2015年11月28日

西脇で山城、家紋三昧

11月26日の神戸新聞に、
道路工事に伴う発掘調査が行われていた
西脇・黒田庄の山城跡の現地説明会が
土曜日に行われるという記事が掲載されていた。

p_1126_np.jpg

城跡は、調査が終われば道路と化し遺構は消滅するらいい。
これは行かねば!と西脇に出かけた。


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2015年07月04日

市川町方面に遠征

しばらく続いていたパソコンとの格闘は小休止して、
今日は播磨の山友KGさんと神河から市川界隈でアウトドアです。
チョッと頭の凝りをほぐさねば (=^・^=) 。


20150704-1.jpg



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2015年05月26日

面白ゼミナール・山城 下見行

今日は休みをとって、来月に実施される
「ささやまおもしろゼミナール・山城編―酒井党城砦群を訪ねる」
のコース下見行。篠山駅口の西方にある大沢神社を起点に
禄庄城→大沢城→松尾山頂の高仙寺城をめぐり
文保寺へと下る 山城めぐり&山歩き。


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2014年07月25日

若狭行。二つ目の目的地、熊川宿

国吉城を堪能したあとは、熊川宿へ移動。
ちょうど一年前、職場の仲間と来て以来の再訪だ。
夏の陽射しに照らされる平日の熊川宿は深閑としている
なんだか昔にタイムスリップしたかのような不思議な感覚ー

IMG_2094.jpg

昨年は町歩きして昼食を摂り、近江高島の生水の郷へと移動して行ったが
今日は、熊川宿の氏神白石神社後方の山上にある熊川城跡への登山だ。
観光案内所で情報を収集し、縄張り図も入手、
飲み物をゲットして登り口になる白石神社から山上を目指す。

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若狭行。新道を走り、国吉城跡に登る。

今日から有給をとって四連休、天気は快晴。

本来やるべきことがあってとった休みではあるが

今月の20日に北陸道とつながった舞鶴若狭自動車道を走ってきた。


本来ならば敦賀ジャンクションまで走りたいところだが、

以前から心にひっかかっていた若狭国吉城跡と熊川城跡を訪ねたい!というか、

それがメーン目的というべきもので

国吉城の最寄インターである若狭美浜ICまで突っ走った。


IMG_1834.jpg

小浜西インターから先が新しく開通した道路で、

トンネルが多いものの、やはり新しい道は気持ちがよい。

我が家の古いナビでは国吉城跡までの所要時間が三時間半とあったが

流石の高速道路効果、二時間余りで目的地に到着した。


燃料と通行料を考えると気楽には出かけられないが

丹波と若狭、さらに越前、まことに便利になったものだ。


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2014年03月18日

四国山城行、讃岐から阿波、そして淡路へ

いよいよ四日目、今日は讃岐を出て阿波国の城攻めだ。
朝、窓の外を見ると小雨模、ま、なんとかなるだろうと出陣
宿の駐車場からは一日目に登った雨滝城が正面に見える、
改めて西讃の守護代に任じた安富氏の本城にふさわしい佇まいである。

 
0318_勝賀城
 

今日の攻城ターゲットは、阿波細川氏ついで三好氏の本拠となった勝端城跡、
阿波小笠原氏の一族という一宮氏の拠った一宮城跡の二つだ。

讃岐から阿波へは海沿いを行こうと国道11号線を利用、
左手に播磨灘を眺めつつ東走、やがて道なりに鳴門市方面へと南下、
旧吉野川を渡り右折して西走すればアッサリと勝端城へと到着した。

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2014年03月17日

四国山城行、西讃の山城攻め

三日目。
崇徳上皇にゆかりの白峰寺近くの宿からの眺望は抜群、坂出市街から瀬戸内海が見える。今日も天気は快晴、予定している山城攻めは天霧城、西長尾城、羽床城の三つ。まず、西讃の守護代香川氏が築いた天霧城を目指した。

天霧城は金毘羅さんの北西に位置する天霧山上にあり、西麓の弥谷寺への遍路道がそのまま城道となっている。国道11号線を弥谷寺へ走って行くと、右手に山腹を採石でえぐり取られた天霧山が見えてきた。事前情報で城跡が採石によって一部消滅したと聞いていたが、なるほど、ひどい状態である。

0317_天桐01

0317_天桐02 0317_天桐03

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2014年03月16日

四国山城行、中讃の山城攻め

二日目。
今日も快晴。昨日登った引田城・虎丸城の主城となる昼寝城からスタート。昼寝城は東讃の伝統的国人領主寒川氏が築いたもので、香川県で六番目の高さの矢筈山より北方に伸びた尾根先に位置している。宿から登山口の目標となる前川ダムと「道の駅ながお」をめざし、道の駅の案内所で城跡を確認したがよく分からない。道の駅からさらに南下すると昼寝城登山口の看板を発見、左折してしばらく走ると城跡であろうと思わせる山が眼前にあらわれた。やがて、説明看板のある登山口に到着、山上の城跡まで山道(途中危ないところもあったが)が整備されていた。

0316_昼寝01続きを読む
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2014年03月15日

四国山城行、東讃の山城攻め

三泊四日の四国遠征に出立。香川県の戦国山城をメーンに徳島県まで、攻めに攻めようと丹波を後にした。
篠山口インターから中国道、山陽道を経て明石海峡大橋を渡り淡路島を突っ切って鳴門海峡をひとまたぎして四国に上陸、最初のターゲットである引田城跡最寄りの高松自動車道引田インターを下車。ここまで二時間とちょっと、その近さというか便利さに驚かされた。

0315_明石大橋

引田城跡は東讃の有力国人寒川氏の支城があったところというが、縄張り図を見る限り支城レベルのものとは思えない規模の城跡だ。続きを読む
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2014年02月11日

備中山城攻め、三日目。

三日目の今日は
三村氏ゆかりの荒平山城、鬼身城から経山城、
さらに欲張って虎倉城、徳倉城をターゲットとして出かけた。

まず、足慣らしをかねて宿泊地の北方すぐの荒平山城に登った。
城址へは東北山麓に鎮座する石畳神社から遊歩道が通じていて
細尾根を登っていくと南北に視界が広がっていき
北方に高梁方面を望み、南には総社市街が一望の好立地である。


0211-荒平山
荒平山城の見事な井戸跡

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2014年02月10日

備中山城攻め、二日目。

遠征二日目の今日は、備中の伝統的領主である庄氏の
最盛期を現出した為資が拠った猿掛城跡と
備中兵乱の台風の目となった三村氏が飛翔した鶴首城跡を
メインターゲットとしてあと二つ三つ攻めようと出撃した。

まず、猿掛城。
あらかじめ調べていた西山麓の登り口を確認、
すぐ近くのゴミ捨て場の傍らに車を停め、登山を開始。
総社市内よりも猿掛城のある矢掛町の方が積雪が多いような。
0210-猿掛01

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2014年02月09日

備前・備中 城攻め行 第1日。

昨日、降り積もった雪。
いまだ溶けやらぬなか、予定通りに岡山の山城攻めに遠征。
当初の計画は中国道を北房ICまで走って
佐井田城から大松山城、寺山城、鶴首城を攻めて総社泊だったが
昨日の雪で急遽計画変更とあいなった。

0209-sasayama

雪の丹波篠山を出発

まず、山陽道を三木小野ICから岡山ICまで走り、
富山城を皮切りに備中高松城跡と陣城群、亀山城跡、
幸山城・福山城跡、できれば猿掛城跡までを初日のターゲットとした。
しかし、雪で出発を遅らしたこともあって、

計画はさらに大幅変更となってしまった。

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2013年03月09日

八上講座ーフィールドワークで山城巡り

八上ふるさとガイド養成講座のフィールドワークで
丹波黒井城、但馬竹田城・有子山城に登ってきた。
本来は2/26が実施日だったが降雪で延期になったもので
ガイドは戦国山城研究家で知られた高橋成計氏だ。

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2013年02月10日

播磨小谷城、丹波岩尾城をハシゴする。

先日、山城仲間のMさんから、播磨恒屋城と小谷城がキレイに整備され、
見違える状態になったとの情報をいただいた。
恒屋城、小谷城ともに赤松氏に関わる山城で
これまでに機会を見つけては登ったところで、地元の城跡保存会もあり
登山道や主郭部などはよく手入れされ、クマの山城跡ランキングは上位のところだ。

恒屋城は昨年の秋、戦国倶楽部のオフ会で登ったが
曲輪郡は相変わらず雑木、灌木が生い茂った状態にあった。
何やら、年初に見学会があったとかで城跡が思いっ切り整備されたようだ。
一方の小谷城は、一昨年にMさんと登ったが、
主郭部以外は灌木が生い茂り、西の曲輪群の探索は断念したことを思い出す。

二つの城跡が、どのように整備されたのか?気になるところだ。
ともあれ、近場の小谷城に出かけることに決定! 

せっかく播磨方面に行くことなので、播磨と丹波の境目に位置する
山南町和田に残る岩尾城跡にも再訪することにした。

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2012年05月19日

先週に続き、但馬の山城攻めに遠征

但馬の中世といえば山名氏であろう。南北朝時代から室町時代、さらに戦国時代まで勢力を保った。しかし、応仁の乱ののち垣屋氏と矛盾を生じて、戦国後期には太田垣、八木氏らも山名氏からの自立を図るようになった。
但馬のマチュピチュとも形容される竹田城は、山名氏の命を受けて太田垣氏が築いたことに始まり、いまに残る石垣の城跡は太田垣氏が没落したのち豊臣政権によって築かれたものである。かねて、山名氏の歴史を調べたとき、太田垣氏時代の古城はどこにあったのだろう?ということが気にかかり、どうやら北方尾根筋の観音寺山城址がそれではなかろうか?と思われ、今回、やっと攻城実現にあいなった。

竹田観音寺山城縄張図

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2012年04月28日

摂津と丹波の境目を扼す、杉原城址に登る

ゴールデンウィークに突入、前半の今日、所用があって家内の実家へ出掛ける。
せっかくなので、能勢経由で山城に登りつつ行くことにした。

予定としては、能勢氏の丸山城、亀岡との境を押える杉原城、
そして篠山街道から阿古谷へ抜ける脇道の要衝に築かれた上杉城をマーク!
丹波を八時出発に想定したが、なんやかやで十一時をまわってしまったため
杉原城を攻めただけでタイムオーバーとなった。

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2011年12月25日

備前三大山城の一、天神山城攻めに遠征

世間ではクリスマスという今日、城郭ドットコムさんと連れ立って備前天神山城を攻めてきた。備前天神山城は三石城、金川城と並んで備前三大山城の一つに数えられる戦国山城である。築城者は浦上宗景で、宗景一代の栄枯盛衰を刻んだ城として知られたところだ。

天神山_遠望
北西より吉井川越しに城址を遠望

ちなみに交通費は
往路:中国自動車道 滝野社→美作2200円
復路:山陽自動車道 和気→三木小野2250円
民主党政権が発足したころは、料金も安くて大いに助かったものだが…。

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2011年09月25日

松永久秀が爆死した信貴山城跡を攻める

秋のお彼岸ということもあって、一昨日より家内の実家大阪に行っていた。
昨日は、戦国倶楽部の面々とガレリア亀岡で開催された戦国シンポジウムを聴講する。
せっかくなので、午前中は能勢の余野本城に登り、シンポジウムのあとは、谷性寺経由で、能勢西郷の山田城に登った。

今日はといえば、昨日の勢いで大和の信貴山城に登ってきた。
信貴山城は戦国時代の梟雄筆頭ともいうべき松永久秀の築いた城で、信貴山城の遺構は真言宗寺院信貴山寺の山頂一帯にあり、はたして城跡遺構はどの程度残っているのか?正直なところ期待は薄かった。

信貴山_遠望 開運橋から主郭のある雄嶽を遠望

信貴山城址のある信貴山は三十年近く前、単純に観光地訪問できたとき以来のことである。 

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2010年10月07日

丹波から但馬へ山城めぐり

こだわりの山城サイト…城郭ドットコムを発信されている三宅播州さんのメールに接し、
昨日、荒木城の再訪から但馬の山城まであつかましく同行
いま、撮りまくった写真の整理が終わった。

但馬磯部館
曲輪の遺構がみごとに残る但馬磯部館
 
荒木城は篠山の細工所にある山城で、今回で三度目の登城だ。
山麓の細工所館から取り付き、途中の出曲輪をたどりながら山上の主曲輪群へ、山上曲輪群は初めて登ったころに比べると潅木が生い育っているが、城址遺構群はもとより、城址そのものの広大さは十分に伝わってくる。
播州さんは縄張り図を自分なりに描くための訓練を重ねているとのことで城址のところどころで、先人の書かれた縄張り図と現地の遺構を比較されている。
城址遺構は戦国時代の築城当時に比べると、時の経過による記録の喪失、地形の変化などによって、往時の姿をたどることは難しい状況となっている。その結果、見る人によって城址の姿がさまざまに捉えられ、縄張図あるいは予想図として再現されることになる。そこには、個々人の主観が大きく作用するため、難しい論争になることもあるらしい。

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2010年06月28日

高速道無料化!若狭の山城を巡る

今日、中国道吉川ジャンクションから若狭小浜まで通じる
舞鶴若狭自動車道が無料化となった。

天気もまずまず、早速、若狭方面の山城攻略に遠征する。
ターゲットは、以前より調べていた国人領主本郷氏の拠った達城、
さらに本郷城、大はた山城を踏破、
その合間に本郷氏に関わる史跡を巡ってきた。


若狭本郷_達城遠望
達城址を遠望…左端が出曲輪、最高所が主郭

達城など本郷氏が拠点とした大飯は海に近いこと、
それにこの数日の間に降った雨の影響などもあって湿度は最悪の高さで、
吹き出る汗を拭いながらの登城は、熱中症寸前状態となってしまった。
しかし、それぞれの城は築城年代がよくわかる遺構群で
なかでも戦国時代に築かれた達城は二重堀切、梯郭状の曲輪群など
見どころも多く、保存状態もよい城址で見応えがあった。


達城址
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若狭本郷_達堀切 若狭本郷_達切岸 若狭本郷_達曲輪
堀切から伸びる竪堀  曲輪に登る  尾根の曲輪と切岸
若狭本郷_達海見る 若狭本郷_達主郭虎口 若狭本郷_扶泰墓
中腹より若狭の海を見る  主郭の虎口  西安寺に残る本郷扶泰の墓
 
本郷城址
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若狭本郷_本海見る 若狭本郷_本竪堀 若狭本郷_本曲輪
出曲輪から見た海  竪堀を見る  主郭へ

大旗城址
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若狭本郷_大旗土橋 若狭本郷_大旗土塁 若狭本郷_大旗堀切
北尾根に切られた堀切と土橋  主郭部の土塁  最南端部の大堀切 

三つの城とも山道は明確で、迷うことなく探索をできたが
湿度の高さに加えて、百足やダニが徘徊しており、
とくにダニは5mmはあろうかという大物!、藪コギをしていたら…と思うとゾッとする。
山城登りは晩秋から初春まがシーズンであることを再認識した次第だ。
とはいえ、舞鶴若狭道の無料化は小浜・丹後方面への遠征にはなによりのこと
つぎは本郷氏と同じ若狭の国人領主逸見氏の拠った砕導山城へ、
いやいや丹後の一色氏の城も捨てがたい!などと登城計画を練っている。

by kuma

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