2017年06月18日

此隅山城整備作業に混ざって一汗

久しぶりに但馬に遠征して、山名氏城跡保存会による此隅山城整備作業に混ざって一汗かいた。整備作業は主郭部周辺に生い茂る雑草と雑木・篠の伐採に注力。今年は草刈り機携行の方が多く、スピーディな作業となった。

0618_IMG_2065.jpg

0618_01.jpg

0618_02.jpg

0618_03.jpg
作業前

0618_04.jpg
スッキリ

19424334_1826307177395709_2872490895867962038_n.jpg
参加者そろって記念撮影

作業後、恒例の出石そばを食し、帰路、城址を振り返って見ると、遠すぎたからでもあろうか折角の整備作業の成果が実感されなかったのが残念。つぎは、九月に予定されている有子山城整備に汗を流す予定。

0618_izusi02.jpg

0618_izusi03.jpg

0618_izusi04.jpg

(此隅山城整備作業を一緒した人の返信によれば、近くから見ると主郭部は作業成果が見て取れたとの事)
posted by うさくま at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2017年05月21日

山名氏城跡保存会の舞鶴の山城見学会に参加。

今日の山名城跡保存会見学会の攻城地は、舞鶴西部に残る女布城と愛宕山城 & 愛宕山北城の三城。女布城はかねてより登りたかった山城、ガイドには舞鶴の山城調査を続けておられる廣瀬さん。廣瀬さんは。かつて綾部の歴史講演会において女布城について発表されたのを聴講、以後、時々メールでのやり取りをさせていただいている。
 
舞鶴のバザールタウンで集合したのち、ひとつめの女布城に向う。女布城は一色氏の被官・森脇氏が拠った山城といい、舞鶴でも最大級の規模を有している。登山口は城址南東に位置する村墓地から明確な登山道があり、迷うことなく城址へと攻め込めた。山道が取り付く虎口と思われる曲輪より城址は南北に曲輪が連なり、まず南西曲輪群を攻める。高い切岸をもつ曲輪が続き、南端部を高い切岸と大堀切が遮断している。

0521_IMG_1423.jpg

0521_IMG_1432.jpg
虎口
0521_02.jpg
広い曲輪と切岸
0521_IMG_1456.jpg
大堀切

一方、虎口より北東に続く曲輪群もしっかり造成されて、派生する尾根は堀切で遮断している。城址に関しては森脇氏のこと以外は不明とされるが、城の規模からみて単なる土豪が築いた山城ではなく、国人クラス、もしくは一色氏が拠点城郭として築いたものではなかろうか…と思われた。

0521_IMG_1471.jpg
曲輪と切岸
0521_03.jpg
広い曲輪が続く
0521_IMG_1504.jpg
北帯曲輪と切岸

女布城で弁当を使ったのち、二つ目の愛宕山城 & 愛宕山北城へ。城址へは。以前、墓ウォッチでお邪魔したことがある円隆寺より山上の愛宕神社への参詣登山道があり、こちらも迷うことなく登れるが急坂にアップアップとなった。何分、五月といいながら、今日の気温は三十度越えである。

0521_04.jpg

0521_05.jpg

登りついた城址からは舞鶴の町と海が眼下に広がり、しばし休息をとったのち城址を探索。畝状竪堀は割愛して神社西方の尾根をシッカリ遮断する堀切群を踏査。

IMG_7142.JPG
愛宕神社で記念撮影
0521_06.jpg
本殿西直下の堀切
0521_07.jpg
尾根先の堀切

続いて、東方尾根に位置する愛宕山北城址を攻略。こちらは城址全体が深刻な藪化が進行中で、何とか堀切、畝状竪堀をウォッチしたものの疲労困憊であった。とはいえ、城址のある山中は、爽やかな風も吹いたりして気持ちよかった。

0521_08.jpg
舞鶴の海を眺望
0521_IMG_1564.jpg
西端の堀切
0521_09.jpg
城址東端の切岸と堀切

また、いま悩んでいる丹後一色氏の家紋のヒントを得ることもできたことはラッキーだった。しかし、ガイドで頑張っていただいた廣瀬氏の顔をスッカリ忘れてしまっていて、車に同乗させていただきながら人違いをするという失態をやらかしてしまったのは情けなかった…かも。

追記

女布城登り口にあった村墓地、もともと山腹に営まれていたものだったようで、登山道に旧墓地跡が散在していた。高齢化により仕方がないこととはいえ、墓地の移動で古い暮石が打ち捨てられる結果となるのは残念というしかない。

0521_IMG_1419.jpg 0521_IMG_1421.jpg
左) 肝付家  右) 芦田家

また、村墓地で見つけた「頭合せ三つ雁」紋。一つは芦田姓でおそらく丹波氷上郡ご出身の家、もう一つは肝付姓でこちらは遠く南九州の大隅ご出身の家と思われた。それぞれ同紋ながら、背負われた歴史は中世につながる奥の深いものであろう。家系や出身など遠く離れた存在の両家の墓が丹後の墓所で並んでいる光景は、なかなか興味深い。
posted by うさくま at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2017年03月26日

出石で「このすみありこ歴史講演会」を聴講

今日は豊岡出石で、山名氏城跡保存会の主催になる「このすみありこ歴史講演会」を聴講するため但馬に遠征。

0326_YAMANA01.jpg

昨日、延伸開通した北近畿豊岡自動車道の日高神鍋高原インターチェンジを利用して、豊岡市出石町・福住地区交流センターへ一直線。新しいインターチェンジの開通で、出石はさらに近くなりました。ただ、ほとんどトンネルですけど。

20170326_2.jpg

20170326_01.jpg


 
第八回を数える講演会のお題は『縄張入門「高田式 城の見方・楽しみ方」』、講師は城郭談話会の有力会員である高田徹氏。わたしも二度ばかり城址探索をご一緒する機会があり、その山城に対する熱さは目の当たりにさせていただいた。そんな高田氏の講演、独特の話口と実際に経験されてきた山城ウォッチへのあれこれを面白おかしく語られた。文字通り、山名城跡保存会にふさわしいものであった。

0326_SOBA.jpg

講演会が終わったのち、西尾会長、川見事務局長らとあいさつを交わしたのち、遅い昼食。もうおなじみとなった「そば庄」で皿そばに舌鼓を打ち、日高神鍋高原インターチェンジより丹波に帰っていった。
posted by うさくま at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2017年03月05日

山名会による上月城攻めに遠征

今日は山城保会の上月城跡登山に混ざって、ひっさしぶりの山城行。

上月城は横浜に住んでいたころ、帰省したとき登って以来、実に十六年ぶりの再訪。今日の登山会は、保存会の会員でもあるT氏の段取りで、城跡のガイド役は木内さんであった。集合場所である上月歴史資料館に着くと、なんと参集者は40人越え、変わらぬ山城&登山人気にビックリだ! 

0305_01.jpg

登山前に木内さんのミニセミナーで上月城の山城としてのポジションを学んでのち、北尾根ルートより本丸を目指した。この季節の山歩きは、木々も芽吹き前でもあり快適、折々にあらわれるビュースポットからの展望も心楽しかった。

0305_IMG_9466.jpg

0305_IMG_9472.jpg
堀切に到着

堀切にたどりつくと城址で、曲輪を二段越えると主郭、いわゆる本丸で羽柴秀吉を迎え撃ったという佐用赤松正範の碑を中心に戦死者の供養塔が祀られている。上月城は地形に沿って主郭の南尾根、西尾根に曲輪を構築、西端部を堀切と横掘りで遮断している。総じて小ぶり、縄張りも大味な山城で、その城史を思えば意外の感を抱いたことである。

0305_06.jpg
主郭から北方を遠望
0305_IMG_9509.jpg
赤松政範と家臣らの供養塔
IMG_7143.JPG
主郭で恒例の記念撮影
0305_04.jpg
切岸を見る
0305_05.jpg
曲輪群

とはいえ、はじめて登ったときは草だらけだったが、いまは手入れもされているようでスッキリしている。何よりも、当時は登っただけというものだったが、今日は木内さん、西尾さんといった山城の達人とご一緒していることもあっておおいに山城の勉強をさせていただいた。

0305_07.jpg
堀切で解説を聴く
0305_08.jpg
堀切から続く竪堀
0305_09.jpg
西端の堀切

上月城跡を下山したところで、昼食タイム。資料館の庭で思い思いに弁当を使ったのち、次の目的地である仁位山城跡に移動。仁位山城跡はハリネズミの如き畝状竪堀が特徴的な城で、かねてより登ってみたかったところだ。

0305_IMG_9573.jpg
仁位山城、北尾根曲輪へ移動

山上まで車で移動、谷を隔てて上月城を見るが木々に邪魔されて眺望はイマイチであった。仁位山城跡は城域はそこそこ広いが、印象としては築城途上にあり畝状竪堀、曲輪、堀切など防御に欠かせないところを、まず手を入れたものであろうか。

0305_IMG_9583.jpg
曲輪を区画する土塁
0305_10.jpg
腰曲輪と切岸
0305_11.jpg

城址に踏み込むと雑木が生い茂っているが、土塁、曲輪、切岸などウッスラと確認できる状態ではあった。目当ての畝状竪堀は電波施設への山道を通したときに破壊を受けているが、遺構はシッカリと残っている。木内さんの実演を交えた畝状竪堀の効能に関する話は、木内さんらしくて面白かった。

0305_12.jpg
畝状竪堀
0305_14.jpg

0305_13.jpg
明確に残る竪堀

あと、i飯野山城・円光寺城が予定されていたが、参加者の多さと高齢の方への配慮もあって、今日は二つの山城攻めで解散となった。
みなさんと別れたあと、佐用インターチェンジまでの道々で墓紋をウォッチ、迫る夕闇を背に中国自動車を丹波へと帰っていった。
posted by うさくま at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2016年04月17日

「第6回ありこ・このすみ歴史講演会」を聴講

今日は、山名氏城跡保存会「第6回ありこ・このすみ歴史講演会」を聴講に出石へ遠征。
講演は西尾会長と兵庫県まちづくり技術センター・西口圭介氏の二つが予定されていたが、西尾会長が体調不良とのことで西口氏の単独公演となった。そのせいもあってか、事務局による前説と西口氏の講演が妙に長かったような・・・。いつものピリッとした雰囲気が薄かったように感じたのは、わたしだけだったろうか?
とはいえ、保存会の機関誌「山名氏の城と城下を考えるー第6集ー但馬・出石の城を掘る」を会員価格で購入できたのは大きな収穫だった。

posted by うさくま at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2016年02月21日

山名会で、置城城跡に登る

行こうか、行こまいか、悩んでいた置塩城オフ会。心配していた足の具合も昨日の高取城攻めでまずまずの状態、天気も良いし参加させていただくことに決定


山名氏城跡保存会の「置塩城・坂本城見学会」に参加して、置塩城跡に登った。置塩城はこれで四回目の登山となるが、いつ登っても満足度の高いところだ。
高取山城オフ会とは打って変わって天気は快晴、参加者は二十人、ガイドに夢前町時代より発掘調査に関わってこられた姫路市教育委員会の南さん。50分かけて城址に登ると、南さんの熱い解説で、南曲輪群から三の丸、二の丸をめぐち本丸を踏破。本丸で弁当を使ったのち、本丸の発掘調査から得た成果を南さんに語っていただく。本丸は焼き討ちにあったのちに土盛をしたのちに再興されたといい、その中心となった建物の構造とその意味は面白かった。
本丸からの眺望を楽しみ、切岸の石垣を堪能したあと、二の丸と城道を兼ねた堀切道を隔てた北曲輪を歩く、随所に石積を多用した広い曲輪だ。ふたたび二の丸に戻り、これまた広い北曲輪を経て、西曲輪群へ移動。ここで、竪堀らしき遺構を発見、置塩城には竪堀がないということだったが、そうでもなさそうだ。まだまだ、知られぬ遺構、曲輪群が眠っているように思われた。
これまで三回登りながら、芦を踏み入れていない西大手曲輪群へ、というところでカメラのメモリ切れ。高取山城の写真をパソコンにおとしておくべきだったと思ったが、如何ともしようがない。いらない写真を削除している間に西曲輪群踏破は終わり、無念の下山となった。

posted by うさくま at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2015年09月20日

恒例、有子山城跡整備作業に参加

ここ数年の秋の恒例行事である
山名城研の有子山城整備作業に混ざって汗を流してきた。
今日の参加者は約30人、
はじめて参加したころに比べると大人数になった。

0920-1.jpg
でこぼこの林道を登りきると城跡
0920-2.jpg
変らぬ主郭からの絶景
0920-3.jpg
シダの繁茂する曲輪と格闘
0920-4.jpg
スッカリ、きれいになった有子山城

コツコツと城研のみなさんが頑張ってきた成果に、
加えてあい変わらぬ山城ブームがあるのだろう。
こういう汗のかきかたは健康的でグーです。
が、人が増え過ぎるのも微妙な感がしなくもない。


0920-5.jpg

作業が終わった後は、まいど恒例になった
出石ソバで腹を満たす。
今日は、連休のはじめということもあって
随分またされてしまったが、相変わらず美味かった(かも)
posted by うさくま at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2015年03月29日

山名氏城跡保存会、年に一回の歴史講演会を拝聴

山名氏城跡保存会、年に一回の歴史講演会に豊岡へ。
今日のお題は「垣屋豊続と小代一揆の城郭」、
講師は保存会会長の西尾先生だ。

ひさしぶりの但馬遠征ということでもあり
山城の一つでも登りたいところだが、生憎の雨。
以前より気にかかっていた「にしかた日記」をゲットしようと
豊岡図書館に寄ってみた。

続きを読む
posted by うさくま at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2015年02月28日

三木城と付け城跡を探訪する

今年初となる山名氏城跡保存会の山城見学会に参加。
本日のメニューは播磨三木城攻め付け城群跡の探訪、
引率は保存会の西尾会長。
城跡ガイドは三木城付け城群のマイスター宮田逸民さん!

心配な天気も好天! 集合場所になる
「道の駅 みき」 に向かって車を飛ばした。
保存会の女房役である K 事務局長が
残念な怪我で入院中ということもあったが
参加者は21人の大盛況!数台に分乗した
マイカー軍団が列をなしての城めぐりがスタートした。

IMG_3866.jpg

続きを読む
posted by うさくま at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年09月21日

城整備、そば、寺&家紋、出石を堪能する

天気予報では「大雨」だったが、昨日に引き続いて好天気。
予定通りに山名氏城跡保存会恒例になっている
秋の有子山城跡の整備作業に遠征。

集合場所となる出石明治館近くの駐車場に集まった参加者は20人以上、
さらにサンテレビ、神戸新聞などなどの
マスコミのみなさんも取材に同行という賑やかさ。

IMG_8337.jpg

はじめて参加させていただいたた四年前のころを振り返れば、
山名氏城跡保存会の活動がメジャーになったことを実感する。
会の地道な活動に加えて山城ブームが追い風となった結果であろう。

続きを読む
posted by うさくま at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年08月24日

あの竹田城、あまりにディープな見学会

昨日に引き続き戦国山城攻めに出陣。
今日は山名氏城跡保存会の「竹田城&観音寺山城見学会」である。
本来なら昨年の八月に実施される企画だったが、
大雨で流れ、一年間のブランクをもって仕切り直しとなったのだった。

一気に火が付いた竹田城ブームは衰えることを知らず、
いまでは見学ルートが設定され、自由な城歩きは御法度状態となっている。
保存会からの情報によれば会長の顔利きで、
本来なら入れない所も見学できるとのことだった。

気になる今日の天気は、予報によれば
「晴れのち曇り、夕方から雨」という何とも微妙なもの
ともあれ、集合場所を目指して丹波から但馬へと車を飛ばした。

IMG_6920.jpg

続きを読む
posted by うさくま at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年06月15日

此隅山城整備作業に汗を流す

今日は早起きして但馬に遠征。
天気は快晴、目的地は此隅山城。
山名城研保存会による城跡整備作業への参加である。

山名整備作業0615-01
改修工事で天井が高くなった、丹波と但馬を結ぶ遠阪トンネル

続きを読む
posted by うさくま at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年05月11日

但馬東部の境目を固める磯部氏館、新堂向山城に登る

腎盂炎(膀胱炎を併発)を発症して10日ばかり、
順調に回復していることもあって
昨日はリハビリを兼ねて篠山東部の家紋探索に出かけてきた。
疲れはあるものの体調はまずまず、ということで
予定通りに山名氏城跡保存会の見学会に参加するため但馬に遠征した。

今日のターゲット山城は、山東町に位置する新堂向山城跡と磯部氏館跡。

山名会_新堂01

続きを読む
posted by うさくま at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年03月23日

このすみありこ歴史講演会、宿南保先生の講座を拝聴

今日は、山名氏城跡保存会、一年しめの「このすみありこ歴史講演会」。
昨年、恥ずかしながら家紋講座をやらせていただいてから一年、
時間の経つのは、おそろしく早い。「日暮れて道遠し」を実感するばかりだ。
さて、今回の講師は但馬史研究の第一人者で播磨屋も多大な恩恵を被っている
宿南保先生、お題は
「中世の山城―竹田城と此隅山城に迫る〜太田垣氏と山名氏の関係〜」だ。
待ちに待った今日の講演、逸る心を抑えつつ一路出石を目指したのだ。

ありここのすみ2014

宿南保先生は小柄な方で、御年八十五歳。
その著作「但馬の中世史」において、現代に通じる山城研究論を展開
但馬の山城のみならず広く山城研究に先鞭を付けられた。
当然、小生の愛読書の一冊である。

宿南氏の講義は、高齢からくるものであろうか
ゆったりとしたペースで進み、予定の時間を残して終わってしまった。
いささか食い足りないものではあったが、ご本人の尊顔を拝し
永年にわたった研究の一端を拝聴できただけで「よし!」とした。
ところが、質問タイムとなったところで挙手される方がいない。

見ると山名研事務局長のKさんが「質問を!」という目線を送られてくるではないか!
「む〜!」それではと、蛮勇を振るって質問をさせていただいた。
山名氏の両輪といわれた「垣屋氏と太田垣氏の家系、その後」で
これが宿南先生をはじめ、参加者の方々に波紋を投げかることになった。
それは小生にとっても嬉しい結果となり、先生、参加者の方々から
太田垣氏に絡む様々な話をお聞きすることができたのだった。

よそ者が 「何を言う!」 という厚かましさを痛感したことだったが
今度、但馬にくるべきテーマを見出せた実りの多い講座となった。

posted by うさくま at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2014年03月09日

「山名氏城跡保存会」丹波山城見学会をアテンド

ここ数日降り続いていた春の雪もあがり、今日は見事な快晴。
予定通りに「山名氏城跡保存会」の丹波山城見学会の案内役に出動した。

山名氏城跡保存会は但馬を中心に活動されていて、
丹波方面での行事は今回が初めてのこと、
会員の一人として企画運営に協力させていただいたのだ。

0309見学会資料

丹波は南北朝時代山名氏が守護職に任じたところで
篠山市内の宮田に守護所があったといい、山名氏にゆかりの山城跡も残っている。
織田信長の丹波攻めの要因となったのも、但馬山名氏の丹波侵攻に対して
黒井城主赤井直正が反撃、但馬に攻め入ったことが発端であった。
山名氏城跡保存会においても、丹波は有縁の地といえそうだ。

篠山の戦国山城といえば、波多野氏が拠った八上城跡が一番に数えられるが
今日の見学会は篠山東部の国人領主の山城に着目
波々伯部氏の淀山城と東山城、籾井氏の安田城、
そして、荒木氏の細工所砦をピックアップさせていただいたのだった。

続きを読む
posted by うさくま at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2013年11月17日

山名氏城跡保存会 例会で新温泉町へ

丹波の朝霧をついて、山名城研の例会で但馬の温泉城跡登山に遠征。
丹波から但馬へ通じる自動車道も一面の霧、途中左手に見えてくる
天空の城―竹田城も霧に包まれて見えなかい、
夜のニュースでは竹田城は見事な雲海だったそうな・・・、残念。

集合地の湯村温泉まで二時間足らず、驚くばかりの時間短縮である。

山名会_温泉城01
東方から温泉城跡を遠望

続きを読む
posted by うさくま at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2013年05月26日

山名城研、楽々前城見学会に参加

山名城跡保存会の楽々前城跡見学会に参加した。
この四月に山城仲間の三宅さんと登ったばかりだが
楽々前城跡は何度登っても飽きるところがない。
今回は、楽々前城跡を知り尽くした西尾会長のガイド
ディープでコッテリした楽々前城跡攻めとなった。

楽々前201305_01
北方より楽々前城跡を見る

集合場所に着いたときには、
すでに三十人ばかりの参加者の姿、遠く鳥取から来られた方も…
未だ、山城人気は衰えをみせていない。

続きを読む
posted by うさくま at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2013年03月24日

ありこ・このすみミニ歴史講演会 で家紋講演

今日は山名氏城跡保存会のミニ歴史講演会で
「家紋の起りと但馬武士の家紋」と題した講演をつとめさせていただいた。続きを読む
posted by うさくま at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2012年11月18日

山名城研の見学会に参加、浜坂に遠征

山名氏城跡保存会、今年最後の城跡見学会に参加するため但馬に出陣。

今日の訪城は、但馬の西部、兵庫県北西部の町―浜坂にある
相応峰寺城と芦屋城の二つ。相応峰寺城は山岳寺院を城郭化した山城、
芦屋城は有力国人塩冶氏が拠った山城として知られたところだ。

あらかじめナビで距離と所要時間を調べたところ
丹波からは110km、約三時間半という長丁場!う〜む、浜坂は遠い。
しかも、外は八上城登山を中止に追い込んだ昨日来の小雨がシトシト降っている。
ひょっとしたら中止かも知れないな〜などと思いながら、
午前六時過ぎ、未だ夜明け前の薄闇のなかを出発した。

 
相応峰_01

続きを読む
posted by うさくま at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2012年09月16日

有子山城の整備作業に汗を流す

山名氏城跡保存会による有子山城の整備作業に出石へ遠征。
作業への参加は、昨年に引き続いて二回目、
今年は新聞に記事が出たそうで、二十人を越す参加者が揃った。
かくいう我が家も今年は家内が加わり、ウサクマ打ち揃って汗を流した。

有子整備_01
作業前、主郭を見上げる

続きを読む
posted by うさくま at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会