2010年07月26日

丹後、舞鶴の城に登る

舞鶴若狭自動車道が無料化になって、そろそろ一ヶ月、
丹波に住む者にとってはまことにありがたく重宝させてもらっている。
そのようなおり、「舞鶴の山城」という本を入手、舞鶴山城研究会の方々が編集、発行されもので、素晴らしい一冊である。早速、舞鶴の山城より「これは!」といえる城址をピックアップして真夏の陽射のなか、舞鶴若狭道を舞鶴へと車を走らせた。
 
ピックアップした城址は
東舞鶴インターチェンジの眼前に聳える小山山上にある溝尻城、
丹後守護職に任じた一色氏が最期を迎えたという中山城、
そして、一色氏の四将の一人であった三上氏が拠った志高城で、
いずれも規模の大きなものばかりである。
 
丹後-溝尻城遠望
登り口の樹徳禅寺より城址を見る

丹後-溝尻城竪堀 丹後-溝尻城主郭 丹後-溝尻城堀切
城址南西部の竪堀 ・主郭切岸と愛宕神社 ・主曲輪部北端の大堀切
 
溝尻城は矢野氏が拠った城と伝えられ、主郭を中心として各尾根に曲輪が築かれ曲輪群は竪堀を伴った堀切で明確に区画されている。
さらに、南尾根先の小山に堂奥城、南西尾根先の小山に支城を築き、山全体を城郭化している。いまも、大将口、射手口、家中などの地名が残っていて、城址の遺構と併せて戦国時代の様子を彷彿させる格好のところとなっている。
 丹後国は一色氏が守護をつとめ、建部山城を本拠にしていた。
中山城は一色氏の支城として重臣が守っていたようだが、戦国時代、一色氏最期の当主となった一色義道が居城し、細川氏と戦って滅亡したところともいわれる。たしかに守護の居城としては小振りだが、由良川東側の山上に築かれた城址は、堀切をたくみに配した南北に長い縄張となっている。ちょうど、発掘調査が行われているようで、南曲輪群は山肌が剥き出し状態で柱穴址や建物の区画、切岸や腰曲輪など、当時の城址の状況がよく見て取れ、妙な臨場感があった。南曲輪より主郭部へは堀切・土塁、曲輪の切岸などがよく残っているが、夏という季節もあって藪化状態にあり、種郭より北方の探索は断念するしかなかった。
手持ちの縄張図と見比べたところ、最南端の二重堀切が消失しており、この発掘調査は道路あるいは施設の建設のための調査なのか?とも思えてきて、純粋な学術調査であることを心より願わずにはいっれない。

丹後-中山城遠望
由良川越しに城址を遠望する
丹後-中山城南曲輪 丹後-中山城堀切 丹後-中山城主郭切岸
発掘調査中か?南端の曲輪群 ・曲輪を区画する堀切 ・主郭の切岸…高い!
 
志高城は中山城より由良川を隔てて南西方に位置し、志高城を中心に館址、支城址が点在、さらに川を隔てた東方には久多美・池田谷城があり、一色氏の本城南方を堅守しているかのように城址が集中している。
国土地理院の地図を見ると、山麓の志高神社より山上の愛宕神社への道が記されているが、夏草に覆われてそれらしい道は見当たらない…、神社隣の公民館の方に登り道を聞くと志高地区の区長さんが詳しいとのことで、訪ねると親切に教えてくださった。が、最近、熊が出没するので注意してください、といわれたのには驚いた。
城址へは北西部の尾根から取り付き、堀切、北の曲輪と堀切、尾根筋の堀切を越えて主郭の愛宕神社に到着、主郭の周囲には土塁が築かれ、西方の尾根にはこの城最大の見どころである三重の大堀切が穿たれている。主郭から南西へ伸びる尾根には曲輪が階段状に設けられ、それぞれ切岸もきれいに残り、要所に竪堀、横堀が切られている。実に素晴らしい城址で、城主三上氏の丹後における勢力のほどがうかがわれる。
支城群も探索したかったのだが、熊は朝方と夕方より活動するとのことだったので、次の機会に改めて登城することにして下山した。下山して分かったのだが、われわれ(ウサクマ)が登った道は、区長さんに教示いただいた神社への参道ではなかった。いわゆる搦め手の道だったようで、より熊との遭遇度が高いコースだったようで、まずは無事に下山できて「めでたし、めでたし!」であった。

丹後-志高城遠望
東方より城址を遠望
丹後-志高城主郭 丹後-志高城堀切 丹後-志高城曲輪
主郭の愛宕神社と後方の土塁 ・主郭西の三重堀切 ・主郭切岸と南曲輪
 
いずれの城も規模の大きなものばかりで、遺構の保存状態も良好で城址に神社が祀られていることもあって登り道も明確にあって迷うことはなかった。
三つの城を登って感じだことは、それぞれ堀切が共通した特徴であったことだ。丹後には丹後の山城らしさがあり、それは丹後武士の個性からきたものであろう、一色氏が本城とした建部山城をはじめ、今回、登城を割愛した山城群の訪問を重ねて、丹後の戦国史をジックリと探索していきたいものだ。
しかし、かつて舞鶴は海軍の鎮台が置かれ、山城の多くが砲台などのの軍事施設化され、城址遺構が消滅したところも少なくないという。もっとも、山城そのものが軍事施設建設に格好のところだけに仕方のないこととはいえ、なんとも惜しまれてならない。
by kuma
posted by うさくま at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹後の山城
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