2020年12月16日

GoTo四国3日目、長曽我部氏ゆかりの地をめぐる

三日目の今日は、
まず、桂浜の土産物屋さんに寄るところからスタートした。
祈る気分で行ったが財布はなかった。
管理事務所、交番にも寄ったがが落し物のの届けはなしとのこと、
いろんな意味でガックリして浦戸城を再訪。
昨晩、宿で概略図を見ていたら、
改変されてしまった本丸の西方に遺構が残っているような。

行ってみると西の曲輪跡へ続く遊歩道があり、進んでいくと四重堀切、曲輪地形、切岸などが良好に残っていた。城址からは陽光にきらめく太平洋が一望、元親らも見た風景と思えば感慨も一入だった。

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西の曲輪群に残る多重堀切
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西曲輪群の平坦地と切岸
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浦戸城跡から太平洋を見る

車に戻ると椅子の下に太陽の光でピカッとするものがあり、見ると・・・落としたと思っていた財布であった。もう欣喜雀躍!車を停めた方向と時間がよかったようだ。浦戸城、戦国城址史跡としては残念な状態にはなっているが、あれやこれや来てよかったー!

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2020年12月15日

GoTo四国2日目。土佐七守護の山城をめぐる

朝の天気予報では、
日本は大型寒波に包まれて今年一番の寒さという。
確かに寒いが、天気は快晴、山城めぐりには最適の気候だ。
宿で朝食をすまし、今日一番目の目的地となる朝倉城へ。

朝倉城は長曾我部氏と覇を競った本山氏の居城。
本山氏は長岡郡北部の本山からあらわれ長岡郡を縦断するかたちで高知平野にまで勢力を拡大、長岡郡南部に地盤を持つ長曾我部氏と対立した。梅慶の時代に全盛期を現出し、朝倉城を築くと、さらに浦戸にまで勢力を及ぼすに至った。

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朝倉城
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高知平野を見る

城址は高知市の西部に位置し、車一台がやっと通れる道を登って行った。城址へはいくつかの登り口があるようだが、公民館脇の空き地に車を停め、案内表示板に沿って進んでいくとポッカリと展望が開け高知市街が一望。朝倉に城を構えた本山氏は高知平野東方に勢力をおく長曾我部氏に対して、平野を挟んでにらみを利かせることができる好立地に城を構えたことが実感された。

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2020年10月23日

西への旅、第三日は益田七尾城

今日は、戦国土の城「七尾城」と
城主益田氏の墓所(五輪塔など)めぐり。

宿を出たのち、萩市限定クーポンを使わんと道の駅で買い物。
そのあとは昨日通った日本海に沿った道を益田まで、
今日の海は波は高いが青空を映して明るいブルー。

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道道、日本海の荒波を見ながら、海岸にも降りてみた。
丹波にはない風景、波に洗われた石がギシギシ音を立てている。
なるほどこうして、海岸の石は丸くなっていくのだな
普段の生活にはない新しい発見と体験、旅は楽しい。

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2020年10月21日

西への旅、第一日は津和野城

ズッと行きたいと思っていた津和野の吉見氏、
益田の益田氏に絡む戦国めぐり。やっと実現できた。
朝5時起きで城下町津和野に向かって出発、
丹波から400Km以上の距離、相方の運転で一路中国道を爆走。

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朝、六時前、丹波を出発
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天気予報ではいまいちではあったが、
初日の今日の天気はよし!です。
初日の城跡は、吉見氏時代の土の中世山城と
亀井氏時代の石垣の近世城郭がセットの津和野城址。

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2020年09月12日

備前浦上氏の主要城郭をめぐる

かねてより予定していた備前の城めぐり
心配していた天気もまずまず、早起きして集合場所に向かう。
メンバーはいつもの四人、山城攻めは鳥取以来の二か月ぶりだ。

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青空が広がり、これはいい山登りが楽しめると思いつつ
備前に向かうと、じわじわと前方の空模様が怪しくなってきた。

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和気インターを降り、コンビニで昼ご飯と飲み物をゲット、
いざ天神山城へ!と車を走らせると雨がパラついてきた。 ( ̄∇ ̄)

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2020年07月18日

太閤ケ平から鳥取城跡をめぐる

鳥取遠征、二日目は太閤ケ平の攻略である。
朝、ホテルで朝食を済ませ、八時半を期して城攻めに出陣。
太閤ケ平へは幾通りかのルートがあるが、もっともオーソドックスで
当時の姿をとどめるといわれる栗渓神社からの登山道を選んだ。

鳥取県庁前の駐車場(無料!)に車を停め、鳥取城を眺め、
登り口となる栗渓神社まで足慣らしをかねて山行をスタートした。

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鳥取城跡と吉川経家の像
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登り口の栗渓神社
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ワイルドだが明確な登山道

滑りそうになりながら栗渓ルートを登って行くと話し声が聞こえてきた、
アスファルト道と合流。我々はワイルドな山道ルートを登っていく、
尾根筋に小曲輪が並んでいる。太閤ケ平の本陣山の南端部に到着したのだ。

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2020年07月17日

因幡国と播磨国との境目の城、若桜鬼ケ城を再訪。

今日と明日は、高野山町石道歩きと南河内の史跡めぐりに
リベンジ遠征の予定だったが長引く梅雨の雨で再びの断念。
お大師さん、なかなか呼んでくださらない。
そう言えば実家は「ナマンダブツ」、宗旨が違うからかな?

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せっかく年休を取っていることでもあり、
代案にあげていた因幡方面に一泊二日で遠征。
メンバーはいつもの篠西三の四人。
初日の今日は、2012年4月以来の再訪となる若桜鬼ケ城。

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朝七時過ぎに篠山を出発、集合地の西脇で合流、
中国道を山崎ICまで走り、そこから29号線で戸倉峠を越える。

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2020年06月27日

春日町で墓地紋探索、ふたたび

いま、丹波市にからむ家紋に係る話をいただいている。
 歴史研究会のセミナー講師
 FM805の生番組の出演
 地元紙・丹波新聞へのコラム執筆 などなど。
浅学菲才の身には有難いことというしかない。

そういうことで、改めて丹波市の家紋と向き合っている。
まず、これまで丹波市の墓地をめぐった情報を
きちっとデータに落とし込む作業に着手。
ずっとほったらかしていただけに、記憶も曖昧
はじめのころは雑にまわっていてデータ化できない、など
データ化するためにいささか心許ない。

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ということで、先日は市島から春日町の西部をまわり、
今日は、春日町の東部の墓地を再訪した。

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2020年04月23日

コロナ騒動を横目に丹生山に登り、石峯寺を再訪

本来ならば、明朝に予定されていた東京での講座のため、
出張予定だったのだがコロナ騒動で秋に延期してもらった。
あらかじめ取っていた年休はそのまま使わせていただき、
コロナ騒動を避けて神戸北の山に登った。

ターゲットは、前から気にかかっていた丹生山。
丹生山は、六甲山地を形成する丹生山系または丹生・帝釈山系と呼ばれる山塊に属する標高514mの山。

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伝承によれば遥か古代に明要寺が開基され、平安時代末期の平清盛による再興、南北朝期には南朝方の金谷経氏が僧兵勢力をバックに山城を構え足利方の赤松勢と抗争した。戦国時代には別所氏に味方して兵站を担い、羽柴秀吉に焼き討ちされて一山焼亡したという歴史を持っている。明治維新後の廃仏毀釈によって寺は廃滅、鎮守であった丹生神社のみが残っているという山だ。

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2020年03月21日

橋本市内に散在する中世山城跡をめぐる

朝起きてホテルから外を見ると、今日も和歌山県は快晴。
昨日は高野山を堪能したが、今日は、橋本市内に残る
中世山城群の探索と路傍の墓所での家紋ウォッチである。

まずは、恩地氏の拠った銭坂城跡。「生地岩見守」と書かれた小祠が
入り口にあり、いまも城主が祀られていることが知られた。

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土塁、後方に横堀跡がある
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岩見守は石見守の間違いであろう

城址は紀ノ川が形成した河岸段丘を天然の要害にした小さな城で
小さな公園に土塁と横堀がわずかに城であったことを伝えている。
おそらく、当時は台地の北方を流れる山田川を濠とし、
現城址が本丸、段丘上には曲輪群が構えられていたものであろう。

城址から紀ノ川を一望したのち、恩地家の墓所を探して
紀ノ川南にある永楽寺を訪ねる。境内墓地を歩くと、恩地さんの墓を発見

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恩地氏の出自は?

家紋はと見ると「走り馬」、同じ墓地内に生地さんの墓石もあり、
その家紋は「上り藤」だった。恩地さんの「走り馬」紋、その由来を
知りたいところだったお寺は無住、聞くあても知る術もなかった。

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2019年12月31日

2019年の大晦日、沖縄のグスクをめぐる

2019 年も今日で終わり、大晦日となった。
外はまだ雨の残った曇り空、天気予報によれば雨は上がるとのこと。
今日のレンタカー(Aqua)は空港近くなのでタクシーで移動、リッチだ。
沖縄といえばグスク、空模様が気になるが中城城を訪問。

中城城、一面に石蕗が咲き誇り、その花の大きいことと
たわわに付いた花の多さに驚かされた。
霧雨と強風には難儀したが、素晴らしい石垣と縄張り妙味に感動

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2019年08月26日

備中、備前の山城攻めに遠征

昨年の台風水害で大きな犠牲をはらった岡山の真備町、
その水害によりかねてから計画されていた小田川、高梁川の
治水工事が急遽、進められることになった。
その結果、潰されることになったのが小田川と高梁川の合流点を
押える尾根筋に残る南山城で、この春より発掘調査が行われた。

城歴友のS氏が南山城現場事務所に見学申請を行い、
今日、いつもの四人組で南山城へと遠征した。それにプラス、
大阪からNさんが加わり、総勢五人で南山城見学会に臨んだ。

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2019年06月02日

因幡毛利氏の山城をめぐる日帰り小旅行

昨晩、城歴友のSさんが拙宅に訪ねてこられ
嬉しい品を届けてくださった。そして、明日、いわゆる今日
因幡の市場私部城と山崎城に行きませんか?と誘われた。
両城は因幡毛利氏にゆかりの山城であり、京都に
住んでいたころから心にひかかっていたところ。
躊躇うことなく二つ返事でお受けさせていただいた。

今朝、八時半、拙宅まで迎えにきていただき合流
豊岡道を終点日高神鍋高原ICまで、そこから、482号、9号を経て
雨滝街道で山越え、いわゆる但馬経由で因幡に攻め込んだ。

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道路越しに城址を見る

まず、因幡毛利氏の庶家が拠った山崎城を攻撃。
北側に築かれた殿ダム建設において消失するのでは?と危惧されていたようだが、城址は無事!しかも、城址を示す立派なカンバンまで建設されている。そして、登り口まで道路が通じ、城址までも整備された山道が建設され、おそらくダム工事にともなう交付金を利用して整備したものと思われた。

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城址に不釣合いな立派なカンバン(LED照明あり)

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2019年04月20日

丹波、向山から譲葉山を縦走

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今日の丹波は見事な快晴。
予定通り、城友のSさんとヒカゲツツジ観賞と山城探索に出掛けた。
柏原と氷上と春日にまたがる向山はヒカゲツツジの名所であり
先週登られたSさんによれば山城跡らしき地形地形があったという。
「それは行かずばなるまい!」になったが、せっかく登るのならば
向山から清水山を経て、明智光秀の陣城がある譲葉山までの
縦走にチャレンジしようということになったのだ。

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午前9時前、柏原八幡宮の駐車場で落ち合い、登り口のある
水分れ公園まで移動。この水分れ公園は、日本で一番低い分水界。
向山に発した水は西流し、日本海、瀬戸内海へと分かれていく。
公園内に鎮座する いそ(山石)部神社で水を汲んでいた方に水分れについて
ひとくさりガイドをいただき、向山への登山を開始した。

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2018年11月18日

大和高取山城再訪、ねっちり歩き回る

鴫野駅7時過ぎの電車に乗り京橋駅、天王寺駅まで、
天王寺駅で立ち食いうどんを食し近鉄阿倍野駅。
吉野行きの急行に乗って40分ばかり、8時37分に
壺阪口駅着、そこから歩いて集合場所に9時に到着。
今日の参加者は横浜から、富山からの遠距離組など
総勢13人という大人数であった。

二度目の高取山城攻め、今日は快晴、心が逸る。
一同、車に分譲して壺坂口門までひた登る
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2018年11月03日

有子山城に登り、蕎麦を食べ、家紋をウォッチ

今日は相方が「出石に行く!」というので便乗して但馬へ。
目的は、有子山城跡への登山。
せっかくなので山名会事務局のKさんに連絡したところ
ちょうど「出石お城まつり」とかで城下は盛り上がり
有子山城への登山企画も実施されているとのことだった。

出石につくと、まつりということでいつも停める駐車場は一杯
出石高校の臨時駐車場に停め、出店で賑わう城下町を抜け
お茶とおやつをゲットしたのち、稲荷神社からの登山口から
山上の城址へと登っていった。ここ数年、城址整備作業に
参加させてもらっているが、林道を車で登るというパターン。

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急斜面を登る

歩いて登るのは久しぶりである、城道は相変わらぬ急斜面
相方は十年近く前に登って以来である。フーフーいいながら
約三十分、なんとか北端の曲輪まで登りつくことができた。

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北尾根の堀切

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2018年04月21日

河内国、飯盛山城を再訪

かねて予定していた河内国、飯盛山城登山に遠征。
篠山口7時16分発の丹波路快速で集合地・星田駅まで一気通貫
むかし懐かしい片町線を通る二時間のミニ旅をエンジョイ。
今日の天気は快晴、予報では夏日というなか
集まった山城好きは総勢12人、ワイワイと飯盛山城に攻め上った。

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30年ほど前になろうか、飯盛山の西麓にあたる野崎に住んでいたが
ついぞ登ることはないままに奈良・兵庫・横浜・京都へと引越し人生。
結局、飯盛山城に登ったのは2009年の8月、いまから9年前のことだった。
文字通りの夏、三箇城を訪ね、野崎観音後方尾根先の野崎城から
尾根筋に取り付き、汗まみれになりながら飯盛山城を踏み越え
四条畷神社まで縦走したことが思い出された。

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2017年02月19日

淡路島、はじめての山城攻め

先日、淡路の某所より家紋講座の依頼をいただいた。それが引き金となって、いつか淡路島の山城へ行かねばと思う気持ちにとらわれてしまった。

今年の篠山は二十何年ぶりという雪の多さで、その結果として丹波・但馬の山々は雪が残っている状態である。今朝もウッスラと雪が積もっていたが、思い立って淡路に行ってきた。目的地は田村氏が拠った郡家城、蜂須賀時代における淡路治世の中心となった洲本城、安宅氏にゆかりの炬口城などなど。

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丹南篠山口インターチェンジから自動車道に乗り、明石大橋を走りぬけ、淡路の津名一宮インターチェンジを降りる。ここまで、なんと一時間チョイという近さにビックリだ。しかも、雪の篠山が嘘のような、うららかな暖かい陽射である。
最初の山城である郡家城は藪だらけの小山にあり、登り道を探ったが見当たらない。手持ちの縄張り図と地理院の地図を頼りに城址の竹薮へ踏み込む、竹が折り重なっているものの曲輪、切岸、城址を東西に区画する横掘など、城址遺構はシッカリと残っていた。主郭部は広い削平地で、土塁を有し、切岸も高い。戦国時代、城として機能していころは、建物群が営まれ、武士らが暮らしていたことであろう。

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郡家城を見る
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曲輪と切岸
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横堀か?
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主郭部への虎口

城主田村氏は淡路国一之宮・伊弉諾神宮の神職も勤めていたともいわれることから、郡家城から供を連れて神宮に通っていたのだろうか。そのようなことを思うと、いまは竹薮に覆われているが優雅な光景が浮かんでくる山城跡ではあった。

田村氏の歴史を調べるため伊弉諾神宮に立ち寄り、社務所の方に中世の神宮、とくに田村氏のことに質問してみた。しかし、いまは田村氏を含む中世の歴史はよく分からないということで残念ながら得るところはなかった。

淡路島の暖かい陽射を浴びつつ、洲本方面に車を走らせた。洲本で昼食を取ろうとレストランを探したが見当たらない、ということでホテルも覗いてみたが心惹かれる店はない。

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長閑な海辺

それなら、昼ごはんはあとにして洲本城に登ることにした。洲本城は、戦国時代、淡路を支配した安宅氏が築いた城がベースとなって、江戸時代に秀吉配下の大名により改修されたものだ。
城址に残る石垣群はシッカリとしたもので見ごたえ十分だったが、天守台に建つ模擬天主は驚くショボサであった。江戸時代の天守を復元したものでもなく、単に展望台として築かれたそうで、いまは老朽化のため立入禁止となっていた。鉄筋コンクリート製の模擬天主としては日本最古ということで、それはそれで価値があるのかも知れないが、やはり違和感は否めなかった。洲本城では「登り石垣」が最大の見所だが、今回は残念ながら実見できなかったのがは心残りとなった。

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洲本城の石垣
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見ごたえのある石垣
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梅が咲いていた
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0219_IMG_9290.jpg 天主から洲本湾を見る

ここで遅くなった昼ごはんを食べることにしたが、すでに食堂やレストランは準備状態。ハングリーアングリーな相方を宥めすかして、いつもの通りスーパーで食べ物をゲット。腹を満たしたのち、三つ目の山城である炬口(たけのくち)城に攻め上った

炬口城淡路守護被官から勢力を伸ばし淡路を支配下においた安宅氏が築いた城で、洲本港を眼下におさめる小山に遺構が残っている。三好氏が勢力を伸ばすと安宅氏は三好氏の下風に立つようになり三好長慶の弟・冬康が家督を継ぎ由良古城に拠ると炬口城はその有力支城として機能したようだ。

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虎口
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土塁
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洲本湾を見る
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堀切

城址へは山麓に鎮座する炬口八幡神社から山道があり、アッサリと堀切から伸びる竪堀へと登りつく。城址は土塁で囲繞された二つの曲輪で構成され、山道にそって虎口が開いている。実際に歩いた印象は、山城というより居館跡という佇まいで、立地といい規模といい近江小谷城の山崎丸・福寿丸に似ているものであった。

三つの山城と一宮をめぐって今日の淡路遠征は、ひとまず幕引きとしてお土産を買おうとバスターミナルに寄ってみた。これといった掘り出し物もなく、丹波へと帰っていった。淡路島、丹波からめちゃくちゃ近かったが片道3,430円(ETC でなければ5,050円)はチョッと高すぎやしないか。ともあれ、講座までにもう一回くらい淡路に行きたいものだ。課題は相方が望む美味しいもの、山城とはちがうスポット訪問をどう盛り込むか、それが難しい。
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2016年08月04日

次女と備中松山城に遠征

今日から夏休み、相方は長女のところで孫の世話をしている。
次女を誘って、かねてより思い描いていた備中松山城に遠征した。松山城は三度目の訪問となるが、城址まで登ったのは初めてのことであった。
六時半ごろ篠山を出発、滝野社インターチェンジから中国道に乗り、一路、備中へ。


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2016年07月24日

小田原城界隈を歩く

二泊三日の横浜旅行、今日は北条氏時代の小田原城総構の遺構・小峰の大堀切をメーンに、小田原界隈を歩き回った。
朝、早く起きて戸塚駅へ・・・、3日目となると戸塚駅も慣れてきたような。

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小田原方面行の鈍行電車に乗り、のんびりと小田原駅までのミニ旅行。駅の観光案内所で地図をゲットし、小峰の大堀切についての情報を収集。レンタサイクルを借りたいところだが、歩いたほうがおもしろそうなので大堀切をめざしてウォーキング。

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