2015年09月20日

恒例、有子山城跡整備作業に参加

ここ数年の秋の恒例行事である
山名城研の有子山城整備作業に混ざって汗を流してきた。
今日の参加者は約30人、
はじめて参加したころに比べると大人数になった。

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でこぼこの林道を登りきると城跡
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変らぬ主郭からの絶景
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シダの繁茂する曲輪と格闘
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スッカリ、きれいになった有子山城

コツコツと城研のみなさんが頑張ってきた成果に、
加えてあい変わらぬ山城ブームがあるのだろう。
こういう汗のかきかたは健康的でグーです。
が、人が増え過ぎるのも微妙な感がしなくもない。


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作業が終わった後は、まいど恒例になった
出石ソバで腹を満たす。
今日は、連休のはじめということもあって
随分またされてしまったが、相変わらず美味かった(かも)
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2015年03月29日

山名氏城跡保存会、年に一回の歴史講演会を拝聴

山名氏城跡保存会、年に一回の歴史講演会に豊岡へ。
今日のお題は「垣屋豊続と小代一揆の城郭」、
講師は保存会会長の西尾先生だ。

ひさしぶりの但馬遠征ということでもあり
山城の一つでも登りたいところだが、生憎の雨。
以前より気にかかっていた「にしかた日記」をゲットしようと
豊岡図書館に寄ってみた。

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2015年02月28日

三木城と付け城跡を探訪する

今年初となる山名氏城跡保存会の山城見学会に参加。
本日のメニューは播磨三木城攻め付け城群跡の探訪、
引率は保存会の西尾会長。
城跡ガイドは三木城付け城群のマイスター宮田逸民さん!

心配な天気も好天! 集合場所になる
「道の駅 みき」 に向かって車を飛ばした。
保存会の女房役である K 事務局長が
残念な怪我で入院中ということもあったが
参加者は21人の大盛況!数台に分乗した
マイカー軍団が列をなしての城めぐりがスタートした。

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2014年09月21日

城整備、そば、寺&家紋、出石を堪能する

天気予報では「大雨」だったが、昨日に引き続いて好天気。
予定通りに山名氏城跡保存会恒例になっている
秋の有子山城跡の整備作業に遠征。

集合場所となる出石明治館近くの駐車場に集まった参加者は20人以上、
さらにサンテレビ、神戸新聞などなどの
マスコミのみなさんも取材に同行という賑やかさ。

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はじめて参加させていただいたた四年前のころを振り返れば、
山名氏城跡保存会の活動がメジャーになったことを実感する。
会の地道な活動に加えて山城ブームが追い風となった結果であろう。

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2014年08月24日

あの竹田城、あまりにディープな見学会

昨日に引き続き戦国山城攻めに出陣。
今日は山名氏城跡保存会の「竹田城&観音寺山城見学会」である。
本来なら昨年の八月に実施される企画だったが、
大雨で流れ、一年間のブランクをもって仕切り直しとなったのだった。

一気に火が付いた竹田城ブームは衰えることを知らず、
いまでは見学ルートが設定され、自由な城歩きは御法度状態となっている。
保存会からの情報によれば会長の顔利きで、
本来なら入れない所も見学できるとのことだった。

気になる今日の天気は、予報によれば
「晴れのち曇り、夕方から雨」という何とも微妙なもの
ともあれ、集合場所を目指して丹波から但馬へと車を飛ばした。

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2014年06月15日

此隅山城整備作業に汗を流す

今日は早起きして但馬に遠征。
天気は快晴、目的地は此隅山城。
山名城研保存会による城跡整備作業への参加である。

山名整備作業0615-01
改修工事で天井が高くなった、丹波と但馬を結ぶ遠阪トンネル

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2014年05月11日

但馬東部の境目を固める磯部氏館、新堂向山城に登る

腎盂炎(膀胱炎を併発)を発症して10日ばかり、
順調に回復していることもあって
昨日はリハビリを兼ねて篠山東部の家紋探索に出かけてきた。
疲れはあるものの体調はまずまず、ということで
予定通りに山名氏城跡保存会の見学会に参加するため但馬に遠征した。

今日のターゲット山城は、山東町に位置する新堂向山城跡と磯部氏館跡。

山名会_新堂01

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2014年03月23日

このすみありこ歴史講演会、宿南保先生の講座を拝聴

今日は、山名氏城跡保存会、一年しめの「このすみありこ歴史講演会」。
昨年、恥ずかしながら家紋講座をやらせていただいてから一年、
時間の経つのは、おそろしく早い。「日暮れて道遠し」を実感するばかりだ。
さて、今回の講師は但馬史研究の第一人者で播磨屋も多大な恩恵を被っている
宿南保先生、お題は
「中世の山城―竹田城と此隅山城に迫る〜太田垣氏と山名氏の関係〜」だ。
待ちに待った今日の講演、逸る心を抑えつつ一路出石を目指したのだ。

ありここのすみ2014

宿南保先生は小柄な方で、御年八十五歳。
その著作「但馬の中世史」において、現代に通じる山城研究論を展開
但馬の山城のみならず広く山城研究に先鞭を付けられた。
当然、小生の愛読書の一冊である。

宿南氏の講義は、高齢からくるものであろうか
ゆったりとしたペースで進み、予定の時間を残して終わってしまった。
いささか食い足りないものではあったが、ご本人の尊顔を拝し
永年にわたった研究の一端を拝聴できただけで「よし!」とした。
ところが、質問タイムとなったところで挙手される方がいない。

見ると山名研事務局長のKさんが「質問を!」という目線を送られてくるではないか!
「む〜!」それではと、蛮勇を振るって質問をさせていただいた。
山名氏の両輪といわれた「垣屋氏と太田垣氏の家系、その後」で
これが宿南先生をはじめ、参加者の方々に波紋を投げかることになった。
それは小生にとっても嬉しい結果となり、先生、参加者の方々から
太田垣氏に絡む様々な話をお聞きすることができたのだった。

よそ者が 「何を言う!」 という厚かましさを痛感したことだったが
今度、但馬にくるべきテーマを見出せた実りの多い講座となった。

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2014年03月09日

「山名氏城跡保存会」丹波山城見学会をアテンド

ここ数日降り続いていた春の雪もあがり、今日は見事な快晴。
予定通りに「山名氏城跡保存会」の丹波山城見学会の案内役に出動した。

山名氏城跡保存会は但馬を中心に活動されていて、
丹波方面での行事は今回が初めてのこと、
会員の一人として企画運営に協力させていただいたのだ。

0309見学会資料

丹波は南北朝時代山名氏が守護職に任じたところで
篠山市内の宮田に守護所があったといい、山名氏にゆかりの山城跡も残っている。
織田信長の丹波攻めの要因となったのも、但馬山名氏の丹波侵攻に対して
黒井城主赤井直正が反撃、但馬に攻め入ったことが発端であった。
山名氏城跡保存会においても、丹波は有縁の地といえそうだ。

篠山の戦国山城といえば、波多野氏が拠った八上城跡が一番に数えられるが
今日の見学会は篠山東部の国人領主の山城に着目
波々伯部氏の淀山城と東山城、籾井氏の安田城、
そして、荒木氏の細工所砦をピックアップさせていただいたのだった。

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2013年11月17日

山名氏城跡保存会 例会で新温泉町へ

丹波の朝霧をついて、山名城研の例会で但馬の温泉城跡登山に遠征。
丹波から但馬へ通じる自動車道も一面の霧、途中左手に見えてくる
天空の城―竹田城も霧に包まれて見えなかい、
夜のニュースでは竹田城は見事な雲海だったそうな・・・、残念。

集合地の湯村温泉まで二時間足らず、驚くばかりの時間短縮である。

山名会_温泉城01
東方から温泉城跡を遠望

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2013年05月26日

山名城研、楽々前城見学会に参加

山名城跡保存会の楽々前城跡見学会に参加した。
この四月に山城仲間の三宅さんと登ったばかりだが
楽々前城跡は何度登っても飽きるところがない。
今回は、楽々前城跡を知り尽くした西尾会長のガイド
ディープでコッテリした楽々前城跡攻めとなった。

楽々前201305_01
北方より楽々前城跡を見る

集合場所に着いたときには、
すでに三十人ばかりの参加者の姿、遠く鳥取から来られた方も…
未だ、山城人気は衰えをみせていない。

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2013年03月24日

ありこ・このすみミニ歴史講演会 で家紋講演

今日は山名氏城跡保存会のミニ歴史講演会で
「家紋の起りと但馬武士の家紋」と題した講演をつとめさせていただいた。続きを読む
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2012年11月18日

山名城研の見学会に参加、浜坂に遠征

山名氏城跡保存会、今年最後の城跡見学会に参加するため但馬に出陣。

今日の訪城は、但馬の西部、兵庫県北西部の町―浜坂にある
相応峰寺城と芦屋城の二つ。相応峰寺城は山岳寺院を城郭化した山城、
芦屋城は有力国人塩冶氏が拠った山城として知られたところだ。

あらかじめナビで距離と所要時間を調べたところ
丹波からは110km、約三時間半という長丁場!う〜む、浜坂は遠い。
しかも、外は八上城登山を中止に追い込んだ昨日来の小雨がシトシト降っている。
ひょっとしたら中止かも知れないな〜などと思いながら、
午前六時過ぎ、未だ夜明け前の薄闇のなかを出発した。

 
相応峰_01

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2012年09月16日

有子山城の整備作業に汗を流す

山名氏城跡保存会による有子山城の整備作業に出石へ遠征。
作業への参加は、昨年に引き続いて二回目、
今年は新聞に記事が出たそうで、二十人を越す参加者が揃った。
かくいう我が家も今年は家内が加わり、ウサクマ打ち揃って汗を流した。

有子整備_01
作業前、主郭を見上げる

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2012年08月26日

但馬八木城を再訪、念願だった土城踏破も達成!

昨日の東山城整備作業と城跡探索に続き
今日は山名氏城跡保存会の見学会に参加して但馬八木城に遠征。
天気は暑さを予感させる快晴、集合場所である下八木公民館に到着して驚いた。
この炎天下の見学会に、二十人以上の参加者が集まっておられ、遠くは大阪から来たという方も。さすが国指定史跡の但馬八木城だけのことはある。

但馬八木_01
山麓の里屋敷址から城址を遠望する

但馬八木城は山名四天王の一人に数えられる八木氏の築いた城で
京から丹波を経て但馬、そして因幡へと通じる山陰道を押さえる位置にある。
八木城は石垣造りの「石城(八木城)」と、土で造られた「土城(古八木城)」とがあり、前者は八木氏のあとに入った別所氏の手になるものといい、後者が八木氏の築いたものだといわれている。

但馬八木城は、六年前に「石城」に登って以来、再訪を目論んでいたところで
今回の城保会の「八木城・古八木城」見学会は願ってもない企画であった。

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2012年05月13日

豊岡の戦国山城をハシゴする。

山名氏城跡保存会の山城見学会に参加して
垣屋氏ゆかりの戦国山城を攻める。

今日、攻略予定の城は、垣屋氏が豊岡進出の橋頭堡になったという
海老手城、森津城、そして伊賀谷城の三城。
集合は海老手城近くのパーキングエリアに午前九時
丹波から但馬豊岡までは約二時間の行程、朝七時出発だ。

山名_見学会

集合地にギリギリに到着、西尾会長の解説を聞いたのち、
まず、一番目の海老手城へ。

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2011年11月13日

但馬香住の山城をハシゴする

山名城跡保存会主催の山城見学会に参加して但馬の山城に登ってきた。
目的地は、香住駅南すぐの小山にある志馬比城、佐津駅海側の山上にある無南垣城(館山城)の二城。参加者はウサクマ含めて十二人、ガイドは保存会会長で城郭研究家の西尾氏。
天気は曇り空、朝方まで甘が降っていたこともあって湿度の高さが気になったが、天気予報では曇りのち晴れ、夕方ごろより雨とのこと。まずは、車を列ねて志馬比城へと向かった。

山名会_2011-1113

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2011年09月18日

有子山城整備作業に参加

但馬出石にある有子山城の整備ボランティアに参加した。
有子山城は但馬山名氏が終焉を迎えた城で、江戸時代、山麓に出石城が築かれて廃城となった城である。

出石城の後方に聳える山上を見上げるとウッスラと石垣が見える− それが有子山城跡。山上の城跡は見事な残存状態で、国の史跡指定も受けている戦国名城だ。
有子山城への登山は、出石城側の山麓より滑り落ちるような急尾根を登る山道を利用することになるが、今日は作業道具もあり、普段は通行禁止になっている山道を車で城跡まで走った。

有子整備_集合
作業の説明を聞く。後方の斜面は本丸(主郭)切岸、右手の谷は大堀切

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2011年08月28日

山名四天王の一人田結庄氏の鶴城に登山

山名氏城跡保存会の「山名四天王の城見学会 ― 鶴城址」に参加して、久しぶりに戦国山城を攻めてきた。応仁の乱の立役者のひとり山名宗全が出た但馬の山名氏には、垣屋・太田垣・八木・田結庄氏らの四天王とよばれる家臣がいて勢力があった。その一人である田結庄氏の居城が鶴城址である。案内役は但馬の中世山城に精通された西尾会長、いやがうえにも期待は盛り上がる。

午前八時半に大石りく母子の像の前に集合、参加者はわれわれを含めて約二十人であった。まず、すぐ背後の山上に築かれた備後衆城を見学する。備後衆城は山名政豊と俊豊父子が争ったとき、俊豊を応援する備後衆が築いた山城である。山腹に正福寺が再建されたときに南の堀切が埋められたというが、主郭の土塁、尾根筋の堀切、北斜面の畝堀などがよく残っていた。

備後衆城_登る 備後衆城_堀切
備後衆城へ   備後衆城主郭東方の堀切

備後衆が拠った城というわりに規模は小さいが、サクッと登れて、コンパクトにまとまった遺構群をサクッと探索できるところであった。備後衆城址を下山したあと、夏の陽射しのなか鶴城址へと移動する。

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2011年06月05日

但馬‐但東町にある金蔵寺城址に登る

山名氏城跡保存会主催の「金蔵寺城」見学会に参加して、ひさしぶりに但馬の山城に登ってきた。

集合場所は但東町虫生にある安牟加神社、時間は九時半ということで、早めに家を出て但東町へと向かった。舞鶴若狭道春日インターチェンジより豊岡自動車道に入り、山東インターチェンジを降りて夜久野町の天谷峠を越えて但東町へと至る道をひた走った。
天気は雲が多いもののまずまずの気配、集合場所へは二十分前位にはつきそうな按排で快適に走っていた。ところが、天谷峠手前の板生あたりで異音が…??。車を停めて見たところ、何と!左後方の車輪がパンクしているではないか!。集合時間に遅れるかも…?、なんとも前途多難を予感させる事態に気分が萎えたが、気を取り直して急ぎスペアタイヤに履き替え、どうにか九時半ぎりぎりに集合場所に到着することができた。

金蔵_パンク
スペアタイヤで何とか到着

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posted by うさくま at 05:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会