2017年01月21日

亡母の四十九日

予報通り、シンシンと雪が・・・、着々と積もってます。
今日は亡母の四十九日の法要。
積雪に怯むところがあるが行かずばなるまい。
折から帰省していた長女と孫を乗せて、一路、播磨山崎へ。

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丹南篠山より高速に乗り、吉川ジャンクション、福崎・・・と
山崎に近づくにつれ積雪量も少なくなり、なるほど兵庫は広い。

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一旦、実家に嫁や孫ら家族を放り込んだあと
高速バスで移動中の長男夫妻をインターチェンジでピックアップ
家族揃って礼服に着替えたのち法要が始まった。

主体は兄であり、法要の座の真ん中には
一族の長老格が座ることになるわけで
いままでは大阪の叔父がその座を占めていた。ところが、
叔父たちもすでに鬼籍の人、・・・で、その役がまわってきたのである。

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なるほど、歳をとるというのはこういうことなのか!と
一族の顔ぶれ、わが身の立場など大きく変動していることを実感、
法要は離れて行く一族、家族を繋ぎ合わせる場というが、
たしかにその通りだろう。

さて、法要が終わったあとは、ゆっくりしたいところだが
明日は「篠山市民センターまつり」である。頑張って帰丹したのだった。
posted by うさくま at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

亡母の四十九日

予報通り、シンシンと雪が・・・、着々と積もってます。
今日は亡母の四十九日の法要。
積雪に怯むところがあるが行かずばなるまい。
折から帰省していた長女と孫を乗せて、一路、播磨山崎へ。

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IMG_3335.JPG

丹南篠山より高速に乗り、吉川ジャンクション、福崎・・・と
山崎に近づくにつれ積雪量も少なくなり、なるほど兵庫は広い。

IMG_3349.JPG

一旦、実家に嫁や孫ら家族を放り込んだあと
高速バスで移動中の長男夫妻をインターチェンジでピックアップ
家族揃って礼服に着替えたのち法要が始まった。

主体は兄であり、法要の座の真ん中には一族の長老格が座ることになるわけで
いままでは大阪の叔父がその座を占めていた。ところが、
叔父たちもすでに鬼籍の人、・・・で、その役がまわってきたのである。

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なるほど、歳をとるというのはこういうことなのか!と
一族の顔ぶれ、わが身の立場など大きく変動していることを実感、
法要は離れて行く一族、家族を繋ぎ合わせる場というが、その通りだろう。

さて、法要が終わったあとは、ゆっくりしたいところだが
明日は「篠山市民センターまつり」である。頑張って帰丹したのだった。
posted by うさくま at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月16日

篠山。二十年来の積雪となった

土曜日の夜明け前から降り続いた雪。
計ってみると40p ! ビックリポン。

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長靴を履いてバス停まで歩くのは、大昔、小学校のころを思い出し、
何やら心弾んだことだった。

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職場に着いたら、早速、雪かきに着手
まずは市民センターの玄関から駐車場、とんでもない雪の量。
つづいて、歴史施設に移動

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篠山城の説明看板
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大書院へのアプローチ
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二の丸と大書院

篠山城から青山歴史村、安間家史料館と
経めぐってワイワイと雪かき作業、しんどいけど、何か楽しい。

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青山歴史村
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安間家史料館
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今日の篠山は、いずこも仕事にならず
朝から晩まで雪かきに汗を流して終わったのだった。
posted by うさくま at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月15日

降り積もる雪

朝、さらに積もっているのでは?と期待して外を見ると
エライ積雪、10センチくらいか ?

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10時に予定されている自治会の寄合に
出かけて行ったが、すごい積雪に難儀した(けど楽しい)

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こういう日は家でジッとしているしかない。
雪は、文字通りにシンシンと降っている。
この調子で積もっていくと明日が心配だ(でも、なんか嬉しい)
posted by うさくま at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月14日

雪到来

朝起きて外を見ると天気予報通りに雪。
昨日までの好天気と打って変わって、まさに冬本番。
この勢いだと今日の丹波篠山は雪が積もりそうです。

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ということで、夕方には家の周りは真っ白となりました。
しかも、まだ降り続いています。
posted by うさくま at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月10日

篠山えびすに寄ってみた

今日は本えびすの日、
バス停に向かっていると「笹持って来い」の音楽が聞こえた
春日神社賛同に鎮座する篠山えびすの呼び声だ。
えびすさんはバス停のすぐ近く、寄ってみた。

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今宮えびす、堀川えびすを知っている者には
篠山えびすは何ともヒソッとした光景だが
えびすさんであることには変わりない。

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ただ、喪中の身なのでお参りはできなかったが、
せっかくえびすさんの境内に寄せてもらったことだし
今年もなにかと繁昌すると嬉しいのだが・・・ (^ν^)
posted by うさくま at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月03日

正月休みも怠惰に終わった

あっという間に冬休みもおしまい。
暮れは掃除をするということもなく
ネットで発見したドラマ「トリック」をひたすら見続けた。

正月明けてもボーっと食っちゃ呑み、そして寝る。
振り返れば何処へ行くということもなく(買い物は行ったが)
ただ家で過ごした六日間、阿呆になったな〜を実感。

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2000年の放映、二十歳の仲間チャンいい味出してます (*^▽^*)

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で、明日の仕事始めを控えて、昨年末に編集の方より
出版祝いにいただいたワインを開けて晩御飯。
のんびりした日々とは、しばらくのお別れだ。
風呂上りに体重を量ってみると
怠惰に過ごした結果、4000g も肉が付いていたのだった。


付記

いま、この日のフェースブックを振り返ってみたら
六月末に鬼籍に入られた杉本さんからのメッセージがあった。
人の命のはかなさを思わずにはいられない

Mituo Sugimoto 
明けましておめでとうございます。わたしも午前中は寝たきり老人でしたが、1000gの増量に抑えられました?今日は最後の正月休みですが、すでに家内から買い物のアッシー君(古る)の予約が入ってます️今年もよろしくお願いします️
posted by うさくま at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月01日

2017年、元旦を迎える

2017年の初日も夕方。
初晩御飯は、なんとなく定番化しつつある「牡丹鍋」。
昨年の正月は次女がいたが、
今年は来るものとてなく、夫婦二人の正月となった。

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猪肉は、これもお馴染みとなった西紀の肉屋さんでゲット
美味しいのだが、毎年、値段がアップしているような?

ともあれ、正月からガッツリ酒を呑み、猪肉に舌鼓を打つ、
ボタン鍋に欠かせないのが味噌と山椒
たくほどに美味しさが弥増す猪肉、進む酒。
2017年の元旦はワイルドに過ぎて行った。
posted by うさくま at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月25日

ぶらぶら大阪へ、忘年会で酔っぱらう

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丹波篠山は快晴。今日はむかしの仕事仲間との忘年会。
篠山を早めに出て伊丹駅で下車、伊丹城址に立ち寄り、駅から歩ける範囲に散在するお寺を訪ね家紋をウォッチ。残念ながらほとんどの寺院が立ち入り禁止、しかも楠公一族の墓を見落とすなど不完全燃焼であった。

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ふたたび電車に乗り移動すると車窓より墓地を発見、最寄り駅の猪名寺駅で下車。パッドで地図を見ながら墓地までウォーキング。
たどり着いた村墓地は地元に代々続いたであろう家の墓石にオーソドックスな家紋が刻まれている。その隣の墓地に移動すると、杜若寺が管理する古い墓地と分譲墓地であろう小さな区画に切られた新しい墓がずらりと並ぶ都会らしい墓地であった。家紋採取には効率がよい墓地であったが、地元との関係は希薄というしかないのが残念。

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みたび電車に乗り換えて塚口駅に移動。目的地は近松門左衛門を記念する近松公園。そして、その隣の広済寺にあるという門左衛門の墓の家紋をウォッチだ。門左衛門はNHKの時代劇ドラマ「ちかえもん」を見て、あまり知るところの少なかった門左衛門の面白さにふれ、塚口にゆかりの地があることを知った。

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近松公園に近づくと門左衛門をシンボル化したマンホールの蓋があり、訪ねあてた広済寺(日蓮宗)の門左衛門の墓に参ると「丸に一文字」の家紋が打たれていた。公園の一角には門左衛門の像があり近松記念館もあったが、すでに記念館は閉館していたのだった。来たときとは違うルートで駅に帰っていくと、古い家並みが残り時代を経た家屋もあったりして、まだまだ田舎の部分が残されているのだった。

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途中下車を重ねていると、いい感じの時間になり、いつもの待ち合わせ場所である紀伊国屋前広場で集合、これまたいつもの大黒屋で久しぶりの酒盛り。自営のTとRは、むかしと変わらずガッチリ頑張っている。そんなかれらをみると、サラリーマンは気楽な家業というしかない。
自分にはかれらのようにやっていける資質はないと、改めて思わされるのであった。歳を取るということは、そういう自分の生きてきた結果がより鮮明になるということなのだろう。
posted by うさくま at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月19日

なつかしい仲間から柚子が届く

むかしの仕事仲間で、
いまやなつかしき友垣から嬉しい便りが届いた。
庭で取れた柚子ふたつと、
こりゃまたむかし懐かしい崩れ字の手紙、
こういうのって、ほんとうに嬉しいですね? (^_^)

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そういえば明後日は冬至
柚子湯で温まれば運気も上昇、無病息災
友垣からの柚子に心も温まることだった。

柚子湯を調べてみた
柚子(ゆず)=「融通」がきく、冬至=「湯治」の語呂合せから柚子湯に入るいうらしいが、もともとは運を呼びこむ前に厄払いするための禊(みそぎ)だったそうだ。冬至の日から「一陽来復」のお札が配られることになるのも、そこに由来するようだ。また、柚子は実るまでに長い年月がかかるので、長年の苦労が実りますようにとの願いも込められているとのこと。なによりも、柚子に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果、芳香によるリラックス効果も身体によいそうだ。
posted by うさくま at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月13日

ウイズささやま忘年会2016

昨年に引き続いてウイズささやま2回目の忘年会。
今年の会場は王地山公園にある「ささやま荘」の宴会場、
仕切りは総務課のF課長、理事長、理事の挨拶を皮切りに宴はスタート。

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くじ引きで決まった座は、すぐにに乱れ
あっちこっちで宴は盛り上がりをみせた。
そんな中で教育委員会の U さんから電話が
何事かと出てみると案の定、仕事の話であった。
なんとも面倒な話だったが今日の今日に対応できるものではなく
先方に下駄を預けることにして宴会場に戻る。

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宴もたけなわになった頃
この12月いっぱいで退職する女性二人の挨拶
一人はいわゆる寿退社、一人は転職
高齢化が進む現状にあって若者たちだっただけに惜しまれる。
ま、出会いがあれば別れがあるということだ。

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メーンエベントのビンゴゲームで盛り上がり
今年の憂さの幾許かが払われたであろう忘年会
とくに荒れるところもなく、お開きとなった。
posted by うさくま at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月10日

母の告別式、永遠の別れ

通夜から一夜明けると、告別式である。
「家族葬」といいながら、ごく小さな葬儀となった。
ホールから西を見ると篠の丸城跡が真正面に見える。

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告別式まで時間があったこともあって、
篠の丸城の東麓にある寺町に出かけて、家紋ウォッチをした。
できれば、山崎藩主本多家の墓所、旧藩士の墓石に出会いたかったが
それはならず、寺町に広がる墓地で家紋採取に時間を費やした。

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左:横井英   右:船越家

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左:庄家   右:中村家

このような日に不謹慎かな?などと思いながらホールに戻ると
大阪の叔母や従兄弟、兵庫県に住む叔母や従兄弟たちが参列
そして、母の旧知の方々であろうお年寄りが足を運ばれている。

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おそらく、今日、再開した親戚の面々と次に会うことはあるのだろうか?
などと思っているうちに告別式はスケジュール通りに進み
母の亡骸はホールをあとにして火葬場へと運ばれていった。

火葬場で最後の別れをしたのち
田中家代々が檀家である願寿寺さんで骨上げまでの時間を過ごし
ふたたび火葬場に戻り、はかなく骨となった母と対面した。
かくして、バタバタと過ごした葬儀一切も恙なく終わり
火葬場で兄や親戚と別れ、丹波篠山へと帰っていった。
posted by うさくま at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月09日

通夜に列席する

昨日、田舎を往復し、今日改めて通夜に田舎に向かった。
兄の意向もあって「家族葬」で送ることになり
葬儀屋さんが用意した棺に母を一族の手で移し、
母の亡骸を住み慣れた家から送り出した。

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その後、葬儀場となる「やすらぎホール山崎」に移動。
通夜の読経、参列者の方々がお参りされたのち
近しい一族がホールに泊まりこみ通夜を過ごしたのであった。
posted by うさくま at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月08日

田舎に帰る

昨晩の母逝去を受けて田舎に帰る。
母がズッと住み暮らしてきた部屋に入ると母は亡骸であった。
「夫 人間ノ浮生ナル相ヲツラツラ觀スルニ オホヨソハカナキモノハ コノ世ノ始中終 マホロシノコトクナル一期ナリ・・・」
と蓮如上人が言われるごとく、別れのときは思いがけなく訪れる。

悔やまれるのは、先月にいい三つがアップした拙著を
封書などで送ると、何かと誤解する人がいると思い込きわめ
今度会うときに渡そうと送らなかったことだ。
今日、母の枕元に供えたが読んでもえるはずもなく
直ぐに送っておけば母に手にとってもらえたのにと痛恨というしかない。

「我ヤサキ 人ヤサキ ケフトモシラス アストモシラス ヲクレサキタツ人ハ モトノシツク スヱノ露ヨリモシケシトイヘリ」
まことに人の命はハカナイく、悔いの多いことというしかない。
ところで、たまたま今日は先日のイベントの代休を取っていた
ここらへん亡母は見通してくれていたのだろうか。
posted by うさくま at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月07日

母の逝去

夕方、兄から電話があり「母が死んだ」との連絡。
十月の末に姉らと帰ったとき、
元気いっぱいといわないが、ごく普通の状態だった。

兄いわく、先月の末ごろに体調が崩れ
デーサービスにも行けなくなり
段々と食も細くなってきて医者に見せると
いわゆる「延命治療を受けますか」ということになる。


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生前の母の希望は家に帰りたいとのことで
介護ベットを用意し自宅治療をしていたらしい。
そして今日の夕方、部屋を覗いてみると息をしていなかった。
まことにアッサリしたことであった。

先月、なんとなく帰省して墓参りをしたのは
今日という日が遠くないことを亡父が知らせてくれたのだろうか。
posted by うさくま at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月23日

いざ出陣!篠山城戦国祭 2017

いま籍を置いている職場における秋のメーンイベント「いざ出陣!篠山城戦国祭」に出陣。会場は篠山城大書院、天気がチョッと心配ななか賑々しく祭はスタート。

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スタッフは手作り甲冑を身に付け、侍姿に扮し、忍者になり、着物をまとうなど祭気分を盛り上げるとともに入館者のおもてなしに努めた。

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祭の効果であろう多くの観光客の皆さんが、手作り甲冑を身に着けて戦国武将なりきり体験、地元高校生のたてるお茶を和菓子で楽しみ、チャンバラ寸劇にワイワイがやがや。

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そんな祭空間のなかで、チョッと引き籠った感が漂う武者隠しの間(張台構)で「家紋診断」の怪しい易者役に任じた。昨年は意外な人気と思ったのだが、今年は料金を設定したせいもあってか昨年より少なかった。ま〜、そんな残念な気分も味わいながら、戦国祭は恙なく終わったことだった。 
posted by うさくま at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月19日

『信濃中世武家伝』が届く

一昨年、編集事務所の方から届いたメールが発端となって、
信濃の中世武家の歴史を家紋と出自伝承にスポットを当てながら
シコシコと書いてきた。

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編集の方の意図としては
今年の大河ドラマ「真田丸」に合せた企画だったのだろうが
版元の信濃毎日新聞社の存在もあり、ドラマも終盤のころとなった。
チャンスを逸したかな?と思わなくもないが、
書き手としてはじたばたしても仕方がない。
先月、最終校正を終え、あとは「俎板の鯉」と思いきわめた。

そして、今日、帰ると『信濃中世武家伝』が届いていた。
自分の書いたものが出版される、ありがたいことである。
今年は初孫の誕生と併せて、実りある思い出深い年になった。 


その後

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アマゾンランキング、結構、売れているようでホッとした

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家紋研究会会長高澤氏から嬉しいことば
posted by うさくま at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月29日

丹波・篠山、ややこしい

今朝、放送していたNHKの番組、丹波篠山と言いながら、半分は丹波市だった。神戸からは丹波といえば丹波篠山と思われてしまうのだな〜。丹波市、丹波氷上市としていたならば丹波篠山とゴッチャにされなかったのにね。


追記】いや番組に出た「丹波篠山」は丹波市と篠山市を併記したものだったのか? であれば「丹波・篠山」と中黒を入れるべきだろうし、「丹波」ややこしい〜 (°▽°)


 

高澤

旧国郡とイメージはだいぶ乖離し始めましたね。


田中豊茂

平成の合併によって、わたしの培った地理感が相当崩壊してしまいました。丹波市以外にも旧国名を新自治体名にしたとこがありますが、まぎらわしいこと夥しいですね。


安井博幸

旧国名をそのまま市名に使うのは僭越名称そのもので、厚かましいったらありゃしない。そもそも氷上郡やったんで、氷上市にすれば良かったのに。


田中豊茂

強く、同感です (^^)


亀井博美

兵庫にも京都にも丹波がまたがってるのがややこしい(_;)


田中豊茂

兵庫丹波と京都丹波と言い分けますが、京丹波、南丹という自治体名がこりゃまたややこしいです。国策で進められた平成の合併、失政だったと思わずにいられません ( ˙-˙ )


亀井博美

南丹は理解不能でした。なんでこの名前にするかなー?センスなし。だいたい私は丹波と丹後だけでもややこしかったのに(^^


Yoshimin Yamad

ごっちゃになってるうちの一人です (>д<) 県を跨いじゃってるので混乱しますね。私が訪れたのは兵庫側?レベルでごめんなさい。


田中豊茂

丹波篠山は兵庫丹波です ( ˙-˙ ) 黒井城のある丹波市(この名前はホンットメンドー)もです。


山本晴朗

氷上市にする方がよいのか、たんば篠山市にする方が早いのか?ややこしいですね。最初から思っていましたけど・・・


田中豊茂

住民投票では氷上市が一番多かったと聞きます。当時において、わたしも投票権があったとしたならば、絶対に氷上市派です。選挙の結果は結果として、妙な理由で氷上市ではなく丹波市になったそうですが、ありそうな話で残念に思っています。


田中豊茂

平成の合併において、新名称に批判が続出しながらも名称を再検討することなく合併した例は、北九州市、あきる野市、つづく平成の大合併ではさいたま市、西東京市、さくら市、東かがわ市、丹波市、淡路市、四国中央市、ふじみ野市、つくばみらい市、みどり市、にかほ市などがあるようです。伝統を云々する気は無いですが、地名に対するセンスというか、畏れは必要だったのでは? と思うのはわたしだけ?


亀井博美

住宅や企業誘致のために自治体が地名を変えるという事もありますね。南山城を例にとると、ボケ谷や隠れ谷などがそうでした。昔から慣れ親しんだ地名をそうした理由で変えても良いのか?と、すぐに議論が起こり立ち消えになりましたが、大きな企業から要求されると、住民感情を考慮して古来からの地名を大切にするのか、企業誘致で大幅税収アップを取るのかで小さな自治体は揺れてしまいます。私個人としては小奇麗だけどどこにでもあるような〇〇が丘とかより、国人領主の名を冠したところに住めて満足です(^^)v


高澤

地名変更は郵便事情や区画整理に伴う場合もありますし、維新では権力の移譲によることもありました。分村、新田開発や大規模造成でも地名は替わりますし、古くは諸国郡郷名著好字令というのもあります。地名変更は寂しいですが私たちが生きている時代も、ほんの一過程ですから、なんとも悩ましい問題です。
我々が慣れ親しんでいる県名や市町村名でさえ歴史は浅くそれ以前の地名を廃して成り立っているものも多いです。小字などはもう地籍をみないとわからないですし。できることなら自分が生きている間くらいは地名の変更がなければいいなとは思いますが、絶対に替えるなとも言えないもどかしさもありますね。幸いにもいまは地名の研究や記録保存も進んで、『日本歴史地名大系』などの本を開けば昔の地名を確認できます。
歴史好きは失ったものを偲び、そこから得られる幸せもあるのでいいのですが、せめて人に話すことで記憶の伝承ができるように努めたいですね(^^)


田中豊茂

おっしゃる通りです。国名だって、言葉だって、政治形態だって、ドンドン変わって行った結果、変わって行く過程ですからね〜 (^^)

posted by うさくま at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

姉夫婦と墓参に帰省(父の十三回忌)

なんとなく尼崎の姉と連絡を取り合って墓参に帰省。
いつも待ち合わせるショッピングセンターでの約束時間まで間があり、山崎図書館、図書館内の郷土資料館、山崎陣屋跡に寄り道。落ち合って、田中家の墓のある川と集落の村墓地に移動して先祖のお墓に手を合わせた。

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宍粟山崎藩一万石本多家の陣屋跡
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資料館で城下町の古地図を見る
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陣屋の古瓦に刻まれた立葵紋

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田中家の墓に参る

実家に帰ると、なんと、亡父の十三回忌ということが判明。本来なら法事ということになるのだが、兄弟揃ってなんとも親不孝なことである。今回の墓参帰省は、はからずも亡父が呼び寄せたものだったのかも知れない。

老母もまだまだ元気な様子で、兄の介護ぶりには頭が下がった。それに対して、末っ子として可愛がられながら、わが身の冷たさを思わずにいられなかった。
posted by うさくま at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月26日

信濃武家伝、最終校正を送信

振り返れば足かけ三年、やっと最終校正完了、送信

ひとつ背負っていた荷物を下ろせました。


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拙ウェブのコンテンツがベースになってますので、

どこまで鮮度をあげられたか? です。

作業は長丁場に呆然とすることもありましたが、

振り返ってみると、遣り甲斐もあり楽しかった 。

posted by うさくま at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記