2025年09月09日

歯医者 → 尊宝寺の墓地で家紋ウォッチ → すだ内科

二ヶ月ぶりの歯医者。

取り立てて治療するところはないが、ルーチンの歯のクリーニングだ。

その約40分の時間、ほとんど拷問としか思えないものだ。

歯医者の次は、月に一度のすだ内科医院の定期受診。


予約の時間には早かった。夏風邪が治らない身としては

待合で待つのも病気をもらいそうで、いささか不安である。

折から天気もよし。歯医者さんのすぐ近くにある尊宝寺、観音寺の

境内墓地にお邪魔させていただいて家紋ウォッチ。

尊宝寺さんの宗旨は浄土真宗、戦国時代の創建というお寺さんだ。


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2024年09月09日

西紀某所、長澤株の墓地を訪ねる

九月に入ってから丹波大山のあちこちをウォークし、大山荘、大山城主中澤(長澤)氏にゆかりの地を訪ねている。
土曜日は、FB友達に教えてもらった大山の長澤株墓地を訪ねあてて家紋を採取させていただいた。その後も、FB友達と長澤家についての情報交換を行い、むかし中澤氏の家紋採取を書いたブログページに長澤・中澤を名乗る方々より多くの書き込みをいただいた中で、気になっていた旧西紀町某所の長澤株の墓地のことを返信に書くと、早速行ってきたとの返信をもらった。
墓地のおおよその場所を教えていただき、Googleマップで場所を特定できた。これは行かねば!と昨日出掛けて行ったのだが、途中で急な腹痛に襲われ無念のリタイアを喫した。

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2024年03月13日

美作の某所で、明石名字の家紋を採取する

先月、発刊されたSala75号。連載している
播磨国衆のコラムは「明石氏」だった。
明石氏の場合、播磨明石氏と備前明石氏の二つがあり、
備前明石氏は播磨明石氏の分流であろうと思われるが
詳細は分からない。備前明石氏は浦上氏、ついで宇喜多氏に仕え、
関ケ原合戦、大坂の陣で奮戦した明石掃部全登が有名だ。

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播磨明石氏の家紋は『見聞諸家紋』に収録された幕の紋
「竹の輪に桐」紋が知られる。一方の備前明石氏の家紋は
『美作志』の記述によれば「九枚笹」であったという。
連載コラムの大方は播磨明石氏の歴史を記述したが、最後に
備前明石氏のことにふれ、家紋も「九枚笹」か?と書いた。

『美作志』にある「明石氏」のことが気になり、ネットで
調べてみると確かに美作市の一角に明石名字の集住地がある。
コラムを書き上げたあと、現地に足を運んで美作明石さんらの
家紋を調べねば「片手落ちの誹りを免れない」と思ったのだが
現地調査には行けずじまいで掲載誌が発行されてしまった。

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2024年03月08日

山南町某所に集住される依藤家の墓所を再訪。

いま、改めて東播磨の国衆・依藤氏の歴史を再取材中
一月には城址を訪ね、墓地の再訪問も目論んでいる。
今日、相方に付いて丹波市方面に買い物に行った帰りに
山南町の一角に集住されている依藤株の墓地にお邪魔した。

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二度目の墓地、なにやら以前と比べて印象が違っている。
墓地背後の木々の伐採、参道脇のGゴルフ場の設営などにより
むかし、お邪魔したときに比べて明るくなっていたのだ。

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2024年03月06日

市内某所、波多野家の株墓地を訪ねる

二年ほど前、歴知人のOMRさんより
市内の某所に波多野名字があり、そこの株墓地の
墓石には「丸にバッテン」の家紋が刻んである。
という情報をいただいた。「それは行かねば!」と
墓所を訪ねたのだが、そこへ行くには、一般民家の間を
通ることになるため、流石に行きづらかった。

とはいえ、墓所のことは、ズーッと心に引っ掛かっていて、
何度か足を運んだが、ついに行けずじまいであった。
そのようなある日、同僚のISKさんから某所の波多野家と
知り合いで墓所に案内できるで、という嬉しい話が出た。
「行きたいです!」即答、案内をお願いした。

ということで、お互いが休みの今日、同僚の先導で、
市内某所の波多野家の株墓地にお邪魔させていただいた。

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波多野家の株墓地

民家の間を抜けると、墓地に続く参道はシッカリ整備され
墓所そのものも小ざっぱりと手が入っていた。
逸る思いで墓石に刻まれた家紋を見ると「丸にバッテン」だ。

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2024年01月28日

市島町中竹田で家紋採取

昨日、急に思い立って相方の声をかけ
ひさしぶりに家紋採取で墓地を訪ね歩いた。
目的は市島町中竹田に住まわれるN沢家の家紋採取。

丹波のN沢氏は、承久の乱の戦功で丹波国大山荘に
新補地頭職を得て西遷した武家といいわれる。
丹波に根をおろした氏は、国人領主(国衆)として
戦国末期、明智光秀の丹波攻めに敗れるまで
約300余年にわたって丹波の一角に割拠した。

明智に敗れたものの、N沢名字は丹波大山をはじめ
丹波一円に色濃く分布している。ある日、
丹波N沢氏の本家は中竹田の某所にいらっしゃる

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2023年12月18日

篠山藩士の名字と家紋を探りたい

江戸時代、丹波篠山(旧多紀郡)を治めた大名は
篠山城の初代城主となった松井松平康重より
藤井松平氏、形原松平氏、青山氏の四家。
それぞれ、家臣がいたわけだが、転封で篠山より
離れた大名の家臣を知る史料は篠山にはない。

城下町の歴史施設の一つ青山歴史村には
青山時代の藩政史料が伝来、家臣にかかる史料も
含まれているだろうが、まだ見たことはない。
古い城下地図に篠山藩士の名字が記されたものがある、
しかし、人権的な見地からいまは閲覧禁止となっている。

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2023年11月20日

DSG 出役。帰りにお寺で墓紋ウォッチ

雨がピリピリする中、昨日に続いてDSG出役。
今日は高槻からいらっしゃった農協ツアーの皆さんをガイド。
ツアーのご要望は篠山城跡と大書院の観光、
120人の大人数、六班に分かれての観光ガイドとなった。

若干、遅れて到着されたため、所定のコースを
サクサクッと短時間で回る観光ガイドとなった。

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自分は一号車の2班の皆さんを担当、石垣、大書院、
二の丸御殿を雨がピリピリするなかをご案内。
大正ロマン館まで送り届けてミッション終了となった。

いささか忙しないガイドとなったが、お客さんの
要望に応えるのがDSGの鉄則、もっとも、
ダラダラと案内するよりはスキッとしてよかったかも。

帰路、西町の妙福寺さんの境内墓地にお邪魔した。

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2023年10月15日

丹波八木城跡界隈で、家紋ウォッチ

山名会の見学会の行程チェックを終えた昨日、
八木城山麓の墓地、龍興寺の境内墓地、
帰路にある嶺松寺の境内墓地で家紋ウォッチ。

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丹波八木城北麓の墓地は「唐花」紋の八木さんがズラリ!
八木城下で八木名字、気になる組合せではある。
ついで秋田さん「亀甲に唐花」、他には人見さん「違い矢」、
西田さん「立ち葵」、俣野さん「巴に八つ桔梗」など

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いずれも、丹波では定番の名字と家紋の組合せだ。
さらに、野々村さん「梅鉢」、加治さん「目結」、
長谷川さん「藤巴」らの組合せは興味深いものがあった。

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2023年08月29日

東播、美嚢郡から明石郡で紋紋採取

昨日、東播の東端に位置した三木市吉川町(美嚢郡)から
神戸市西区(明石郡)界隈の史跡、山城をめぐった。
いわゆる国衆の歴史探索で、吉川では地頭・藤田氏、
西区では端谷界隈に勢力を張った衣笠氏、
伊川谷から興った明石氏の足跡を訪ね歩いた。

藤田氏は西毘沙門城を居城として、渡瀬氏、市野瀬氏らを
分出したといい、城址南山麓の歓喜院は居館跡とも言われる。
毘沙門には藤田姓が多いそうで、歓喜院の墓地にも
藤田姓の墓所があり家紋は挙って「剣酢漿草」であった。

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地頭小野姓藤田氏の居館跡か?とも言われる歓喜院
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歓喜院墓地の藤田家の家紋

藤田氏は武蔵七党の内、小野姓猪俣党の武家と目されることから
どのような家紋を用いているのか?と期待して来たのだが
実にオーソドックスなものであった。地頭藤田氏の歴史は
ほとんど忘れられており、本来の家紋も忘れられたのだろう。

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歓喜院墓地の城越家は「抱き柏」。毘沙門城にゆかりの名字というが・・・?
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歓喜院聖天堂の紋。当然ながら「大根」紋

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2023年08月08日

東濃、遠山荘の故地で墓地紋採取

八月二日と三日の二泊三日で東濃遠山三城に登った。

城から下山した後、それぞれ、城主にゆかりの墓地を訪ね

城主、藩士らの家紋採取にも汗を流した。


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まずは八月二日、徳川旗本明知遠山氏の菩提寺・龍護禅寺。

立派な山門を入ると、明知遠山氏と姻戚関係にあったという

明智光秀の供養塔が祀られ、山門の瓦には寺紋の「二つ引」。

境内の一角にある遠山氏の墓所を訪ねると

「二つ引」と明智氏にゆかりという「桔梗」紋が刻まれていた。


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2023年05月08日

中世武家分流系図と家紋の図版を作成

朝、歯医者。
毎度のことだが、歯医者の治療は拷問に似たり。
気が遠くなりそうな施術が終わったあと、
以前、撮影した家紋データが消えてしまった
大沢の杉本家の墓地を再訪、家紋採取をした。

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その後は図書館も休みだし、行くところとてない、
大人しく帰宅してDTP作業かパワポの作成だ。

そういえば、国衆伝が2ページ余っている。
空白のままでもよいとは思っているのだが、
できれば何か家紋がらみの情報を入れたい。
ズーッと考えてきて「ハッ!」と閃いた。
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2023年05月01日

須知さんの家紋を求めて園部へ

園部町殿谷で須知名字が何件かある、
その気になる家紋を求めて
天引峠を越えて園部へ。見つけた墓地に
お邪魔すると須知家の墓石があった。

逸る心で家紋を見ると「頭合せ三つ雁」、
想定していた通りの雁紋に「やった!」
心の痞えが一つ解消した。

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2023年04月28日

Salaの取材で加古川遠征

今年に入ってから、「丹波国衆」の冊子づくりに注力、
取材に行き、原稿を書き見直し、DTPに落としこんだ。
ひと段落した先日、Sala次号の原稿草稿を作成、
丹波一辺倒だった頭を播磨に切り替えた。

次号は神吉氏と糟屋氏を予定、粗々と草稿を書いたが
改めて裏を取るべきところが多い。これまでに
集めておいた資料があるが、それだけでは不足している。
とくに、播磨糟屋(糟谷)氏の家紋採取ができていない。

そんなことで、加古川図書館にある資料を検索、
糟谷名字の分布をネットで調べると、やはり加古川に多い。
名字分布地の墓地をチェックし地図上にマウント。加えて
糟谷氏の居城跡である加古川称名寺の再訪を目論んだ。

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2023年04月03日

先週に続き、福知山で家紋探索

この一年、京都丹波の中世武家にゆかりであろう
名字の墓地を探索し家紋採取を続けている。
今日は、先週に続き福知山市西部に出かけた。

最初の墓地は、
臼井さん「洲浜」、高橋さん「酢漿草に二つ引」など
苗字と家紋がほぼ一致する昔ながらの村墓地だった。

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臼井家「洲浜」
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高橋家「酢漿草に二つ引」

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2023年03月28日

丹後から丹波で上林氏の家紋探索(0327 PM)

昨日、上林谷の最奥、老富集落で三椏群落を楽しんだあと
せっかく、上林谷に来たことであり、
中世武家上林氏にゆかりの家紋を採取したい。

ということで、あらかじめ、上林谷周辺に上林名字の
集住地を調べておいた。丹後舞鶴、旧船井郡京丹波町に
上林さんの多い集落があることを発見した。

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まずは、丹後舞鶴に向かった。老富から若狭おおい町へ抜け
そこから丹後と若狭の境目、舞鶴の松尾寺に移動した。
舞鶴は懐かしい町、松尾寺駅も何度か利用したが
西国札所の29番の松尾寺は行ったことがなかった。

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2023年03月26日

雨中、福知山西部で家紋探索(0326 AM)

今日は年休をとって山名城研恒例の歴史講座を拝聴に
但馬は豊岡へ出かけた。講座は昼からだが
せっかくの但馬行き、福知山経由のルートを選んだ。
その目的は桐村、和久、大槻、金山さんらの家紋採取。

IMG_0122.jpg 雨中のドライブ

あらかじめ苗字ネットで桐村さんらの分布地を探し
分布地における墓地をGoogleマップでチェック。
そうして、目星をつけた墓地にお邪魔して桐村さんらの
墓石を求め、家紋を撮影させていただくのだ。

むかしは求める苗字が分布する地区に出かけて行って、
目視で見つけた墓地に目的の苗字・家紋を探した。
その効率の悪かったこと、比べてネットの便利さは有り難い。

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2023年03月11日

宇津氏の資料探し、上原家の家紋採取

朝、恒例のDSG理事会と土曜会
今日は来月に予定されておる総会の段取
五月に開催される全国伝建大会のガイド出役
二つのテーマが議論され、大幅に時間超過となった。

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DSG会が終わったあと、先週に続いて園部の図書館へ。
目的は丹波ではここにしかない「禁裏領山国荘」の閲覧。
館内の郷土コーナーの書架を見たがない。聞くと稀覯書扱いで
書庫のなか、司書の方に出してもらって目指す論文に目を通す。

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2023年03月10日

川勝さんの家紋を求めて丹波東部を彷徨いた

先日、悩みに悩んで川勝氏の第一稿ができた。
もちろん背伸びし切った満足のいくものではなく、
さらに文書にあたり、秦氏の歴史を調べねば状態だ。
とはいえ川勝氏の先祖とされる秦河勝の歴史はおもしろい。

河勝が祖とする秦氏、山背国の開発者、養蚕・土木技術、
聖徳太子との関係、松尾大社、稲荷大社、
さらに秦姓を称する能楽の家、服部氏の存在などなど。
調べるほどに興味が広がり、知見が深まる
結果、川勝氏の原稿見直しを迫られることになる。

川勝氏の家紋は「寛政重修諸家譜」の記述によったが
秦氏にゆかりの家紋、丹波に多い川勝家の家紋などを調べると、
川勝氏と賀茂氏の関係が垣間見え、島城主川勝氏の出自への
疑問がじわ〜っと生じてくるのだった。

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2023年02月27日

宇津氏の家紋探索で北摂方面へ

いま、丹波宇津氏の歴史を調べているが分かりづらい。
一つのアプローチとして宇津名字の分布をネットで
調べてみたら全国的に広く散在しているものの
宇津氏が拠った旧北桑田郡には見当たらないのである。
さらに調べると三田と神戸の境目、北区道場町塩田に
宇津名字が集住されたていることを知った。

これは家紋採取に行かずばなるまいと思い墓地をチェック
今朝、チェックした墓地に宇津さんの家紋探索に出かけた。

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まずは塩田南部の村墓地にお邪魔した、塩谷・大深家の
剣酢漿草を刻んだ墓石群があるが宇津さんの墓石はなかった。

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つぎの墓地にお邪魔すると才元(橘)・古舞(違い鷹羽)・
鍛治(剣酢漿草)さんらの墓石が並び
その中に宇津さんを発見、家紋は「違い鷹羽」であった。

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