2013年06月30日

阿倍野から梅田あたりをブラブラ歩き

昨日の戦国倶楽部オフ会ののち、大阪の長男宅に宿泊。
今日は、大阪の史跡散策に汗を流すことに決定、まずは
天王寺駅前発のチンチン電車に乗って東天下茶屋駅へ。
まずはかねてより行きたいと思っていた安倍清明神社に参拝だ。

阿倍野ちんちん電車

安倍晴明神社は陰陽師安倍晴明の生誕地といい、晴明が祭神である。
境内には晴明の母といわれる信太の狐であろう「葛之葉」の像が
まるで、信太山から晴明のもとに飛来してきたかのような
躍動感にあふれたポーズで晴明像と並んでいるのが印象的。
晴明神社の紋は、当然ながら晴明ゆかりのセーマンドーマン
社務所を覗くと晴明ゆかりの神社らしく占いが売り物のようだ。

阿倍野2013063-02

阿倍野2013063-01 

安倍晴明神社は代々晴明の子孫という保田氏が神職であったが
明治維新で没落して、いまは阿倍王子神社の末社となっている。
阿倍王子神社は熊野詣の流行によって熊野街道筋に置かれた
熊野神社の末社群、いわゆる熊野九十九王子のひとつ阿倍野王子の故地で
境内には巴紋とともに三つ足のカラスが描かれている。

阿倍野2013063-03

阿倍野一帯は古代豪族阿部氏に由来するところで
阿倍氏は氏神、氏寺を建立し、阿倍野の地名が生じる礎を築いた。
難波宮が廃されると阿部氏は大和に還住したため、阿倍社も衰退したが
のちに弘法大師が再興したのだという。その古代豪族阿倍氏ゆかりの地に
居住していた安倍保名と葛之葉との間に生まれたのが安倍晴明であった。

安倍晴明神社、阿倍王子神社の周辺は、いまは住宅の密集地だが、
神社の境内に漂う神韻とした空気、界隈にわずかに残る
熊野街道の佇まいが賑やかだった往時を彷彿とさせるところだ。


ふたたび阿倍野に戻って、今度はキタの寺院めぐりだ。
天満宮北の東寺町界隈の緒方洪庵の墓所、山方蟠桃の墓所を訪ね
嵯峨源氏の祖にあたる源融にゆかりの太融寺へ。

太融寺2013063-01 大阪梅田の一角とは思われない境内

太融寺の一角には淀君の墓所が祀られているが、
今日の目的は太融寺の寺紋である。見れば、一文字に三つ星である。
「お〜!、流石は嵯峨源氏の祖にゆかりの寺らしい紋だ!」と
独り合点をしたのだが、どうやら暑さと疲れにやられていたようだ。

太融寺2013063-02

嵯峨源氏といえば渡邊氏、渡邊氏の紋といえば「三つ星に一文字」
「一文字に三つ星」は、毛利氏に代表される大江一門の代表紋ではないか。
気付いてもあとのまつり、まさに痛恨のミス!
また日を改めて太融寺に出かけていって、寺紋の由来を聞かねば!
無駄と言えば無駄なことだが、「それもまた楽しからずや」である。

posted by うさくま at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 街歩き
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