2011年06月11日

会津坊さんをアテンドして綾部へ

会津地方の戦国時代と武将、なかでも山ノ内氏のコンテンツでは出色というべきサイト
「奥会津戦国記」マスターの会津坊さん(本名は伏す)が来丹された。


会津坊氏は戦国時代とは別に幕末の京都で活躍した会津藩士の歴史も調べておられて、丹波から綾部に残る会津藩士の足跡を訪ねて何回か来丹されているとのことであった。今年も鳥羽伏見の合戦で敗れた会津藩士が綾部の上林谷を通って若狭へ敗走した道、宿などを訪ねる予定というので、お節介かとは思ったがアテンドを申し出たのである。

上林-由良川 由良川−山家の渡し

綾部といえば旧知の95さんに、これこれしかじかと会津坊氏の来丹のことを話し、綾部上林谷に会津藩士に関わる史跡や伝承はないかと教えを乞うたところ、敗走する会津藩士を宿泊させた「ワカマツヤ」という旅館跡があるとのこと。さらに綾部歴史資料館の館長、郷土史家の方々も訪ねましょうと嬉しいサポートをいただけることになった。

綾部に向かう舞鶴自動車道はおりからの雨降りで、せっかくの綾部歴史探訪も悩ましいことになりそうな感じであった。ともあれ会津坊氏・95さんと綾部駅で落ち合い、最初の訪問地である資料館へと向かった。ところが資料館は休館日、仕方ないので喫茶店でお互いの顔合わせをしてのち、上林谷の史談会の方々の会議に乱入させていただくことになった。

会議が終わったのち、由良川と上林川の合流点にある渡しを見学、河岸段丘を形成する由良川は深い谷をなし、吊り橋から見下ろす渡しは●●の縮む下方にある。ついで、立岩を見物して和知で昼食、史談会のAさんの案内で会津藩士が宿泊した「ワカマツヤ」跡を訪ねた。いまは、街道側に明治のはじめに建てられたというモダンな(当時としては)建物が残るばかりだが、会津坊氏は感慨深そうであった。その後、Aさんの家にお邪魔して上林谷に残る会津藩士の伝承、戦国時代から現代に至るまでのさまざまなお話を聞かせていただく。

上林-わかまつや
会津藩士が泊まったというワカマツヤ

Aさんのお宅を辞したのち、江戸時代に上林谷の入り口である山家一万二千石の大名であった谷氏の陣屋跡を訪ねる。上林谷には山家の谷家、上林に旗本藤掛氏らが領地を有しており、谷氏、藤掛氏らの家に会津藩のことが伝来しているのではなかろうか?と思ったが、両家ともに幕末会津藩士に関する史料は残されていないようだ。敗走する会津藩士の存在は一大事件であったと思われるが、歴史の記述というのは杓子定規あるいは我が身大事なものなのであろう。Aさんが「野史の方がズッと面白いが、歴史家から下らないとみなされたり、語り継ぐ人がいなくなると失われてしまう」とおっしゃっていたのが印象的であった。

上林-山家陣屋
 山家陣屋跡から山家の町を遠望

その後、会津藩士が若狭を目指して敗走したであろう上林谷を北上、途中、郷土史家の川端先生を訪ねたが生憎の留守でお話を聞けなかった。ともあれ、上林谷より若狭へ通じる道と丹後方面へと通じる分岐点にあたる大町交差点まで移動、そこから会津藩士たちは若狭へ抜け日本海側を通って遠く会津の地まで逃れ去ったのである。帰り着いた藩士たちを待っていたのは、戊辰戦争であり会津城の落城、斗米藩への転封であった。その間、会津藩士たちは歴史に翻弄され続け、上林谷を駆け抜けた藩士たちの何人が生き残ったであろうか。
「ワカマツヤ」に宿泊した会津藩士は持ち合わせがなかったため宿賃を払わずに出立していったが、のちに、遠く会津から宿泊代が送られてきたという。傍若無人な振る舞いが多かったと伝えられる官軍に比べて、なんともいい話ではないか。


大町交差点で、会津坊さんたちの上林谷歴史探訪はひとまず終わりとして、綾部駅まで送らせていただいた。来年は但馬の与布土にある寺に伝来する会津藩から拝領したという羽織に据えられた「会津葵」の図柄を確認にきたいとのことで、その会津に関わる歴史探索ぶりには頭が下がった。今回、95さんをはじめとして綾部の方々にはお世話になった。歴史を媒介として人の輪が広がり、新しい知識をえられるのは、なんとも嬉しいことである。
posted by うさくま at 17:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史探索
この記事へのコメント
初めまして。系図探求をしているものですが、自身の先祖の系譜について調べている時に、会津坊さんのサイト(http://www.geocities.jp/rockfish384/index.htm)にたどり着きました。連絡をとりたいのですが、ゲストブックも書き込めない状態で、連絡先もわかりませんので、他に方法がないかと、検索していたら、こちらの記事を見つけました。ここでお尋ねするのもぶしつけなことと承知しておりますが、会津坊さんと連絡を取る方法があれば、教えていただけるとありがたいです。
Posted by kayo at 2016年02月11日 22:58
書き込み、拝読しました。
会津坊さまとは、綾部でご一緒したきりで
その後、こちらも音信不通状態です。
お元気にされていると思っているのですが
サイトがそのような状態だったとは・・・

もし、連絡を頂けるようなことがありましたら
こちらに書かせていただきますね。
Posted by うさくま at 2016年02月13日 07:17
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