2019年10月14日

おもゼミ国人編のコースを下見でめぐる

12月に予定されている丹波篠山市の公民館事業の
人気コンテンツとなっている「おもしろゼミナール」企画。
その一つである「多紀郡の中世武家と家紋を探る」を
担当して四年目、捻り出した訪問ルートの下見行を実施。

朝、城東公民館に集合。メンバーは、おもゼミ担当のMさん、
サポータのTさん、そして自分の三人。公用車に乗り合せて
まずは小畠越前守永明が波多野勢と戦って討死したロウ山城跡。
城跡はゴルフ場と化しているが、わずかに残った山部分に
曲輪跡、切岸跡とも見られる地形が残っているが、はたして?

つぎは、討死した波多野方の武士たちの首を祀ったという首塚。
続きを読む
posted by うさくま at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年09月29日

飾磨に遠征、展示会と歴史歩きを楽しむ

今日は、招待状をいただいていた Sala表紙写真展を見に
会場になる姫路市飾磨に遠征した。ちょうど、帰省している
孫ウーと次女も一緒に出かけていった。

IMG_7488.jpg

71144993_2295747300523836_2333009295836184576_n.jpg
Sala は 、もともと娑羅 と表記されていたことを知った。
71775166_2295747550523811_9204639657252356096_n.jpg
会場の庭に出ると、懐かしい山陽電車が

会場は姫路と神戸を結ぶ山陽電車の線路脇の洒落た小ぶりな建物で
おそるおそる入ってみると、Salaの創刊号から直近号までが
展示され、壁にはそれぞれの表紙を飾った写真が飾られている。
いわゆる派手さはないがアットホームな展示で、孫ウーにはジュース、
われわれには珈琲のおもてなしをいただいた。

続きを読む
posted by うさくま at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年09月01日

東播磨の中世と近代の史跡を訪ねる

先週、昨日と一緒した歴城友のS氏と、かねて予定していた
加西市鶉野の戦争遺跡跡をメーンとした東播磨の歴史散策を楽しんだ。

集合場所で落ち合い、S友Mさんの車に乗せてもらい
まずは、観応の擾乱における戦場となった光明寺を訪ねることになった。
その途中、中世、滝野庄の政所が置かれたという地に鎮座する
春日神社に寄り道。播磨の地を遊行していた法道仙人に、
武甕槌命が光明寺の建立をお告げし、仙人は光明寺を建立した。そして、
武甕槌命を祭神とする社を造営して光明寺の守護神にしたという。
その後、藤原氏の荘園として滝野庄が立庄されると、大和の春日神社から
藤原氏にゆかりの神々が勧請され春日神社に改められたと伝えられる。
あとで調べると中井権次の彫り物があったらしいが見落としてしまった。

a69413713_2249975405101026_3959940884631388160_n.jpg

光明寺は春日神社後方の山中にあり、「播磨高野」とも称される古刹。
急坂を登っていくに連れ宗教的雰囲気が濃厚となり、
かつての僧坊跡であろう土塁を伴う平坦地が散在している。

b69590218_2249976591767574_5259473348450058240_n.jpg
滝野城主阿閉佐兵衛重氏の墓所

続きを読む
posted by うさくま at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年08月24日

ひさしぶりに京に上洛、歴史探索に励む

今日は、思うところがあって京に上洛。
目的は京都洛北の戦国史に名を刻む山中越の磯谷氏、
一乗寺の渡邊氏、岩倉の山本氏らの家紋ウォッチ。
渡邊氏、山本氏は京都に住んでいたころ
家紋探索と城跡登山など、その歴史を訪ね歩いた。

京都の山城国は足利幕府が置かれたところであり、
南北朝時代から戦国時代まで、武家政治の中心であった。
そのような京は山城国において国衆というべき存在は
知られるとことが少ない。とはいえ、桂川西岸に勢力を有した
西岡衆、山城一揆で知られる南山城国衆、そして、
洛北に基盤をもった山本・渡邊・佐竹・磯谷らの洛北衆らの
国衆・土豪たちは京の戦乱に小さくない足跡を刻んでいる。

続きを読む
posted by うさくま at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年08月18日

細見氏の家紋と歴史を訪ねて春日町へ

今日は歴史仲間のお誘いを受けて細見氏の足跡を求め、
丹波市春日町は上三井庄から野瀬界隈を歩いた。

細見氏といえば、戦国時代、多紀郡の北東部に位置する
現在の本郷から京丹波の鎌谷、三和あたりを領した武家。
伝ではあるが、黒井城攻めに敗れた明智光秀を待ち伏せ
あと一歩のところで取り逃がした草山城主・細見将監が知られる。

いまも、本郷一帯から鎌谷、栗柄峠を越えた春日町一帯に
細見姓が広く分布している。先日、細見氏の後裔でその歴史を
調べておられる細見さんというお医者さんがいらっしゃるので
話を聞きに行きませんかと声をかけていただいたのだった。

西紀本郷〜春日下三井〜京丹鎌谷.jpg

続きを読む
posted by うさくま at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年08月11日

播州西脇の寺社めぐりに汗を流す

毎日、暑い日が続く! 先の金曜日にはプチ熱中症になり、
昨日はDSG土曜会に出席したのちはグッタリと家中で過ごした。
そして今日、前から予定していた西脇史跡めぐりに出かけた。
メンバーは、城歴友のS氏と友人のMさん、播磨屋と相方の四人
十時に集合した時点で既にフラッとする暑さであった。

0811_image1.jpeg

地元の地理に詳しいMさんの車に同乗して、史跡めぐりスタート
Mさんは地元の観光パンフや観光地図などを手がけておられ
いただいた作品というか成果物のマップや資料はプロの仕事であった。
最初の目的地としたのは、異本黒田系図を所蔵する黒田庄町の荘厳寺。
途中、かつて発掘調査があった喜多城を通り過ぎる。
すべてが失われてはいないが、大方が道路と化していた。

続きを読む
posted by うさくま at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年06月24日

丹波国衆、上原氏の家紋を訪ねて天田郡へ

今日は年休。
来月に予定されている講座を踏まえて、天田郡に出かけていった。
かねてより、明智光秀の丹波攻めに対した八上城主波多野秀治、
黒井城主荻野直正に属して抵抗した丹波国衆たちの歴史を
家紋を主体にズーッと取材、調査を続けてきた。

丹波武士の家紋に係る史料としては『見聞諸家紋』『丹波志』が
あげられるが、とくに諸家紋には丹波武士の家紋が図入で収録されている。
それらをベースに国衆たちが拠った山城を訪ね、城址近くの墓地を訪ね
家紋を採取、史料と照らし合わせる作業を続けたことだった。
その合間に図書館を訪ねて、その地域ならではの資料を収集
国衆の家紋、歴史がなんとなく腑に落ちてきたのだった。

続きを読む
posted by うさくま at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年06月19日

近所の史跡をめぐり「鴨川の郷」で歴史講座を聞く

今日は年休。
というのは、北播磨城研会長の藤原会長の歴史講座が
「やしろ鴨川の郷」で行われていると聞き、
問い合わせると「市川流域の山城−永良氏の山城」とのこと。
「これは行かねば、なるまい!」と休みをとったのだった。

休みをとったとはいえ講座は午後から、朝ボーっと過ごすのも
いかがなものかと思い立ち、近くの山城、墓地をめぐってみた。
先日、オフ会に予定していた味間地区に残る、南城、北城
平井山城をめぐりつつ、大沢の杉本株の墓地、
南城登り口に設けられている村墓地を訪ねた。

64662608_2118735398225028_6616849864875573248_n.jpg
杉本家の「丸に杉文字」紋

南城の城主は平野造酒と伝承され、登り口の墓地にも平野家の墓石があり「弓」の字紋という珍しい家紋。ひょっとして、城主の子孫かと思われたが不詳。さて、以前にあった山道の入口は藪に覆われ、踏み込むのを躊躇う状態。別のルートを探したが、登るとなればと直登となりそうだ。

64812718_2118735851558316_8879408597407105024_n.jpg
登山口は藪で覆われている!
64478628_2118735961558305_2325266796946391040_n.jpg
平野家の「弓文字」紋

続きを読む
posted by うさくま at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年06月08日

丹波国衆の資料を求めて綾部、京丹波を歩く

先日、綾部のKGさんよりいい壺が手に入ったので
「要りませんか?」との連絡をいただいた。
また、志賀郷を領した志賀名字に心覚えがありませんか?と聞いたところ
何やら知り合いに伝来の品を持っている志賀さんがおられるとのこと。
それはぜひ、壺の拝領と併せて拝見したいもの
「綾部に行かずばなるまい!」と機会を狙っていた。

IMG_4941.JPG
グンゼ博物館に入ってみた
a62261030_2100518213380080_9160933636256563200_n.jpg
KGさん宅への坂道から位田城を遠望

そうだ、来月に予定されている講座の資料収集を兼ねて
綾部に遠出、あれやこれやお世話になろうと決め
一昨日、電話で都合を聞いたところ「土曜日なら」との返事。
あつかましいことではあるが、KGさん宅にお邪魔した。
続きを読む
posted by うさくま at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年05月13日

豊岡歴博を訪問、但馬界隈をぶらつく

今日は「丹波篠山誕生の日イベント」に出動した振替休日。
連休の間に行く予定をしていた豊岡市立歴史博物館へ遠征、
目的はいま開催されている特別企画展示会「家紋World」の見学。

a60067724_2057843594314209_5574829947769323520_n.jpg
垣屋氏が拠った宵田城跡が目の前
b60364455_2057844284314140_804621024363544576_n.jpg
スッキリした佇まいの歴史博物館

豊岡歴博はこの4月にリニューアルされ、その特別企画展のテーマに
家紋が取り上げられたのだった。それに伴って旧知のI女子の紹介で、
展示会の企画段階からお話をうかがい、来月の下旬に
「家紋って何?」と名づけた講演もお引き受けしてしまった。

bIMG_E3307.JPG
家紋の展示会

c60138786_2057844444314124_4187436592106831872_n.jpg

展示をザッと見たあと、担当学芸員のNさんと改めて
展示をジックリと案内いただき、その後に講演の打ち合わせを行った。
今日は同席が叶わなかったI女子に用意いただいた資料を頂戴し
予め用意してきた講演のメモをもとに方向性は決定した。

続きを読む
posted by うさくま at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年05月02日

播磨の中世武家 三木氏の足跡を探しに英賀遠征

いま、某民俗誌に連載している
「播磨の中世武家の家紋地歴史を探る」の次回に
三木氏を取り上げるので西播の英賀保に遠征した。

IMG_3839.JPG

篠山口駅9時46分の快速に乗り、尼崎で新快速に乗り継ぎ
姫路駅で播州赤穂行きに乗り換え英賀保駅まで2時間10分
英賀保駅に降り立つのは30年ぶりのことであった。

続きを読む
posted by うさくま at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年04月21日

多紀郡の一角にあったという「消えた村」を探る

昨日の疲労が残った身体にムチ打って、
篠山の一角にあったという夙集落の名残という墓地探索に出かけた。
丹波新聞に取材記事が載って以来、気にかかっていた史跡だ。
行く前に、以前、丹波新聞社のアーカイブに上がっていた記事を
改めてチェックしようと思ったが既に削除されていた。
記事を見た時も「ありゃ、これは」と思ったが、やはりということか。

IMG_3464.JPG

ということで、記事の内容を思い出しながら場所を探したが
獣防柵に前途を遮られ行きつ戻りつしながら入り口を探すも見つからない。

IMG_3461.JPG

IMG_3463.JPG

ともあれ柵越しに潅木を掻き分け、汗みずくになりながら入口を探して
歩くことしばし、見つかった入口は老人ホームの裏側にあった。
目指す墓地は、入口より山中に伸びる山道の傍らに祀られていた。

続きを読む
posted by うさくま at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年04月13日

八上城北麓の曲輪跡、寺跡を歩く

波多野秀治の後裔にあたる波多野各家の系図を調査・研究されているО氏、
氏は篠山城の石垣刻印の研究もされており教わるところが多い方である。
その氏から誘われて、八上城の北麓にある十念寺さんを訪問した。
目的は北麓に残る前田主膳館に関わるであろう曲輪跡群の探査と
八上城跡東北麓の藤ノ木坂口に残っている誓願寺跡の踏査であった。

IMG_3210.JPG

10時に十念寺さんに集合、メンバーはО氏、Eisoさん、Kitagawaさん、
十念寺の奥さん、そしてわたしの五人である。
十念寺さんには波多野秀治の位牌が伝来しており、せっかくの機会、
内陣の奥にある位牌堂の最奥に祀られている位牌に詣らせていただいた。

続きを読む
posted by うさくま at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年03月21日

日吉町世木に続くという三苗(三姓)

かねて、参加応募していた「岩尾城登山会」が雨で流れ
さて、どうしたもんじゃろう?と思っていた。
せっかくなので、丹波の国衆に関する資料を整理しようと
古いスクラップブックを読み返していたら
日吉町世木に続くという三苗(三姓)の記事が目にとまった。

以前、亀岡市域の古い集落馬路の両苗、保津の五苗など
丹波には中世の地侍の系譜をひくであろう名字が伝来している。
日吉町世木の三苗は「湯浅」「吉田」「田尻」の三姓で
世木郷の一宮であった天稚神社ゆかりの家々という。

IMG_2693.PNG

続きを読む
posted by うさくま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年02月02日

ふたたび播磨後藤氏の歴史探索で播磨遠征

今日も、相方の運転で後藤家の家紋探索に福崎へ遠征。
先日は本家筋にあたるらしい後藤家の墓所を訪ね
「下り藤」紋を用いられていることを確認した。
今日は、まず播磨後藤氏が拠った春日山城の登山からスタート
整備された登山道を登っていくと20分ばかりで山頂の城址。

IMG_1602.jpg
後藤氏が居城とした春日山城跡を見る

続きを読む
posted by うさくま at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年01月14日

鷲尾家、千年家、淡河城を経めぐる

播磨に陣取った平家軍を討つため京を発し、丹波を通り抜け、
三草山の平家軍を追い落とし、鵯越を目指した源義経。
その義経が次に目指したのは平家本軍が陣取る須磨、
裏六甲に馬を進めた義経勢、地理に暗い義経らを
道案内したのが裏六甲(山田地区)に勢力を有した鷲尾一族の義久であった。

続きを読む
posted by うさくま at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2019年01月13日

後藤氏の家紋探索と史跡をめぐる

いま、某誌(歴史民俗誌Sala)で連載をさせていただいている「播磨武士の歴史と家紋」、振り返れば赤松氏をはじめに数家を取り上げてきた。次回のターゲットとしたのは播磨後藤氏、ということで、播磨後藤氏の家紋探索と史跡めぐりに播磨西部の福崎界隈に出張ってきた。
まずは、後藤家直系の後藤氏とその一族が集住するという山崎集落を訪ね、探し当てた後藤家の墓地には後藤家の暮石がズラリ、その全てが下り藤紋であった。その他の地区で見つけた後藤家の墓石には、剣酢漿草紋、橘紋などが用いられていた。

続きを読む
posted by うさくま at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2018年10月21日

播磨徳久城に登り、広峯神社神職の墓地を訪ねる

こどもの頃から見なれた 志んぐ荘、
この夏に泊まった赤とんぼ荘と同様に
はじめて宿泊したわけだが、なんといおうか魅力に乏しかった。
そもそも、国民宿舎というコンセプトが、公務員的な
発想で作られたものであり、ユーザーに響かなかったのだろう。

播磨徳久城を案内いただく宍粟城研のTさんと合流する前に、
昨日、心に残った木南さんと菊水紋を新宮町篠首の墓地に訪ねた。

44570365_1630901393682583_1281262016538869760_n.jpg

44445839_1630901380349251_6296768754286067712_n.jpg

墓石に彫られた菊水紋は一様ではなく、興味深かった。
佐用方面にも多いという木南名字とその家紋(菊水であろうか)
日を改めてジックリ探索に行きたい気分ではあった。

続きを読む
posted by うさくま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2018年10月20日

広峯家を訪問、揖保郡界隈を歩く

一泊二日の予定で、相方と播磨方面に遠征。
今日の目的は、いま取材を進めている播磨の中世武家の歴史に
係る資料採取に姫路城内図書館を訪問、
かつて広峯神社の筆頭神職であった広峯氏の後裔にあたる
広峯さんが神職を務められる稗田神社を訪ねることである。

IMG_7832.jpg

昨日、調達しておくべき手土産を、今朝、購入したことで
出発時間が大幅に遅れてしまった。その結果、
今田の陶器祭りと姫路城手前の交通渋滞に巻き込まれ
姫路図書館はゆっくりまわる時間がなく
駆け足で資料を探ったのちメーンの目的地稗田神社をめざした。

続きを読む
posted by うさくま at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2018年10月12日

もう一本の「高城山合戦図」を拝見

十一月に予定されている波多野秀治ゆかりの地ウォーキング。
その目玉として、波多野秀治の菩提寺・誓願寺さんにある軸装の
秀治画像と高城山合戦図と歴史美術館蔵の軸装・秀治画像二本を
併せて四本を展示することになった。おそらく初めての試みとなる。

ということで、先月の某日、誓願寺さんにお邪魔して、
秀治画像と高城山合戦図を拝見、借用できることになった。
ところが、その後、
「高城山合戦図」はもう一本あることが判明した。

続きを読む
posted by うさくま at 12:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史探索