2010年06月11日

篠山三角点めぐり、完全踏破!

今朝、これまで登った篠山三角点の写真や地図、
国土地理院の「点の記」などを調べていたら、なんと!
もう一箇所、三等三角点があることを発見してしまった。

真南条にある古刹大平山龍蔵寺の山号の由来となった
大平三山の一つ、中尾ノ峰の三等三角点で。
迂闊にも三田市に位置するものと勘違いしていたのだった。 


達成感にひたっていただけに、なんとも悔しい限りである!
おりから天気は快晴、「よし行こう!」と思い立ち

地図を検討すると、龍蔵寺から愛宕山に登るコースがよさそうだ。
ウサを誘ったが 「行かない」という、
「暑いで、死ぬで〜!」 というウサの声を無視して龍蔵寺めざして飛び出した!
 
龍蔵寺からのコースは所々に道標やテープがあり、急坂を登っていくと
愛宕山と中尾ノ峰の分岐となる植林帯のタワに到着。
ここで道は木立の中に消えてしまったかのように失せ、
沢筋に発見した鉄のポールを目印に登っていくと尾根にのることができた。

中尾-ガレ場
分岐となるタワ手前のガレ場と標識
 

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2010年06月10日

残る中口山の三等三角点を踏破

中口山は丹波と播磨の境界上に聳える西光寺山の北方に位置する山で、
南西山麓にはジャパンビバレッジゴルフ場が味気なく広がっている。
登り口としては丹波の境をなす比延峠から、
あるいは黒石ダムなどから登り道があるそうだ。

中口山-遠望
西脇方面より中口山を遠望する

今回は、もっとも最短コースと思われる二万五千分の一地図の
西脇方面に記された破線のコースを選んだが
道はすぐに植林地帯に入ると消えてなくなってしまった。
植林帯を通り抜け、急斜面の尾根筋を激登りして尾根筋へ、
尾根は見晴らしのない雑木林だが、踏み跡もハッキリしていて
いい感じのところだ。

中口山-尾根 尾根筋を歩く
 

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2010年06月03日

リベンジで三角点踏破!

一昨日、痛恨の初歩的ミスを犯したうえに夕立にやられ
無念の下山をした中山の三角点を踏破した。
 
雨にうたれながら下山した曽地奥より分け入り
一昨日とは逆行するかたちで山道を登る。
改めて登ると、むかしから利用されたものであろう
よく踏み固められた分かりやすい道が尾根筋に続いている。
急な尾根道ではあるが、途中からは曽地方面の見晴ポイントもある。
473mのピークに登りつめると、緩傾斜の尾根道が続く。

中山-日置眺望
日置集落を見る、正面は剛山

やがて、夕立に遭って登山を断念したポイントに到着。
そこから急斜面を登り尾根道をたどったが、
何のことはない尾根を下ると先の山道と合流だ。
その先の広い沢から登り切ったピークが中山で、目指す三角点がない。

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2010年06月02日

初歩的ミスで、散々な山歩き

一昨日、大山上の高畑山の三角点をサクッと踏破、
その勢いに任せて、昨日は五日連続の三角点めぐりとあいなった。


高畑山三角点
高畑山の三角点、見晴らしはまったくなし、残念!

目的地は後川と曽地奥の境にある中山で、
二万五千分の一の地図を見て入念に登山ルートを見極め
やや疲れ気味のウサと一緒にスタートした。
曽地中の八幡さんを取り付き地点として
曽地中砦を探索しつつ、尾根筋を登るコースをたどることにした。
途中、篠山の絶景ポイントがあり、しばし休憩。
 
中山-日置方面を見る
日置方面から多紀連山までのパノラマ風景を見る

さらに尾根筋を登ることしばし、山仕事の方々か、
あるいはハンターのみなさんの宴のあとか…ビール缶だらけのピークに到着。
ところが、このピークの先にあるはずの尾根筋がない??
 

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posted by うさくま at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2010年05月30日

三日連続で、三角点に登る

一昨日、大期山の三角点に登った。
しばらく天気が悪かったこともあって、一週間ぶりの三角点登りだ。
 
大期山は標高470.93 m、桂文珍師匠が卒業した篠山鳳鳴高校の後方
昨年、登った笛吹山城の東方に連なる山である。
大熊集落内の某所に車を停め
かつて寺院のあったという谷より頂上を目指した。
はじめは明確だった道も次第に荒れ気味となり
ついにはまったくの谷川となってしまった。
それではと、山腹を攀じり、悪戦苦闘の末に尾根筋に登りつく。
尾根道の途中に大きな崩落、慎重に尾根をトレースしその先の尾根へ。
松の生い茂った尾根道の向うに三角点はあった。
山頂からは木の間越しに篠山の町、多紀連山が垣間見えるばかりで
ほとんど眺望はない。小休止をしたのち、東方の谷筋を目指して下山する。

大期山三角点 四隅が欠けた柱石

大期山に続いて、昨日は篠山の北方大芋集落にあるモロケ谷の頭の三角点へ。 

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2010年05月13日

多紀連山へ、クリンソウを見に

クリンソウの群落を見に、多紀連山の主峰三嶽へ、
三嶽登山は、これで3.5度目だ。

クリンソウは涼しい湿地に自生するサクラソウの一種で、
下段より順次上へ花を付けて行く様子が
仏塔の先に付けられる九輪に似ていることから
『九輪草』と名づけられたのだという。
全国的に分布している花だが、兵庫県では絶滅危惧種Aに指定されており
三嶽のクリンソウの群落は日本有数の規模のものといわれている。

三_九輪草群落-S
三嶽、大岳寺址近くの沢に群生するクリンソウの花々

三嶽のにクリンソウが自生していることは昔から知られていたが
一大群落が発見されたのは近年のことだという。
というのは、クリンソウは野生動物が食べない忌避植物の一種で
近年増加傾向にあるシカなどが他の植物を食いちらすなかで
クリンソウだけが増え続け、三嶽の春の名所となった。

今回の登山は丸山の上水施設よりのコースを選んだ。
若葉は爽やか、クリンソウの群落を散策してのち、
大岳寺址、小金ヶ嶽遠望、篠山市街の遠望を楽しみながら三嶽の頂上へ。

三_ギンリョウソウ 三_九輪草群落-2 三_五輪塔
登り途中で見つけたギンリョウソウ ・谷筋にクリンソウの群落 ・寺院址らしい五輪塔群

三_篠山眺望 三_北方眺望 三_三角点
中腹から篠山方面を遠望 ・頂上より北方の山並みを見る ・三嶽の一等三角点

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2010年05月02日

連荘連荘で三角点をめぐる

今日も、朝からウサと一緒に三角点をめぐる
まずは行者山の三等三角点
ついで槙ヶ峰の三等三角点を訪ねる

行者山は、篠山市街の北方にアンテナを林立した衣笠山の西方にあり
山上に行者堂が祀られていることからその名がついたという。
往古、篠山を取り巻く山々は丹波修験の霊場として栄え、
多紀連山の主峰三嶽にあった大岳寺をはじめとして多くの寺があったという。
行者山も丹波修験道とゆかりがあったところなのだろうが、確証は得られなかった。

コースは春日江の熊按神社を起点に春日江より奥県守に通じる旧道をたどった。
途中、植林地帯で道を誤った以外、尾根には明確な道があり
山上からは行者堂の参道が春日江まで真っ直ぐに下っていた。
眺望がなかったのが残念だったが、いい感じの山であった。

行者山-祠 名前の由来となった行者堂 
行者山-三角点
きれいな三角点
 
ついで、宇土観音で知られる槙ヶ峰へ
槙ヶ峰にはかつて「槙ヶ峰千軒坊」と称されるほど多くの僧坊が立っていたという。
多紀連山、弥十郎ヶ嶽山麓、松尾山山腹もそうだが、
篠山を取り巻く山々には、かつて修験道で栄えた時代の名残が色濃く残っている。
槙ヶ峰へは宇土観音後方から西側中腹の展望台まで
西国三十三所霊場の観音様が祀ってあるが、人の姿はほとんどない。

登山ルートは展望台手前に薄い山道を発見、そこから分け入った。
羊歯の茂る急坂を登ると、多紀連山から高城山を一望できるビュースポット、
荒れ気味の雑木林が続く急尾根を登っていくと、小さな祠が祀られたピークに到着。
祠に手を合わせ尾根を下り、登り返したピークが槙ヶ峰の山頂であった。
西方眼下には篠山口駅、その向うには白髪嶽と松尾山、
北方には大山の山並みが見える、素晴らしいパノラマ風景にしばし時間を忘れる。

槙ヶ峰-眺望 
山頂より眼下の篠山口駅、北方の大山方面を見る

槙ヶ峰-三角点 無残な姿の三角点

目当ての三角点はというと、四隅を削られた無残な姿である。
八ヶ尾山の三角点もひどかったが、誰がこのような馬鹿なことをするのだろうか?
さて、頂上は登ってきた宇土観音からの道
初田方面に下る巡視路、北西の鉄塔に伸びる道の三叉路となっている。
下山は北西の鉄塔経由で、その先に伸びる尾根を選ぶ
鉄塔を超えたあたりより荒れ気味となったが、
まず迷うことなく大沢のお稲荷さんに降り付くことができた。
 
どちらの山もいささかのブッシュや読図が悩ましいところはあったものの
道はおおむね明解で、ビューポイントもあり十分楽しめた。
なんといっても、丹波修験道の名残を感じさせる山々であったのがよかった。
by kuma 
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2010年05月01日

二等三角点を制覇する

世の中はゴールデンウィークである。
今年は、珍しく好天が続くと天気予報で言っていたが丹波も好天続きだ。
世の人々はレジャーに繰り出しているが
ウサクマは地味に篠山周辺の三角点めぐりに汗を流している。
 
昨日は、籾井城の北方にある荒打の三角点と三国岳の三角点と踏破
荒打へは本明寺の林道より登ったが途中でブッシュに阻まれ
やむなく別の谷筋を攀じってなんとか尾根道へ
尾根は想像以上にきれいで、長丁場でも籾井城からくるべきだったかと。
ところが、三角点を超えた北のピークに登ると
なんとすぐそこまでゴルフ場ではないか・・・!
あの谷筋の藪漕ぎは何だったのか!と思わずにいられない光景ではあった。

荒打三角点_ゴルフ場
三角点先のピーク直下にはゴルフ場が…

三国岳も同様に三角点のすぐ南にはゴルフ場が広がっている。
荒れた山の向うには、ノー天気にゴルフ場、
なんというか、現代日本のいかがわしさを見たようで、いささか暗澹とした。
 
三国山三角点 三国山の三角点、眺望はゼロ

さて今日は、篠山に四つある二等三角点のうち、三つ目の今田上山を目指した。
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posted by うさくま at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2010年04月29日

丹波篠山、三角点めぐり

昨年、映画化されて話題をよんだ新田次郎氏の「点の記」
素晴らしい小説であり、素晴らしい映画であった。
山城歩きはズバリ山歩きそのもので
新田次郎氏の小説のようなものではないが、三角点に出会うことが多い。
 
篠山には多紀連山の主峰 - 三嶽山上にある一等三角点を筆頭として
二等三角点が3ヶ所、三等三角点が31ヶ所ある。
そこで、一昨年より山城めぐりのかたわらに
出会った三角点をなんとなく写真撮影していた。

三嶽三角点
三嶽の一等三角点

篠山の山城もほぼめぐったことでもあり、
三等三角点以上に限定して『山城攻略&山登り』が
なにやら『三角点踏破&山登り』に変化してきた。
 
26日の月曜日、小坂城を経て西紀北方に聳える鋸山の三角点、
昨日はこの前登った虚空蔵山から眺めた古森の海見山の三角点、
そして、今日は小枕の火打ケ嶽の三角点を踏破したのち
火打ケ嶽北方にある四季山上にある四季山城を探索してきた。


火打嶽中腹より多紀連山を見る
 
鋸山より春日町
鋸山山頂より三尾山、春日町を遠望する
 
海見山より松尾白髪
海見山山頂の木の間越しから僅かに見える白髪嶽と松尾山
 
踏破した三角点が増えてくると、もちまえの蒐集癖に火がついて
なにやら三角点めぐりに夢中になってきた。
これからしばらくは、若葉の山歩きを楽しみつつ
三角点の踏破に時間とパワーを傾注していくことになりそうだ。 
by kuma 
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2010年04月19日

新緑と花々、筱見四十八滝を歩く

今日も快晴、虚空蔵山登りで火がついた山歩き
新緑と花々に誘われて、二年ぶりに筱見四十八滝を巡った。
 
姫路に通じるデカンショ街道(国道362号線)と、
池田から綾部に抜ける国道173号線が交わるする小野新交差点。
そこから北へしばらく走ると、
東多紀アルプスの主峰ともいうべき八ヶ尾山が厳つい姿を見せる。
筱見四十八滝は八ヶ尾山の西方に位置し、
岩稜が巍巍と連なる多紀アルプスの水が断崖層に多くの滝をつくり出したもので、
その落差は約130メートル、始終(しじゅう)滝の水が流れていることから
「四十八滝」と呼ばれるようになったという。
 
四十八-滝 長滝とターキーブリッジ

四十八-眺望
岩場より筱見方面を見る

 
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2010年04月18日

篠山と三田の境、虚空蔵山に登る

今年にはいって摂津三田方面の山城こそ登っていたが、
気合の入った山歩きからはひさしく遠ざかっていた。
気候もよくなったこととて、ウサと相談した結果
篠山市と三田市の境をなす標高596mの山…虚空蔵山に登ろうということになった。

虚空蔵山はむかしは岩辻山と呼ばれていたそうで、
推古天皇の時代、聖徳太子が夢のお告げによって三田市側の中腹に
虚空蔵堂を建立したことから虚空蔵堂山と呼ばれるようになったのだと伝えられる。
虚空蔵山へはJR藍本駅から酒垂神社を経て虚空蔵堂に至る表参道と、
藍本駅の北側より登る裏参道がある。
さらに、東北方の草のから登る道、西方の今田から登る道などもある。

今回の初登山は藍本側の表参道をたどって虚空蔵堂から山頂を目指した。
表参道は往時の石畳や石段、参拝者が手を清めたという石舟などが残り、
案内板や道標も整備された歩きやすい道である。 
中腹の虚空蔵堂には、桜が咲き、遠く三田市外が見える
盛時は本堂の他に毘沙門堂、薬師堂、仁王門などの七堂伽藍があったというが、
現在ではわずかに虚空蔵堂が残るばかりである。
とはいえ、境内に残る姫路の書写山円教寺、彦根城のものと同型という
鯱(しゃちほこ)瓦、役の行者堂、本堂後方の山腹にある平坦地などに
かつての名残を感じることができる。

虚空蔵-山道 表参道の長閑な山道

虚空蔵-堂 
重厚な佇まいの虚空蔵堂

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2010年01月29日

八ヶ尾山に登る

昨年の暮れ、岩谷山に登って以来、なにやらマッタリと過ごしてきた。
某テレビ局のバラエティのネタによれば
運動をしないとカルシウムが無駄に体外へ流出してしまうという。
 
それはイカン!惚けっとしている場合ではないと久しぶりに山らしい山に登った。
ターゲットは、篠山北方の修験の山-多紀連山の東方に位置する八ヶ尾山で
山上には明智光秀の築かせた山城址があり、登山と山城探索、
文字通り一石二鳥の山登りとなった。
 
八尾-山麓祠 八尾-登る1 八尾-登る2
弁天様に祠より、岩だらけの尾根道をひたすら山上へ

山麓に祀られた弁天さまの祠横から取り付き雑木の山道を登る、
やがて道は不明瞭となるが、木々に付けられた赤いテープと
兵庫県警の文字の入った黄色いテープを道標に岩だらけの尾根を登り続ける。
天気は上々で要所で広がる眺望は抜群、
一月だというのに汗が噴き出してくる…
やがて思案岩を越え急斜面を登りきると山上に到着、
きれいに木々が伐採された山上には不思議な標識と二等三角点、
真新しい祠が祀られて、眺望は360度のパノラマ風景で、文字通り絶景だ。
 
八尾-山上
何故か四隅が削られた三角点越しに多紀連山を遠望

八尾-三岳
山上から小原方面を見下ろすように立つ祠越しに毘沙門山より櫃ヶ嶽の連山を遠望

八尾-雨石
遠く兵庫と大阪の県境をなす山々が遥かに見える 

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2009年12月03日

多紀連山、西ヶ嶽に登る!

御嶽・小金ヶ嶽の登山に続いて、多紀連山の西に聳える西ヶ嶽に登った。
多紀連山(アルプス)は三岳とも別称されるが、
御嶽・小金ヶ嶽、そして西ヶ嶽を総称して三岳と呼ばれるそうだ。
多紀連山は修験の山であり、中世、御嶽には新金峰山大岳寺、
小金ヶ嶽には宝塔山福泉寺が並び立ち、入山する行者は後を断たず、
山々には法螺の響き、錫杖の音、念誦の声が谷から里にこだましたという。

西嶽-霧の三岳
盃ヶ岳から見た雲海に浮かぶ三岳(左端が西ヶ嶽):2009-11/22

修験道は密教から生じたもので金剛界と胎蔵界の両部があり、三岳修験では
筱見の四十八滝で水垢離ののち、東の覗、小金ヶ嶽山頂、福泉寺、
大タワから御嶽山上の行者堂、そして、大岳寺へと至る行を「金剛界」廻り、
大岳寺から御嶽山上の行者堂、西方に続く尾根道を経て西の覗から愛染窟
栗柄の養福寺、不動の滝で水垢離して不動明王に参拝する行を「胎蔵界」廻り
として、この両行を合わせて全行成就となった。
 

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2009年12月01日

ふたたび、多紀連山を歩く!

一年ぶりに、多紀連山の御嶽と小金ヶ嶽に登った。
今年は大岳寺址、福泉寺址(福泉寺城址)の探索が目的で
登山行程は昨年とは逆回りになる火打岩から三岳寺址経由御嶽、
御嶽から大タワに下り、小金ヶ嶽→福泉寺址(福泉寺城址)と歩いた。
 
多紀連山の紅葉は盛りを過ぎているものの、
雑木林の道は軽快で、木の間越しに見える小金ヶ嶽を眺めながら
水飲み場、大岳寺址へとたどり着く。

多紀-水飲み場

見たところ、一帯は昨年より手入れが行き届いており
礎石や平坦地など寺院址であることを語る遺構もわかりやすい。
さらに、大岳寺比定地上方の尾根にも寺院址を思わせる平坦地があり
丹波修験道の中心地であったことが、よ〜く実感された。

 To Be Continued
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2009年11月26日

深山に登った!

先日、図書館で「低山趣味」という本を借りた。
京都の北から丹波篠山あたりの低い山を中心とした山登りの記録本だが
あっちから、こっちからと舐めつくすような山歩きを淡々とした筆致で叙述されている。
なかでも大阪府と京都府の境に位置する深山の登山記は、
読むほどに、いますぐ登りたい!と思わせるもので、ウサも「え〜やん」という。
で、早速登ってきた。 

ささやまの森公園に車を停め、公園事務所の登山ノートに名前を記入し
公園から深山へいたる大手道ともいうべき登山道より深山を目指す。
隠し田の址、猪除けの石垣、モリアオガエルの池などを見ながら
やがて登山道は峠へと続いていく。

深山-公園事務所

登山道は、かつて篠山から摂津へと続く古道だったとのことで、
便利さに慣れた現代人には想像もできない当時の生活の厳しさが実感される。

 To Be Continued
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2009年11月15日

湖北縦走!

十一月一日、旧友H君夫妻と計画していた湖北の山歩きが、
生憎の空模様で、無念の二週間延期となった。
今日は天気はまずまず、待ち合わせ場所である河毛駅まで車を飛ばした。

行程は余呉湖側を出発点とし、山本山山麓の朝日山神社をゴールに決定、
朝日山神社にわれわれの車を停め、H君の車で余呉駅に移動する。
駅前の駐車場(うれしい無料!)に車を停め、いざ出発!

賤ヶ岳、古保利古墳群を経て山本山まで約13メートルの長丁場だ。

湖北-出発
縦走路はよく整備され、要所に標識が設置されている。

湖北-山道 黄葉・紅葉が素晴らしい

湖北-余呉湖

木の間越しに余呉湖が見える

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2009年09月16日

初秋の白髪岳に登る

篠山北方に屹立する多紀連山、それに相対するかのように篠山西方に聳えるのが白髪岳である。白髪岳の東方にある松尾山には山城と寺址の探索で二度ばかり登っていたが、白髪岳まで足を伸ばすことはなかった。ウサ的には松尾山もいいが、白髪岳の方がより魅力だったそうで、今回、初登りをしてきた。

白髪岳へのルートはいろいろあるが、酒井氏の城址を巡りながら行こうということで南矢代から取り付くことにした。登り口は犬飼集落の墓地が目印で、JR篠山口駅から南矢代方面へとぶらぶらと歩いていく。かつて一帯の庄屋であったという上田家住宅(国登録文化財)を見たのち、集落の西方にある墓地から分け入る。やや荒れ気味の急坂を尾根に登りきると、山上へと続く登山道がはっきりと確認できた。 

白髪-上田家碑 由緒が漲る上田家の碑 

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2009年08月19日

鷺草を見に西光寺山に登る

篠山市の最西端、丹波と播磨の国境に聳える西光寺山は、鷺草の自生群落と姥目樫(ウバメガシ)の自生北限地として知られる山だ。また、かつて山腹には金鶏山西光寺があって、修験者が往来するところであったという。金鶏山西光寺には「金の鶏」の伝説があり、山号はそれにちなんだものである。かねてより気になっていた山で、鷺草の咲くころを見計らってウサクマ一行の登山とあいなった。

西光-遠望
登り口から西光寺山を見る

西光寺山への登山口は、篠山市の今田側と西脇市の中畑側にあり、いずれも整備された登山道が山頂まで続いている。鷺草は今田側に自生群落があり、見頃を迎えた可憐な鷺草の花を見学したのち、寺屋敷方面との分岐点に設けられた東屋を横目に頂上を目指した。

西光-鷺草
鷺草の群落

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2009年05月10日

多紀と氷上の国境に屹立する三尾山へ

かつての多紀郡西紀町(篠山市)と氷上郡春日町(丹波市)の境界にある三尾山、西多紀アルプスとも呼ばれるその山容は見上げるような高さだ。そして、その山上には戦国時代の丹波に勇名を馳せた赤井直正の弟である刑部大輔幸家が築いた山城が残っている。初夏を思わせる晴天の下、三尾城址を攻略しつつ、西多紀アルプスを縦走してきた。
 
三尾-遠望
 
三尾山は手頃な山登りのコースとしても人気の山で、登山道は春日町方面から、篠山の西紀方面などから設けられているが、ウサクマは春日側中山の三尾山登山口から山上を目指し、三尾山から鏡峠に至る尾根を上り下りしながら、登り口である中山へ戻るコースを選んだ。
 
三尾-標識 三尾-やれやれ地蔵 三尾-標識2
 
登山道はよく踏み固められ、標識も要所に立てられ迷うことはないが、そのひたすら続く急坂には流石にきつかった。やがて、山上の尾根に到着、そこは既に三尾城址の一部だ。標識に展望台と書かれた西出曲輪にたどり着くと、そこからは見事なパノラマが展開していた。文字通り、春日町一帯が眼下に広がり、三尾城の本城にあたる黒井城も遠くに望むことができる。しかし、曲輪というにはあまりに貧弱で、おそらく見張り台的な砦が設けられていたものであろう。東出曲輪途中に祀られている『やれやれ』地蔵に、登山の無事を祈って三尾山上へと登っていく。
 
三尾-春日眺望
 
やがて、三尾城址の東曲輪群に到着する。土塁が設けられ、腰曲輪、ひな段状の曲輪が設けられている。一帯は東出曲輪群の西を固める曲輪群であり、そこから、さらに三尾山上へと階段状に曲輪が築かれている。それぞれの削平地の比高差は4m前後で、決して広くはないが見事な切岸である。やっと山上にたどり着くと、腰曲輪をめぐらした天守台を思わせる高台が築かれ、そこに三尾城址の石碑が立っている。若干、木々によって阻まれているが、展望は悪くない。南方面には夏栗山、黒壺山が聳え、東方には滝連山が聳えている。たしかに眺望は素晴らしいが、この峻険な山上に築かれた城では臨機応変の戦いを展開することは難しかったのではないか。三尾城は明智光秀の丹波攻略の前に落城したが、攻める明智方も、守る赤井方も戦闘の前に上り下りだけで疲労困憊になったのではなかろうか。
 
三尾-土塁 三尾-切岸 三尾-石碑
 
三尾-主郭腰曲輪 三尾-三尾山 三尾-鏡峠
 
山上の城址で休憩をとってのち、鏡峠を経て登り口を目指して下山を開始する。三尾山からの下山コースは急坂で、尾根の途中には覗き岩があり上ってみると肝の縮む景色が展開する。多紀連山とともに修験者が駆け回っていた山であったことが、実感されるところだ。とはいえ、山道は軽快で佐仲からの登山道を横目に鏡峠へ、そこからひたすら山道を下っていく。鏡峠までの風趣に富んだコースに比べると、山陰ということもあってただ歩くばかりというコースである。やがて、林道に出ると、さらに大味なコースとなり、疲れた足がさらに疲れを増す心持がしてくる。見尾山は軽快な山歩き、戦国山城の探訪などなど一様でない楽しさが味わえる。コースを替え、季節を替えて登れば、それぞれ違った味わいが感じられる山とみた。つぎは篠山市西紀側の鏡峠への道から登ってみようかなどと考えている。 by kuma
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2009年04月12日

蹴上から大文字、東山へ

むかしからの親友であるH夫妻と、われらウサクマの四人、蹴上から如意ヶ嶽城址→大文字火床を経て法然院、哲学の道を東山まで歩いてきた。

東山-如意遠望
平安神宮鳥居前の橋上より、如意ヶ嶽城址方向を遠望

朝十時に蹴上駅に集合、まず日向大神宮の内宮、外宮、奥の院の天の岩戸を見ながら東山トレイルコースへ。桜は満開を過ぎて散り初めといったところ、天気は快晴、初夏を思わせる気候だが山道は爽快そのものであった。

東山-日向鳥居 東山-外宮 東山-岩戸
蹴上駅すぐ左手に日向大神宮の鳥居  外宮社殿へ  天岩戸から外界を見る

日向大神宮は京都最古の宮といわれ、第23代顕宗天皇(485〜487:古墳時代)の御代に筑紫日向の高千穂の峰の神蹟を移して創建されたと伝えられる。内宮と外宮を中心に多くの境内末社が祀られ、なかなか荘厳な雰囲気が充ちている。奥の院にある天岩戸はくぐり抜けると開運・厄除けのご利益があるが、心邪なるものは通ることが叶わないといわれる。心清らかな一行四人が、難なく通り抜けたことは言うまでもないだろう。

東山-トレイルに 東山-山ツツジ 東山-山科遠望
天の岩戸うらのトレイルコース分岐  山ツツジが見事に満開  モヤに霞む山科市街を遠望

東山-堀切道 東山-土橋道 東山-城址に
堀切のような道  土橋を思わせる  如意ヶ嶽城址東端下の四つ辻に到着
 
日向大神宮をあとに山上を目指す。トレイルコースは標識が要所に立てられ、道もよく踏み固められていて迷うことはない。おりからの晴天と桜・ツツジも満開、山登りには絶好の休日だけに、トレイルコースは老若男女の登山グループで一杯だ。
 
東山-城址東土橋 東山-城址東横堀 東山-東土塁木戸
如意ヶ嶽城址東尾根を穿つ三重堀切(左・中)  主郭東端と東曲輪群を隔つ土塁跡

東山-三角点 東山-北面横堀 東山-北面曲輪群
山頂の三角点(466m)  主郭北東部の山麓を取り巻く堀切  北面の曲輪群の切岸

三月のはじめ、鹿ケ谷から登るコースで如意ヶ嶽城址から中尾城址をめぐったが、のちに資料を見直すと如意ヶ嶽城址最大の見どころは城址東端に穿たれた三重の堀切と土塁であることを知った。今回は城址に着くや、まず三重の堀切と土塁を探索する。土塁も明確で堀切群の保存状態も良好、文字通り見事な遺構で、よくぞ残ったものだ!と大満足だ。時間を見るとちょうど昼時、昼食場所を探しがてら主郭へ。主郭一帯は弁当を広げた家族連れ、登山グループで満員状態だ。北面の曲輪群に格好の場所を発見、往時の武士たちの気分を味わいながら弁当タイムと洒落込む。で、今回のサプライズは「冷えた缶ビール」。保冷バッグにウサがためていた保冷剤を詰め込んで担いできたのだ。その美味さたるや、これまで飲んだビールのなかで最高!だった。食後は、Hくんと城址探索だ。土塁、堀切、曲輪などなど、その規模の大きさは、さすが、将軍の拠った城址だ!と改めて実感させられる。

東山-大文字火床 東山-大文字下山 東山-法然院山門
火床から京都市街を見る  細い階段道を大文字から下山  法然院山門に到着

城址をあとに尾根道を大文字火床へ下って行く。すれ違う火床方面からの登山客は、なにやら普段着のような格好だ。おそらく、銀閣寺を見物してのち、大文字山にも登ろう!といった気軽な思い立ちで登ってきたものだろうが、山はそんなに甘いもんではおまへんで!火床にいたオジサン(と言ってもクマよりは若い!)から頂戴した大文字の歴史に関するパンフレットを見ながら、オジサンの説明を拝聴する。何といっても、火床から見る京都市街の風景は一大パノラマで、今月末に京都から引っ越して行くウサクマにとって感慨無量のものであった。
火床からは大文字の左跳ねに沿って続く石段を直射日光に晒されながらトコトコと下っていく。降り立ったところの分岐は、右が銀閣寺、真っ直ぐが法然院へと続く道で、ウサクマ一行は法然院へと直進した。法然院には15時に到着、蹴上を出発してより五時間の山歩きであった。三年に満たない京都暮らしであったが、その最期において、忘れられない東山トレイルコース踏破とあいなった。 by kuma
posted by うさくま at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き