2011年05月05日

四たび目の黒井城攻めを堪能する

今日は、かつての同僚でツィッタ―仲間でもあるfakefuru さん、相方と三人で丹波黒井城を攻めた。三日の綾部方面の山城、昨日の三尾山城につづく三連荘の丹波戦国山城攻めとなった。fakefuru さんは戦国山城攻めははじめてとのことで、三段曲輪→太鼓の段→東出丸を経て主郭へと登るコースを選んだ。

ここ数日、遠くの山が霞んでしまうほどに黄砂がひどかったが、今日の丹波は雲ひとつない快晴、山の木々も新緑に包まれ、抜群の山攻め日和となった。太鼓の段を過ぎ、東の出丸に続く急斜面の道なき道を進んでいたとき、アッという間もなく斜面を五メートルばか滑落、身をもってfakefuru さんに城攻めの醍醐味をお見せしてしまった。

黒井_太鼓段 黒井_滑落
太鼓の段から黒井の町を俯瞰  滑落跡も生々しい斜面

服はドロドロ、手や腕にかすり傷を負ったが、カメラが無事でホッと一安心であった。戦国時代なら間違いなく討死しているところであった。

東出丸から主郭へは険しい近道コースとらくらくコースがあるが、城攻めの主旨を尊重して急斜面を這うようにして主郭を目指した。おりからの快晴で主郭からの眺望は抜群、主郭部一帯の石垣群と曲輪の切岸、横堀などなどfakefuru さんは大満足の体で写真撮影に忙しい。案内してきた甲斐があったというものである。山上からの展望と城址を堪能したあとは、食事をとり、二の丸から千丈寺砦へトレッキング。

黒井_本丸 
主曲輪部の本丸から黒井の町を俯瞰
黒井_三の丸 黒井_二の丸 黒井_西ノ丸
三の丸の石垣  二の丸と本丸 んも間の横堀  西の丸の堀切

主郭西方に見える千丈寺山を目指して、西曲輪よりロープをつたいながら激斜面を下り、尾根筋の岩場を撒きながら二の丸東方の斜面を攀じ登る。二の丸は東方を主郭として西に曲輪が続き、曲輪間は堀切で切られ、土塁・塹壕状の横堀、櫓の存在を思わせる土壇など見どころの多いところである。
黒井城の主曲輪群を石の城とするならば、土の城というべき遺構で、西の千丈寺山砦、南尾根先の兵主西砦、北尾根筋を固める龍ヶ鼻砦などの城砦群を繋ぐ要の位置に存在している。主曲輪部の石垣は赤井氏が没落したのちに城主となった斎藤氏が改修の手を入れたものであり、二の丸は赤井氏時代の古い遺構をよく残したところといえそうだ。黒井城址に登った山城ファンの皆さんには、ぜひ二の丸にまで足を伸ばしていただきたいものである。

黒井_千丈寺遠望 黒井_兵主峠 黒井_尾根道
尾根筋より千丈寺山を遠望  堀切のような尾根筋の兵主峠  若葉が清しい尾根道

二の丸から千丈寺山砦までは、細い尾根道が続き、おりから新緑のトンネル状を呈していて快適な山歩きが楽しめた。途中には繋ぎの砦址が散在し、見晴らしもよく、堀切を思わせる兵主神社方面に通じる峠、大野方面から登ってくる峠などが交差する二の丸と千丈寺山砦とを結ぶ尾根道は、黒井城にとって重要な城道であったことが実感された。
千丈寺山砦は山頂の曲輪を中核として、西方尾根筋に小曲輪を数段、北斜面に竪堀を落とした小ぶりな出曲輪である。全体に樹木が繁っていて現況での見晴らしは悪いが、往時は西南方面に睨みを利かす絶好のところにあり、曲輪の南面は土塁で防御されている。そして、東方の主曲輪部と二の丸、尾根筋の砦群を西方から固める重要な砦であったことがうかがえる。
 
黒井_千丈寺山
千丈寺山より主曲輪を見る
黒井_千丈寺山砦 黒井_兵主西砦 黒井_尾根の大岩
千丈寺山砦の土塁  尾根筋より兵主西砦を見る  主曲輪手前尾根の大岩

千丈寺山砦からの帰路をどうするかで悩んだが、順当に来た尾根筋を二の丸→主曲輪部へと戻ることにした。尾根筋を主曲輪方面に歩いて行くと、黒井城の西方に対する備えが体感でき、千丈寺山砦を攻略した敵軍(明智軍?)が西方から主曲輪方面へと攻め込む気分を味わうことができた。こういう城歩きを楽しめるのも、大規模な城域を有する戦国山城ならではのものである。
 
主曲輪で小休止をしたのち、大手道ともいうべき石踏の段経由で下山することにした。石踏の段からの眺めも抜群で、眼下には城下町が広がり、東方には悪右衛門直正の弟赤井幸家が拠った三尾山城、荻野一族が拠った朝日城などが一望である。
石踏の段の一角にある赤井一族の顕彰碑に記された漢文を読み下そうとしたが、白文のうえに読みにくいところもあり歯が立たなかった。面白かったのは、明智光秀の名が記されていたのであろう箇所が削られていたことで、心ない赤井ファン、もしくは光秀ファンが悪戯をしたものと思われた。歴史上の人物に対する毀誉褒貶の難しさを考えさせる削り跡ではあった。

黒井_石踏段
石踏の段から黒井の町を俯瞰

黒井城を下山したのち、小腹も空いたことであり、御馴染の「王将」で軽くビールと餃子をぱくつきJR篠山口へと移動した。黒井城登山はこれで四度目となったわけだが、次は北の白毫寺方面より登って、今日歩いた尾根筋を二の丸経由で龍ヶ鼻砦を攻めようかと思い描いている。いやいや、兵主砦から、あるいは多田砦から東出丸を経て主曲輪へと攻めるのも面白そうだ、などと黒井城との付き合いはまだまだ続きそうである。
ところで、今回の黒井城登山で一番泣かされたのは、帰宅したのちダニであろうか 凄い痒みに襲われたことである。おそらく滑落したとき、落葉のなかに潜んでいたダニ(あるいは変な虫)に噛まれたのであろうか?五月の初めということで安心していたが、大きな油断だったようだ。ダニが出没したとなれば、山城シーズンも秋まで待機期間ということになったかも。
posted by うさくま at 19:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 丹波の山城
この記事へのコメント
グッドロケーション、ナイスルッキングな黒井城、堪能いたしました。ありがとうございます。ちゃんとオチもあったとは…さすがです。
Posted by fakefuru at 2011年05月30日 21:59
ダニだったのか?
原因不明の痒みはいまのところ
おさまりました。
これからの山城は、ダニはもとより
ヘビに藪に往生させられます。
紅葉の秋に、また登りましょう!
Posted by クマ at 2011年06月02日 21:22
はじめまして
山城ファンとして楽しく拝見させてもらっています。
黒井城には三度ほど登って、一度は千丈寺砦縦走もしました。
顕彰碑に書かれている漢文は読む能力は有りませんが削られた部分について寂しい気分になっていました。
明智光秀と書いてあったんですね。
考え方は色々あると思いますが破損させるのは良くないですね。
ちなみに私は丹波勢ファンです(笑)
Posted by まっちゃん at 2011年06月13日 23:44
まっちゃん さま

書き込み、ありがとうございます。
黒井城は何度登ってもいい山城ですね。
この秋は北側の白毫寺側より登ってみようか、
いやいや、兵主砦から攻めようか
などと、あれこれと夢想しています。

丹波は八上城、八木城、周山城などなど
いい山城がたくさんあります。
これからも訪城記をボソボソと書いていきますので
贔屓にしてください。
Posted by kuma at 2011年06月19日 12:39
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