望(右側の山上)

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2014年11月15日

丹波鬼ヶ城を再訪

福知山市の北方に位置する鬼ケ城の山頂にある戦国山城-鬼ケ城

先月、登山したとき雨にやられて無念の撤退を余儀なくされ

紅葉のころを期して、リトライを企てていた。


今日、綾部市で綾部史談会の歴史講座があるとの情報をいただき

舞鶴の山城の話ということでもあり参加させていただくことにした。

講座は午後からであり、午前中のうちに鬼ケ城登山にひと登りしたのだ。



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2014年10月20日

鬼ケ城登山

今日は神戸ミュージアムフェアに出動した振替休日。
残念ながら天気予報は「曇りのち雨」だったが
予定通りに福知山の鬼ヶ城跡へ遠征した。

鬼ケ城は福知山市の北方にそびえる標高544メートルの山で
大江山酒呑童子の仲間であった茨木童子が拠ったことで
鬼ケ城と名付けられたのだという。かれらが京に出かけるとき
氷上郡と多紀郡の境目にある鐘が坂を通ったといわれ
その伝説が「鬼の架け橋」として語り継がれている。

IMG_9574.jpg
福地山に入ると雨が・・・

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2014年04月14日

奥丹波―桐村城跡を踏破

福知山市北西部に位置する大呂谷、
中世、常陸から西遷してきた関東武士大中臣金山氏が支配したところ。
大呂には金山氏が建立した古刹天寧寺、金山氏が築いた山城跡が散在する。
禅宗寺院らしい稟とした空気が快い天寧寺、
金山氏の本城たる金山城跡、いずれもなかなかなかのものだ。

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2014年04月05日

綾部小西城跡・福知山高蓮寺城跡を攻める

来週末の南山城跡登山会の資料づくりのため、
綾部波々伯部氏の拠った山城―小西城に遠征。
小西城は先に物部城などを攻略したとき攻める予定だったが
時間切れで登り口を確認したにとどまったところだ。

綾部小西城_04

この前、見極めた登り口に車を停め
尾根筋に踏み入る、はじめは道があったが途中から道は消え
行く手を遮る雑木を掻き分けながらピークまで一気に登る。

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2014年03月02日

福知山遠征、山城 & 講座 を満喫する

今日は福知山市民会館で開催される
ガイドマップ「ガラシャ・光秀街道戦国物語」発刊記念フォーラム
「京都の城館とその魅力」を聴講に遠征。

福知山フォーラム

フォーラムは昼からでもあり、早めに出て
福知山方面の山城に登ることにした。ターゲットは中村城跡、報恩寺城跡、
そして、高蓮寺城跡の三つに狙いを定めたのだった。

一番目の中村城跡は、由良川と土師川の合流点北側に位置し
以前に登った猪埼城跡の北西方すぐの小山に遺構が残っている。
戦国時代、福知山一帯に勢力を有した国人領主塩見氏の居城といい
猪埼城の北方を固める支城的存在であったようだ。

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2014年02月23日

綾部、物部界隈の山城群を攻める

今日は、綾部から福知山の山城探索に出陣。
ターゲットとして
綾部の天王山城跡、浅根山城跡、上原城跡、小畑城跡、小西城跡、石原城跡、
福知山の報恩寺城跡、高蓮寺城跡を欲張りにピックアップ。

『京都府中世城館跡調査報告書』に収録された調査報告と
かねてよりお世話になっている『山城賛歌』さんの山城情報を手元資料として
いまだ雪の残る丹波路を綾部を目指して北上していったのだった。

綾部_物部地図

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2013年12月08日

小さな天空の城、烏帽子山城を踏破する

丹波市になる前の氷上郡青垣町が発刊された
「文化財分布調査報告書」を入手して以来、
おりおりに山城跡をチェックしていた。

そのなかで、目を引いたのが烏帽子山城跡である。
烏帽子山は青垣町と福知山市の境界、すなわち兵庫と京都の境をなす山で
標高512メートル、その頂上に城跡が記されているのだ。

烏帽子山_眺望
烏帽子山から見た福知山盆地

青垣といえば足立氏が治めたところで
その主城山垣城を中心に足立一族、麾下に属した土豪らの城跡が残っている。
烏帽子山城は山垣城の東方背後にそびえる山であり
そこにある山城とはどのようなものか?気にかかっていたのだ。

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2013年10月14日

丹波八木城に登る

丹波三大山城の一つ、丹波守護代内藤氏が拠った八木城に登った。
今日の登山で何回目かになるが、主郭からの眺めといい
山城としての佇まいといい、何度登っても見ごたえのある山城だ。

 
八木城1014-01 

今日の同行者は八木城登山ツアーを企画されているR社の方々と
南丹市の方々、そして同僚のFさんという面々である。
ツアーの流れで八木の街をサイクリング、内藤氏の館跡とわれる
東雲寺前で郷土史家の方から八木城の歴史を長々と拝聴し、
登り口にある内藤ジョアンの供養塔を訪ね、武家屋敷跡より登山スタート。

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2013年02月17日

園部宍人に残る小畠氏の二つの城攻め

今日は家紋講座の三日目だったが、受講希望者が
「いらっしゃいません」との連絡を受けて中止になった (T_T)
連絡がもっと早くいただけていたならば、宍粟城研の見学会に行けたのに!
と悔やんだが、講座があることを前提に
午前中は別の約束をいれていたため見学会に参加もならない。
なんとも、段取りの悪い日曜日となった。

ともあれ、朝の打ち合わせをすませたのち近在の山城に登ることにした。
はじめ、亀岡の東別院にある東掛城にいこうか?と思ったが
昼からの城攻めには遠すぎる。それならということで、
先週に続き園部行きに決定、宍人にある小畠氏の城攻めとなった。

宍人山城_01
宍人山城跡(左の山上)と宍人居館址(右手前)

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2013年02月11日

園部黒田城に再訪、古刹に家紋を探る

三連休の最終日、天気は雪がぱらつく曇り空。
園部藩小出家の菩提寺ー徳雲寺に出掛けることにした。
徳雲寺は中世の土豪庄林氏が建立したのが始まりという古刹で
小出家との所縁もだが、庄林家の方により興味を惹かれたのであった。

せっかく園部に行くことなので
かねてより再訪を目論んでいた黒田城にも登ってきた。

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2012年06月24日

黒井城跡、白毫寺より攻め込む

あ山城に登るとき、峠道との関係がとっても気にかかる。

現在では国道などを車で走れば目的地にすぐに行くことができるが、歩きで移動したむかしは目的地へ行こうとすれば峠を越えるのが最短距離になる。
山国である丹波においては、峠道は文化はもとより物資、情報が往来、ときには軍団が駆け抜ける重要な道であった。そのような峠と山城の関係とは切っても切れないものであり、様々な峠道から山城を攻めることに意義を感じる今日この頃である。

黒井0624-01
黒井城址本丸部と千丈寺岳の鞍部を通じる兵主峠

ま〜、ゴタクはさておき、今日は黒井城を北方の白毫寺ルートからアタックした。

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2012年05月27日

丹波八木城址、マニアックコースを歩く

赤井氏が拠った丹波市の黒井城、丹波守護代内藤氏が拠った京丹波の八木城、
そして、波多野氏が拠った篠山の八上城を丹波三大山城と称している。
この三つの山城をテコとして丹波をワイワイさせていこう! という趣旨で
丹波市在住のYさんがFacebook上で立ち上げた「丹波三大山城のグループ」。

丹波八木_01

八上城の担当として参加したのが三か月前、
なんとなく活性化しないな〜などと思いつつ、書き込みを行っていたが、
昨日、八木城担当のKさんから八木城に登りませんかと誘いを受けた。
しかも 「マニアックなコースを歩きます」 という魅力的な言葉が…。

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2012年05月03日

丹波一宮 出雲大神宮の神体山上の山城に登る

丹波国の一宮といえば、亀岡市街の北方に鎮座する出雲大神宮だ。
その大神宮の神体山上に御影山城があり
亀岡市史の縄張図によれば、段状に連ねた曲輪群と
東方尾根筋を遮断する二重堀切が城攻め心を刺激した。


御影山_01


とはいえ、神体山にあることから些かの憚りもありなんとなく視野から外れていた。
改めて資料を見ると内藤氏、もしくは柳本氏が築いたものであろうとあって
俄かに「行こう!」と思い立ち、病気で鈍った身体ならしも兼ねて登ってきた。

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2011年12月04日

黒井城攻めの陣城を訪ねて春日町へ

つい先日、天々さんのガイドで黒井城跡を取り巻く陣城群に登ってから一週間、またまた春日町の陣城攻めに出陣した。かねてより兵庫県内の山城の所在地チェックに重宝している兵庫県立考古博物館作成の遺跡地図を頼りにして、柚津(ゆつ)城、上三井(かみみの)庄城を攻めてきた。

黒井_柚津遠望
柚津城跡を東方より遠望
黒井_三井東漸寺
上三井庄城跡山麓の東漸寺(右手の山上に城跡遺構)

最初に上った柚津城は、先日登った東中城の真北に位置する城で、国土地理院の地図を見ながら登り口探しからスタート。往時はあったであろう城道はどこらへんにあったのかを推理しながら山麓をめぐるが、それらしい登り口は発見できない。となれば、谷筋から尾根筋へと登ることに決定、結局、道なき急斜面を激登った。

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