2026年(令和八年)の正月を迎えた。
別に初詣に行くようなこともなくダラダと過ごしたが、
フッと思い立って馬紋をあしらった年賀状を作った。
古希を迎えた2023年に年賀状を出すのを辞めにしたが
それ以後もネット用に年賀状は作り続けている。
今年はどうしようか?と思ったりしたが、
やはり、ネット用を作成してSNSやメールで発信した。
その勢いで気になっていた東播磨は三木周辺の
戦国国衆・山城地図の修正作業をやってみた。
ベースになる地図は、Salaに投稿した藤田渡瀬氏、
淡河氏、別所氏の回に作成、調整したものだ。
今日の作業は、細川庄の領主であった下冷泉家と
依藤氏にかかる部分を地図上に落とし込んだ。
下冷泉家は藤原定家の流れを汲む公家であったが
細川庄の地頭職・領家職を有して戦国時代には播磨に下向
やがて武家としての側面も有するようになった。
それゆえに三木城主で秀吉に反旗を翻した別所長治の攻撃を受け
敢え無く当主為純と嫡男の為勝は討死をしてしまった。
下冷泉家は東播磨の荘園領主、戦国武家として気になる存在
次号のSalaに取り上げてみようかと思案中なのである。
できれば、依藤氏とセットで書いてみたいと思っているのだが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
渡瀬氏、もし大根紋であれば児玉党の可能性が強いかなと思います。
児玉党発祥地である児玉郡神川町下阿久原の隣が「渡瀬」という地名です。児玉党の祖神を祀る有氏神社から200mも歩けば渡瀬になります。
武蔵国では、児玉党庄氏が大根紋ですね。
播磨の渡瀬氏は、地誌などには佐々木氏などといわれてましたが、猪俣党というのが定説化した感があります。果たして?というところはありますが、西遷御家人の一族であろうと。
日本各地に同じ地名があり楽しいですね!「細川」は三河・岡崎、「虚空蔵山」は飯田市にもあります(^^)
名字に興味をもつと地名が気になりますよね。そうなると地図を見るのが楽しくなります。何かを考えるとき、まず地図をかいてみます。