2015年10月25日

丹波篠山の山城攻めガイド

宍粟城研のFBさんの希望で、
八上城をメーンとした丹波篠山の城めぐりをアテンド。
篠山にいらっしゃった参加者は五人。

まず、八上城を攻めた明智の陣城である
野間砦からスタートして、国人畑氏が拠った大渕館、
篠山では特異な縄張りの大上西ノ山城、
そしてメーンデッシュである八上城に登山。

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野間砦の主郭部手前に切られた横堀、塹壕か?

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国人領主・畑氏の居館跡、いまも子孫が住まれている。

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大上西ノ山城、主郭部南側の横堀

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八上城跡、朝路池n続く尾根に切られた堀切

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篠山城跡の天守台から八上城跡のある高城山を遠望

八上城跡を踏破したのちは、篠山城をアテンド。
盛りだくさんな内容となり、
参加メンバーの方々の満足度は高かったようで
ガイド役としては、ホッ!としたことでした。

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2015年04月12日

備前天神山城に遠征

宍粟城研恒例の山城探査会で備前に遠征。
今日のターゲットは浦上宗景が築いた備前天神山城跡である。
天神山城跡は四年ぶりの再訪、今回は前の訪問時に割愛した
西麓に存在する武家屋敷も訪れたい。さらに、宗景の重臣
明石氏が拠った北曽根城跡もターゲットとした。

宍粟市役所に八時半集合、今日のメンバーは七人
二台の車に分乗して市役所をスタート。新宮町経由で
山陽自動車道和気インターへ、一路備前天神山城を目指した。

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2015年02月08日

今年初!宍粟城研の見学会に参陣

今日の天気予報は「曇り時々雨」
あるいは「曇りのち晴れ」、どちらが正しいのか?
ともあれ、予定通りに
宍粟城郭研究会、今年初の見学会に出かけて行った。

今日の攻城先は、加西市内にある
善防山城と小谷城であった。それに後藤又兵衛の菩提寺
多聞寺訪問をプラスしていただいた。

待合せ場所である加西のジャスコになかなかたどりつけず
その結果、弁当を購入することができず
初動においてF会長以下のみなさんに迷惑をかけてしまった。

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2014年12月09日

宍粟城研、高峰山城調査行

天気は好天、藤原さんと予定していた
高峰山城の調査行に遠征。

まずは福崎インターチェンジを目指し
待合せ場所である東大貫交差点へ。

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2014年11月23日

篠ノ丸城跡 ボランティアガイド 二日目

昨日に続いて、篠ノ丸城跡ボランティアガイドに出動。
二日目の城研からの出動者はF会長とFさんの三人。
今日も好天、宍粟市役所の駐車場でF会長と合流。

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問われるままに昨日のガイド状況をお話しすると、

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2014年11月22日

篠ノ丸城跡 ボランティアガイド 初日

わが故郷である宍粟市山崎町に残る中世山城、篠ノ丸城跡。
今年の大河ドラマ「軍師官兵衛」ゆかりの地として
地元のみなさん方によって整備され、人気のスポットとなっている。
また、城址を含む一帯は最上山公園とも呼ばれ
小学校のピクニック、友だちとの気楽な山登りなどの思い出があるところだ。

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城址主郭のモミジ、すばらしい紅葉

いま、最上山公園は紅葉の名所として脚光を浴び、
数年前から「もみじまつり」が開催されている。
まつりを盛り上げるイベントの一つとして篠ノ丸城跡ガイドが企画され
宍粟城研がボランティアでガイド役を引き受けたのだった。
微力ながら会員の一人として城跡ガイドに一役かわせていただいた。

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2014年10月19日

相生 光明山城を踏破。

今日は快晴。

ひさしぶりの宍粟城郭研究会の城址見学会。
今日のターゲットは西播磨の相生にある光明山城、

かねてより登りたかった山城だが、ネットの情報によれば
整備はされてないようだ・・・、果たして実状は?
ともあれ、好天の下、相生へと出陣したのだった。


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2014年05月25日

北西播磨、田路氏の「天空の城」に登る

宍粟城郭研究会の例会に参加するため、宍粟市に遠征した。
今日のターゲット山城は高取城と三方城、
いずれも戦国時代、朝来から宍粟まで勢力を張った田路氏の山城だ。

宍粟市一宮町マップ
三角点から右寄り、608メートルのピークに城址

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2014年03月30日

宍粟城研の加西の山城見学会、雨天決行

朝、起きると外は雨。宍粟城研の加西の山城見学会、中止か?
と思い悩んでいたところ、F会長より雨天決行の連絡が入る。
「流石!会長…」 バタバタと準備をして、待ち合わせ場所となる
山下城跡を目指して雨の降りしきる中国道をひた走った!

宍粟研_20140330-01

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2014年01月19日

備前福岡、長船に史跡を訪ねる

昨日の雨は夜半に雪に変わったようで、実家の庭はウッスラと雪化粧。
さて、今日は宍粟城郭研究会の第22回見学会
いつもの山城行と違って、備前福岡と長船の歴史探索である。

田舎の雪201401


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2013年12月15日

播磨に田路氏の山城群を訪ねた

宍粟城跡研究会の第20回城跡見学会に参加するべく
朝まだ暗い丹波篠山を出発、中国縦貫道を疾走!
予定通りに集合場所の宍粟市役所へたどり着いたのだった。

参加者は藤原会長以下、七人。今日の訪城地は、
宍粟一帯を領した宇野氏に属した土豪田路氏ゆかりの山城群ー
御形(三方)城跡、草木城跡、そして、
波賀城主中村氏の庶子家が拠ったという古城山跡の三つ。

まず、御形城跡である。
ガイド役の参加者が来られず、連絡もつかないため、配布資料の
古い縄張図を睨みつつ城跡があるだろうと思しき山へと踏み込んだ。

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2013年10月27日

因幡用瀬城跡登山と智頭宿場の散策

今日は、宍粟城研の例会に参加して
因幡用瀬城跡登山と智頭宿場の散策を楽しんだ。

用瀬城跡は景石城とも呼ばれ、
中世、因幡守護職に任じた山名氏に属した
国人領主用瀬氏が築いた山城である。

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2013年07月28日

ディープな西播磨遠征を楽しむ

宍粟城研の例会に参加して篠ノ丸城登山、
例会への参加は、正月以来、スケジュールが合わず今年はじめてとなった。
ガイド役は会長の藤原孝三氏で、まず、日常の居館跡であったという
山崎八幡神社を訪ね、宍粟宇野氏の菩提寺という寺院跡を探索する。
日常の館、菩提寺の跡は、藤原氏が字限図などから提唱されたものだ。

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2012年04月22日

悪天候を突いて、若桜鬼ケ城攻め

宍粟城研の第十二回例会「因幡国若桜鬼ケ城に登る」に参加。
天気は風混じりの雨、ともかく集合場所の宍粟市役所へ。
悪天候の中集まったメンバーは五人、酔狂といおうか、律義といおうかー。

中止か決行かはおいて、会長が用意された資料を見ながらのミニ講演会を拝聴。
宍粟長水城から逃れた宇野一族は美作大原の新免氏を頼ったというのが定説だが
実は、若桜鬼ケ城を目指そうとしたのではないか、という説には 「なるほど!そうだったのかも」と思われた。今回の若桜城遠征は、それも踏まえて計画されたのだそうだ。

ミニ講演会ののち、雨も小降りになったことだしダメ元で「若桜まで行こう!」と決定
総勢四人のメンバーは二十九号線を若桜目指して北上した。

若桜城_01
29号線をひた走る、やがて前方に若桜城址が見えてきた

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2012年03月11日

十年ぶり、置塩城に再訪

播磨守護職赤松氏の居城であった置塩城に
実に十年ぶりに再訪した。
播磨赤松氏の場合、嘉吉の乱で滅亡した前期赤松氏と
応仁の乱をきっかけに再興がなった後期赤松氏とに分類される。
置塩城は後期赤松氏が本拠とした戦国山城だ。

置塩_遠望
東方より城址を遠望(2009/08)

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2012年01月22日

美作大原に新免氏の居城群を訪ねる

宍粟城研オフ会に参加して、赤松氏ゆかりの新免氏が勢力を保った美作国大原に残る竹山城→大原宿→山王山城を巡った。

竹山城は播磨姫路から揖保•佐用から美作を経て因幡に通じる因幡街道の宿であった美作国大原にあり、一帯を支配した国人新免氏の居城として知られる。新免氏の出自は諸説あるが、赤松氏の一族とみなされる。新免氏を有名にしているのは、宮本武蔵の父無二斎が仕えていたという伝説であろう。
そして、大原は武蔵生誕の地ともいわれ、かつて武蔵を主人公とした大河ドラマでは大原を武蔵の故郷として描いていた。武蔵の故郷であるか否かはともかくとして、宮本武蔵駅があり、大原の地は武蔵で村おこしをせんとした痛ましい傷跡が無残に残っている…ように感じたのはわたしだけではないだろう。
大原には、かつて大河ドラマで「宮本武蔵」が放映されたときに訪ねて以来、何度か往来したが素通りがほとんどで、竹山城に登ったのも今回のオフ会が初めてである。

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2011年12月18日

安積城跡見学会に参加して西播磨に遠征

今日は、宍粟城郭研究会の
安積城見学会に参加して、宍粟に遠征。

安積城跡は中世の武家、安積氏の詰め城だったところで
かねてより登山を目論んでいた城跡だ。

朝霜_20111218
丹波の朝霜

集合時間は、宍粟市役所前に午前八時半!
朝霜で真っ白な装いの丹波を出発、中国道山崎インターへとひた走った。
天気は快晴、いい山城登りを楽しめた。

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2011年10月09日

念願の播磨柏原城攻めを堪能する

昨年、その存在を知った播磨柏原城跡。何度か登山を計画しながら実現には至らなかった。今回、宍粟城跡研究会のタケネットさんのお誘いであっさりと実現、しかもガイド役は播磨地方史・城郭研究家として知られた研究会会長の藤原孝三氏、願ってもない城攻めとなった。

柏原城址は、わが生家より揖保川を隔てた西方にそびえる国見山(現在、国見の森公園と化した)左側に見える山上に遺構が残っている。国見の森公園の登り口が、そのまま柏原城址への登山道となっていて、先年、山歩きコースの一つとして整備されたとのことだ。

柏原_遠望
国見の森公園登山口より城跡方向を遠望、…遠い!

前日より満を持して実家に宿泊、今日の待ち合わせ場所である宍粟市役所へ。参加メンバーはウサクマを入れて六人、みなさん初対面の方ばかり、タケネットさんは思っていた以上に若くてびっくり!まずはみなさんと挨拶を交わしてのち、藤原会長から縄張り図をもらい柏原城に関する歴史をレクチャいただく。かくして四駆車二台に分乗して、登り口となる国見の森公園へ出発した。

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posted by うさくま at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 宍粟城郭研究会