2009年03月17日

石鳥居から一本杉を経て穴太へ

一乗寺山城址を探索したのち、天気も良好、予定通りもう一つの一乗寺山城址(仮に比叡一乗城址)を探りながら一本杉へ、そして、壺笠山城址を攻略して穴太へと下ることにした。まず、城址から石鳥居まで歩き、そこでウサ手作りのオニギリで腹ごしらえを済ます。

一本杉-石鳥居
石鳥居、鳥居右手の山道を登る

石鳥居から山道に取り付く、よく踏み固められた道は快調そのものだ。途中、城址のような地形が現われるが、規模からみて比叡一乗城址の前線基地であろうか。山城は恒久的に造られた近代の城と違って、合戦のたびに構えられた・・・いわゆるキャンプ地のようなものだ。それゆえに、戦いが終われば壊されるか、捨て去られることになり、遺構は風化にさらされ城址と判断するのがまことに難しいことになる。

一本杉-山道 space_w 一本杉-砦跡 space_w 一本杉-分岐
一本杉へ  砦跡の遺構か?  比叡アルプスとの分かれ道

ともあれ尾根道を歩くこと約二十分、一本杉と比叡アルプスの分岐点に到着。一本杉方面にしばらく歩くと、曲輪跡と思わせる削平地が連続する地形が現われる。さらに尾根方向に巻いて行くと、堀切、曲輪が連なっている。高い切岸、連続する帯曲輪、さらに一本杉方向の尾根を穿つ堀切など、相当な規模の山城のあとだ。比叡一乗寺城址は浅井・朝倉連合軍が比叡山と協調して、織田信長と対峙したときに構えた山城である。城址と思われる一帯は、比叡山も間近に見え、相当の兵員が収容できる広さである。一本杉と一乗寺山方向とを結ぶ道を扼する立地といい、断言はできないが限りなく比叡一乗寺城の遺構と思われた。

一本杉-城址1 space_w 一本杉-城址2 space_w 一本杉-城址3
比叡一乗城址か? 堀切、帯曲輪、切岸が見事に残る遺構群

一本杉-比叡遠望 space_w 一本杉-展望台 space_w 一本杉-東海道
途中の道から比叡山を望む  一本杉に到着  東海自然歩道に進む

比叡一乗城址より一本杉へ続く尾根からは左手に比叡山、右手には遠く比叡平が見え隠れする。やがて、一本杉に到着、展望台からは京都市街、大津市街、琵琶湖を一望できる。一息いれて、比叡山ドライブウェイから分岐する東海自然歩道へ。自然歩道もよく踏み固められた快適な道だ。やがて、絶壁のような急坂に設けられた段々が続き、慎重に降り立ったところが穴太方面と滋賀里方面との分岐となる。迷うことなく穴太方面の道をたどったが、道は谷筋の広い林道となり、めざす壺笠山に行くとは思われない。途中で発見した山道に分け入ると、尾根のところで東海自然歩道と合流した。が、右か?左か?どちらに行けば壺笠山に通じるのか分からない。直感をたよりに右方向をたどると、なんと比叡山ドライブウェイが目の前に・・・、先の分かれ道から上がったところへと逆戻りをしてしまったのだ。気を取り直して、いま登ってきた道を引き返す。先の合流点を通り過ぎ、手元の地図で地形図を頭に描きながら、ひたすら山道を上り下りする。やがて、壺笠山と穴太の分岐を示す看板が現われ、細尾根を登っていくとやっと目指す壺笠山城址に到着だ。
主郭を取り巻く帯曲輪に足を踏み入れると、足元には石が散乱、切岸の一部には石垣が残っている。主郭は雑木と藪に覆われ、まったく眺望はきかない。往時は、比叡山はもとより、琵琶湖対岸の草津から西南山麓の大津一帯が手にとるように見えたことであろう。城址は思った以上に小ぶりで、この程度の城を山麓からかなり隔たった山上に築く必要があったのかと首をひねるところだ。あとで調べてみると浅井・朝倉勢は、比叡山上に陣取ったとき比叡山の各所に城砦を構えた。壺笠山城は山麓に陣取る織田勢の動きを察知し、各城砦に通報する任を担っていたようだ。浅井・朝倉勢が引き払ったのち、壺笠山城は明智光秀の支配するところとなり、現在残る石垣は光秀によって修築されたものだ。

一本杉-大津遠望 space_w 一本杉-分岐2 space_w 一本杉-壺笠1
山の切れ目から琵琶湖が  壺笠山への道  壺笠山城址に到着、石垣が…

一本杉-壺笠2 space_w 一本杉-壺笠遠望 space_w 一本杉-滋賀里駅
主郭の高い切岸  穴太から壺笠城址を振り返る  滋賀里駅に到着

城址から穴太方面に下ると林道へ、ところが、道は行止りになっている。それならと尾根に見える山道へ分け入ったが、こちらも途中で行止りだ。さらに道を引き返すと、穴太方面へと通じるらしい広い道があった。ところが、その道も進むにつれ倒木が増え、湿気も強くなり、何やら忘れ去られた道のように思えてくる。「引き返すか?」と一抹の不安が胸にきざしたが、もう進むしかないと下っていくと堀切道のような道となり、どうにか山麓にたどり着くことができた。一時は、狐につままれたような気になったが、京都から滋賀までの山歩き、なんとか目的達成だ。
ここのところ京都方面の手入れが行き届き、案内標識も充実した道を歩いてきただけに、滋賀方面の山にはいささか泣かされた(丹波の山城探索に比べれば、山道はしっかりしているが)。とあるブログによれば、壺笠山界隈はダニが多いという、たしかに湿気の多い下り道を歩いてきた身としては実感するところだ。山城探索は木々の葉っぱが落ち、下草が枯れ、蛇や虫なども冬眠している晩秋から晩冬までがシーズンだ。そろそろ、蛇や虫が這い出してくる春がくる・・・が、許す限り山城探索を続けんとするクマです。ただ、ウサは嫌がるだろうな・・・間違いなく。 By kuma

 *付記:あとで調べたところ、比叡一乗寺城ではなかろか?と推測したところが城址であった。
posted by うさくま at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き
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