2009年07月09日

篠山の家紋散歩

今週は梅雨らしく雨が続いている。山城登りは小休止して、ホームページの更新に精を出していた。が、ジッとしていられない性格が首をもたげてき、「そうだ、家紋を探しに行こう!」と家を飛び出した。
まず、能舞台で知られる黒岡春日神社の東方にある沢田城址の故地に立つ小林寺へ。小林寺は沢田城主であった小林氏が開基に関わる寺であり、これまで何度か訪問しているがいずれも城址探索が目的であった。城址探索がてらにそぞろ歩いた境内の墓地には小林家の墓石が林立し、寺紋でもある九曜紋を刻んだものが多かった。また、戦前の名士本郷房太郎大将の墓、篠山藩の家老であった蜂須賀兵庫の墓や顕彰碑をはじめ、かつての篠山藩士の家のものと思われる古い墓があるところで、かねてよりジックリ家紋探索をしたかったところだ。

小林寺_s
沢田山小林寺、後方の山上が沢田城址 (2008年5月5日)  

小林寺-紋_s
寺紋の九曜 (2007年1月7日)
  
墓地を歩くと、やはり小林家のものが多い。仔細に見ていくと九曜以外に、五三の桐・林の角字・横木瓜・酢漿草、さらに割菱・四つ目結の家紋を付けたものある。小林寺の小林家は同族と思われ、本来は同紋であったのではなかろうか。それが、長い時間のなかで一族が増え、家紋も多様になったものであろうが、これでは家と紋の一体関係が「失われてしまったな〜」と惜しまれた。


林字katabami.jpgtake_01.jpg

       林の角字             酢漿草             丸の内割菱 
 
目を引いたのは田塩(塩は旧字)家、丹羽家、我妻家のもので、江戸時代中ごろからの墓石も整理されて祀られている。家紋を見ると田塩家が「八つ矢車」、丹羽家が「丹の字」、我妻家が「上の字」であった。大和高取藩の家臣に田塩氏がおり、いまも長屋門が残されている。青山家と高取藩主植村家はともに譜代大名であり、篠山の田塩氏と大和高取の田塩氏は同族であろうか。丹羽氏の「丹字」はズバリ名字の一字を家紋化したもので、墓碑銘に刻まれた俗名を拝見すると平左衛門を称した人物が多いことから平氏の流れとも思われる。我妻氏の上字紋は村上氏の代表紋であり、上野から出た村上氏流吾妻氏の流れかではなかろうか。また、名乗りに「義」の字を用いた石橋氏の墓石が散在、新しい石橋家の墓石には「対い鳩」が刻まれていた。石橋氏は清和源氏の流れが知られ、鳩は清和源氏が信仰した八幡神の使いである。小林寺に眠る石橋家のルーツは、源氏から出たものであろうか。


八つ矢車丹字上の字

       八つ矢車             丹の字               上の字
 
さらに見ていくと、山崎氏の「檜扇に目結」、榊原家の「源氏車」、緒形家の「三つ鱗」など、有名な大名・武家と同姓同紋のものも多く、それぞれのルーツをたどればその一族にあたる家々であろうと想像される。一方、興味を引いたのは毛利家の墓に刻まれた「三つ星に一文字」紋だ。三つ星に一文字は別名「渡辺星」とも呼ばれて渡辺氏の代表紋とされるものである。毛利氏は戦国大名として名を馳せた毛利元就が有名で、その紋は「一文字に三つ星」としてこちらも超有名なものだ。「三つ星に一文字」と「一文字に三つ星」は、一文字が上か下かだけの違いといえばそれまでのことだが、家紋としてみた場合、その差は決定的なものである。毛利家の「三つ星に一文字」はいかなる経緯で用いられるようになったのか?、あるいはいつのころにか一文字の位置が上下が逆になったものであろうか?…謎は深い。


三つ星一文字一文字三つ星

    三つ星に一文字          一文字に三つ星
 
他にも西の青山家、東の青山家、西羅家、波部家など気になる家々があり、アッという間に時間が過ぎてしまった。機会をみつけて篠山藩の分限帳にあたり、それぞれの家の歴史を調べたいと思っている。墓地内を行きつ戻りつしながら墓石に見入っている姿はまことに怪しい、変人そのもであったろうが、「いや〜!家紋って本当に面白い」  by kuma

 
【その後】
篠山藩の分限帳を探しに市立図書館へ行ったが、活字化されたものはないとのことであった。書庫に何か史料があるかもとのことで、入れてもらい探させてもらったところ藩士の名簿らしきものがあったが、分限帳そのものは見当たらなかった。一方、幕末のものといわれる篠山藩城下町の絵図を見る機会があり、そこから藩士の名字を拾っていくと
堀内の重臣屋敷のなかに
蜂須賀彦助、石橋傳十郎、西の青山長十郎、東の青山衛
南堀端、東堀端の家臣屋敷のなかに
石橋軍治、蜂須賀勇吾、山崎鴻之助、田塩弥兵衛、我妻準作、丹羽平馬、榊原潤太郎、緒方一郎、波部善之進
など、小林寺の墓石群の先祖たちと思われる名字が記されていた。今後、史料にあたりながらジックリと探索していきたい。
posted by うさくま at 17:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 家紋
この記事へのコメント
初めまして、篠山市沢田在住の者です。
非常に興味深く見させていただきました。
小林寺の墓地は年に数回お参りし、清掃作業もしています。その中で墓名や家紋をいつも目にし、古き時代に思いを馳せていました。今、このHPを拝見させていただき、新たな思いで今後の墓参の折には新たな発見をしたいと思う次第であります。以前、青山藩の藩校振徳堂の藩儒関世美先生の墓が小林寺にあると聞き、篠山鳳鳴高校のHPに掲載したことがあり、その周辺には、青山藩所縁の墓が多く、面白い所です。また、墓碑銘のある所もあり、いつかは読みたいと思っています。
今後もともよろしくお願い申し上げます。
Posted by 小林 俊彦 at 2017年08月16日 13:22
小林さま

書き込みありがとうございます。
沢田の小林寺さまの歴史は
背後の城址を含めて興味深いものがあります。
また、境内墓地は篠山藩にゆかりの墓が多く
折をみてお邪魔して家紋を拝見しております。

篠山には観音寺さん、誓願寺さん、妙福寺さんなど
篠山藩士にゆかりのお寺があり、家紋拝見に
お邪魔しているのですが、昨今、
墓地を整理されるところがあったりして
残念に思うことも多々ございます。

古い墓は祀る人がいなくなると整理されることが多く
また、昨今の墓事情もあって江戸時代の墓も
近い将来なくなってしまうのかな?と思えば時間の許す限り、
篠山の古墓地を歩いて家紋を採取したいと考えています。

今後とも、よろしく、お願いいたします。
Posted by 播磨屋(うさくま) at 2017年09月17日 06:34
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