2019年04月13日

八上城北麓の曲輪跡、寺跡を歩く

波多野秀治の後裔にあたる波多野各家の系図を調査・研究されているО氏、
氏は篠山城の石垣刻印の研究もされており教わるところが多い方である。
その氏から誘われて、八上城の北麓にある十念寺さんを訪問した。
目的は北麓に残る前田主膳館に関わるであろう曲輪跡群の探査と
八上城跡東北麓の藤ノ木坂口に残っている誓願寺跡の踏査であった。

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10時に十念寺さんに集合、メンバーはО氏、Eisoさん、Kitagawaさん、
十念寺の奥さん、そしてわたしの五人である。
十念寺さんには波多野秀治の位牌が伝来しており、せっかくの機会、
内陣の奥にある位牌堂の最奥に祀られている位牌に詣らせていただいた。

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2019年03月21日

日吉町世木に続くという三苗(三姓)

かねて、参加応募していた「岩尾城登山会」が雨で流れ
さて、どうしたもんじゃろう?と思っていた。
せっかくなので、丹波の国衆に関する資料を整理しようと
古いスクラップブックを読み返していたら
日吉町世木に続くという三苗(三姓)の記事が目にとまった。

以前、亀岡市域の古い集落馬路の両苗、保津の五苗など
丹波には中世の地侍の系譜をひくであろう名字が伝来している。
日吉町世木の三苗は「湯浅」「吉田」「田尻」の三姓で
世木郷の一宮であった天稚神社ゆかりの家々という。

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2019年02月02日

ふたたび播磨後藤氏の歴史探索で播磨遠征

今日も、相方の運転で後藤家の家紋探索に福崎へ遠征。
先日は本家筋にあたるらしい後藤家の墓所を訪ね
「下り藤」紋を用いられていることを確認した。
今日は、まず播磨後藤氏が拠った春日山城の登山からスタート
整備された登山道を登っていくと20分ばかりで山頂の城址。

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後藤氏が居城とした春日山城跡を見る

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2019年01月14日

鷲尾家、千年家、淡河城を経めぐる

播磨に陣取った平家軍を討つため京を発し、丹波を通り抜け、
三草山の平家軍を追い落とし、鵯越を目指した源義経。
その義経が次に目指したのは平家本軍が陣取る須磨、
裏六甲に馬を進めた義経勢、地理に暗い義経らを
道案内したのが裏六甲(山田地区)に勢力を有した鷲尾一族の義久であった。

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2019年01月13日

後藤氏の家紋探索と史跡をめぐる

いま、某誌(歴史民俗誌Sala)で連載をさせていただいている「播磨武士の歴史と家紋」、振り返れば赤松氏をはじめに数家を取り上げてきた。次回のターゲットとしたのは播磨後藤氏、ということで、播磨後藤氏の家紋探索と史跡めぐりに播磨西部の福崎界隈に出張ってきた。
まずは、後藤家直系の後藤氏とその一族が集住するという山崎集落を訪ね、探し当てた後藤家の墓地には後藤家の暮石がズラリ、その全てが下り藤紋であった。その他の地区で見つけた後藤家の墓石には、剣酢漿草紋、橘紋などが用いられていた。

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2018年10月21日

播磨徳久城に登り、広峯神社神職の墓地を訪ねる

こどもの頃から見なれた 志んぐ荘、
この夏に泊まった赤とんぼ荘と同様に
はじめて宿泊したわけだが、なんといおうか魅力に乏しかった。
そもそも、国民宿舎というコンセプトが、公務員的な
発想で作られたものであり、ユーザーに響かなかったのだろう。

播磨徳久城を案内いただく宍粟城研のTさんと合流する前に、
昨日、心に残った木南さんと菊水紋を新宮町篠首の墓地に訪ねた。

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墓石に彫られた菊水紋は一様ではなく、興味深かった。
佐用方面にも多いという木南名字とその家紋(菊水であろうか)
日を改めてジックリ探索に行きたい気分ではあった。

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2018年10月20日

広峯家を訪問、揖保郡界隈を歩く

一泊二日の予定で、相方と播磨方面に遠征。
今日の目的は、いま取材を進めている播磨の中世武家の歴史に
係る資料採取に姫路城内図書館を訪問、
かつて広峯神社の筆頭神職であった広峯氏の後裔にあたる
広峯さんが神職を務められる稗田神社を訪ねることである。

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昨日、調達しておくべき手土産を、今朝、購入したことで
出発時間が大幅に遅れてしまった。その結果、
今田の陶器祭りと姫路城手前の交通渋滞に巻き込まれ
姫路図書館はゆっくりまわる時間がなく
駆け足で資料を探ったのちメーンの目的地稗田神社をめざした。

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2018年10月12日

もう一本の「高城山合戦図」を拝見

十一月に予定されている波多野秀治ゆかりの地ウォーキング。
その目玉として、波多野秀治の菩提寺・誓願寺さんにある軸装の
秀治画像と高城山合戦図と歴史美術館蔵の軸装・秀治画像二本を
併せて四本を展示することになった。おそらく初めての試みとなる。

ということで、先月の某日、誓願寺さんにお邪魔して、
秀治画像と高城山合戦図を拝見、借用できることになった。
ところが、その後、
「高城山合戦図」はもう一本あることが判明した。

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2018年09月22日

曽地内藤家にお邪魔して眼福にあずかる

同僚のNさんの手をわずらわせて、おもゼミの下調べとお願い事で、曽地の内藤家にお邪魔した。
曽地内藤氏は『太平記』にも登場する丹波武士、内藤三郎左衛門入道道勝の後裔といい、かねてより心にかかっていた家だ。以前にも家紋の調査で周辺を歩き、内藤氏が拠ったという曽地城にも登った。今日、訪問した内藤家は本家にあたるといい、喜び勇んで御訪問したのだった。

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2018年09月12日

綾部から篠山、そして大阪へ

今日は丹波国何鹿郡は綾部市の歴史勉強会に参加。
篠山から会場になる山家城址史料館まで一時間ちょいの行程、
早く着いてしまったので、会場になる山家城跡をウォーキング。

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北の横堀・石垣から西の横堀と二段の石垣、
城址遺構の残存具合は悪くない。しかし、草は茫々、竹が茂り、
倒木が横たわり、天気が悪いこともあって湿気がすごい。

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2018年09月06日

大河をにらんだ戦国ウォーキングツアーの準備

再来年の大河ドラマが明智光秀を主人公とした
「麒麟が来る」に決まって久しい。篠山も大河ドラマを受けて
光秀と戦った八上城主 波多野秀治を核とするPR作戦を
ボチボチというか、遅速というか、何となく進めつつある。

その一環として篠山市役所からの委託を受けて企画、運営する
『ささやまの「日本遺産」を周知するツアー』のコースに
「波多野秀治ゆかりの地歩き」を実施することになった。

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2018年07月16日

黒井城界隈の墓めぐりに汗を流す

かんかん照りの暑さに身の危険を感じて黒井城跡を上り下りしたあと、
赤井氏の菩提寺であった千丈寺に再訪、室町時代のものという
伝赤井一族の宝篋印塔、一石五輪塔、石仏などを拝見した。
千丈寺は千丈寺山砦の西南麓にあり、参道傍らの廃屋、
無住から来る寂寥感などが相まってやや荒廃した空気を漂わせていた。

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平主神社より黒井城を見る
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長谷山千丈寺、赤井家の菩提寺という曹洞宗寺院
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赤井家墓所

聞けば、かつて墓所にあった姿のいい宝篋印塔二基は
赤井直正夫妻のものとして下屋形跡という興禅寺に移設されたという
もっとも、のちの調査で時代があわないことが判明したとのこと。
かつて一帯を支配した赤井氏ゆかりの寺院、石造物群でこれである
戦国時代がブームといっても実態はこのようなものなのかも知れない。

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2018年07月01日

旧船井郡は南八田で史跡巡り

朝、相方の要請を入れて畑作業の手伝い。
たった一畝とチョッとのところに綿をメーンに、トウモロコシ、トマト、キュウリ
などを植えている。黒マルチをかけ、イボ支柱を立てる作業だけだったが
その作業のしんどい事、農業の大変さを実感した。
作業を終えた後、すぐ近くのうどん屋さん“風輪里”で早めの昼ごはん
昨日の晩御飯もカレーだったが、カレーうどんを注文、おいしくいただいた。

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腹を満たした後は、南丹市南八田方面に移動
先日、知人から得た明智光秀と波多野秀治の戦跡めぐり。
多紀郡を出た船井郡で両軍の激戦があったとは!

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2018年05月03日

相生からたつので歴史探索

後期連休の初日、矢野庄地頭・海老名氏と下揖保庄地頭・島津氏の家紋と史料採取に西播磨に遠征。
まず、先日、電話で相生の海老名氏の資料についてあれこれ教示を乞うた相生図書館を目指した。いつものデカンショ街道から山陽道三木小野インターチェンジ、龍野西インターチェンジで降りて図書館のある相生中央公園まで二時間半。丹波篠山から播磨南西部の相生までの道のりは遠い。

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山陽道龍野西インターチェンジを下りる。標識は「たつの」ではない。

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2018年02月12日

大山に西尾武陵の史料を訪ねる

昨年、綾部の歴友KGさんより、丹波を代表する俳人・西尾武陵の後裔にあたる西尾家を訪問したいというリクエストがあった。年末、持病が再発したため要望に応えられないまま年明け、1月も過ぎ去ってしまった。
先日、西尾さんに電話をさせていただいたところ快諾をいただき、今日、KGさんと待ち合わせて訪問が実現した。


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2017年12月24日

淡路島、家紋講座の調査行

きょうの丹波は曇り。あと一か月を切った淡路島での家紋講座取材のため、淡路島に遠征。目的は、文化会館までの時間を量る、田村氏、舩越氏、安宅氏、賀集氏ら国人衆の家紋探索。

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相方と次女・孫のウーさんの四人で寒さが沁みる早朝、篠山を出発。淡路文化会館まで約一時間の行程、淡路島も近くなったものだ。
あらかじめ、インターネットで調べておいた国人の名字が残る、城址・寺・墓地を順番に訪ねていった。

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2017年12月17日

佐用郡平福バスツアーに参加

今日は、篠山で楽しく暮らし隊・Mさんのお誘いを受けて、佐用郡平福まで日帰りバスツアー。
ちょうど、利神城跡国指定を受けたシンポジウムも予定に入っていて、ありがたく参加させていただいた。

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2017年11月28日

綾部の歴史歩きに参加

今日は、綾部市のKさんからのお誘いを受けて年休を取得、古刹・施福寺の史跡探索に混ざって山歩き&寺跡探しに参加した。事前情報では城跡もあるとのこと、天気も快晴、弾む心で出かけたことだった。

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2017年11月03日

綾部市山家で山城 & 家紋 歩き

快晴の朝、綾部市山家に遠征。かねてより綾部在住のKG氏からのお誘いを受けていたイベント「和久氏の山城登山会」への参加だ。
山家一万石の藩主・谷家の陣屋跡にある山家歴史資料館の新しい看板設置セレモニーにかかるイベントとして、甲ケ峰城跡登山と陣屋跡見学会が催されたのだ。

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2017年09月27日

篠山に残る土豪館「土居の内」を訪問

多紀郡(現篠山市)の戦国時代、八上城主・波多野秀治に属し、八百里城で明智勢を迎え撃った畑一族が知られる。畑氏の存在は前から気にかかっていて、折々に畑家の歴史を調べ、ホームページなどで紹介してきた。いまも、篠山に畑姓は少なくなく、八百里城主の後裔という畑家も続いている。

今日、訪ねた畑家もその一家で、住まいは土塁と堀に囲まれ「土居ノ内」 あるいは「大渕館」と称されて中世の武家屋形の景色をよく残している。貴重な文化財として、県の文化財指定も受けている。

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お宅からは八上城跡が真っ正面に見える
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