2010年07月09日

三木に行く

以前よりメールで摂津国人塩川氏の情報を
いただいていたMMさんを訪ねて三木に行ってきた。
三木は羽柴秀吉の干殺し作戦で敗れ去った
播磨の戦国大名別所氏が拠った三木城があったところで
今回で三度目の訪問である。

三木-城址s
美嚢川越しに三木城址を見る

MMさんのお宅を訪ねたあと、パラツク雨のなか
美嚢川越しに三木城址をみながら
市内をぶらりと歩いてみると、古い佇まいが残った懐かしい町だった。
さらに、帰り道の途中に三木城攻めの途中で客死した
竹中半兵衛の墓に参拝、墓所には九枚笹の紋が据えられていた。
墓所のまわりはキレイに整備され
三十代のなかばで客死した武将が手あつく祀られていることを実感する。

三木-紋 三木-街 三木-半兵衛墓
別所氏の紋を発見 ・風情のある造り酒屋の佇まい ・竹中半兵衛の墓所

さらに、車を走らせていると藤原惺窩が生まれた冷泉館址、
その北方には中世武家渡瀬氏が支配していた渡瀬が・・・。
いずれも三木別所氏に関わる史跡で、
渡瀬氏はのちに三万石の大名に出世したものの、
豊臣秀次事件に連座して自害して果てたといわれる不遇な武家だ。
渡瀬氏が築いた渡瀬城址は高校の敷地となり大半は失われてしまったというが
渡瀬氏の歴史探索と併せていつか訪ねてみたいところだ。
 
三田西インターチェンジより播磨三木に通じるコースは
随所に三木氏をめぐる戦国史が刻み込まれた、戦国ロードである。
by kuma

posted by うさくま at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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