二週間ぶりに篠山に行く。 篠山に行くときは、いつも京都縦貫道を利用するのだが、今日は国道九号線を利用する。老の坂トンネル近くの山中にある
首塚大明神、老の坂を亀岡側に降りてすぐのところにある
篠八幡宮を訪ねるためだ。首塚大明神は大江山の酒呑童子の首を葬った所といい、篠八幡宮は足利尊氏が鎌倉幕府に叛旗を翻した神社として知られているところだ。酒呑童子が棲家にしたという大江山は丹波大江町とされているが、首塚大明神の鎮座する大枝が本来の大江ではないかともいわれ、すぐ近くに大江山も存在している。
さて、首塚大明神は由来によれば、童子を退治した源頼光と一行が討ち取った首を都に持って帰ろうとする途中、老の坂で休息した。すると道端の子安地蔵が「不浄な首を都へ持ってはいることはならん」と云われ、坂田金時がいくら頑張っても首はまったく持ち上がらなくなくなった。 そこで、一行はやむを得ず首を埋めて首塚をつくった、それが大明神の始まりだと伝えられている。鬼の首を埋めたというだけに一帯は妖しい雰囲気が漂い、鳥居前の廃墟群がさらに不気味さを増幅する。大明神と周辺一帯が心霊スポットとしても有名な場所であることが実感できる。
鳥居をくぐり、木の根が剥き出しになった参道を登って社殿に参拝、本殿の背後に廻ると「童子の首塚」と思しき石積みの塚が祀られている。・・・突然、湿気を含んだ神社周囲の森から奇声が響き渡り、ざわざわと木々の揺れる音がする。思わず「ゾッ」として森を凝視すると、猿の集団が木々を伝わりながら森の中を移動している。なにやらホッとしたものの、肩透かしをくらったようでもある。とはいえ、この状況が夜であれば半端じゃない恐怖感に鷲攫みされることは疑いない。




木漏れ日も不気味な首塚大明神 (真ん中:首塚? 右端:柿の木の猿軍団)
篠八幡宮は、関東から関西に移ってすぐの秋に、ちょっと立ち寄ったことがある。そのときは、八幡宮の神紋である「鳩紋」を確認することが目的だった。その後、丹波武士の歴史を調べるようになり、改めて篠八幡を訪ねたいものと思っていた。篠山に行くことが多いだけに、「すぐに行けるし、そのうち・・・」と思っているうちに二年が経っていた。前回にも思ったが、中世における重要な場所ながら「意外に小さな神社だな」と改めて感じる。しかし、矢塚・旗挙げの楊などを見ていると、丹波武士がみずからの将来を掛けて篠八幡に馳せ集ったとき、誰がその後に続く歴史の動乱を見通していただろう。
いま、世界的不況にさらされる日本の指導者とその与党は、屋台骨の揺らいだ鎌倉幕府に見えなくもない。誰か、倒幕の旗を篠八幡に掲げれば、時代の変革を求める多くの武士が馳せ集うのではなかろうか。 


篠八幡の鳥居と、倒幕を決意した足利尊氏が旗を立てたという楊の木

最近、続けている二十二社めぐりの官弊神社群に比べれば、両神社ともまことにちっぽけな存在だ。しかし、、丹波と京都との関わり、歴史における伝奇性など、いずれも面白い神社だ。 by kuma