丹波篠山ロゲイニングに連動するかたちでスタートした「戦国山城講座」。
九月にスタートして以来、丹波の戦国史、山城の歴史、丹波篠山の山城と
三回の座学をつとめ、最終講座となる今日の四回は現地見学
ロゲイニングの舞台となる大芋に残る山城「福井城」を講義&現地ガイドした。
0930 集合場所になる旧大芋小学校に出動。
講座の定員は20名だが、今日の参加者は2人欠席で15名。
福井城は単郭と言ってよい小さな山城。登山にはほどよい人数であった。
1000 小学校でザッと行程の解説をしたのちに、現地講座はスタート。
途中で、配布資料を見ながら大芋にある櫛石窓神社にかかる天神地祇、
神社が本家であった大芋庄の歴史、中央分水界の話、戦国時代に大芋地区に
割拠していた地侍集団「大芋衆(党)」などの解説をしながら福井城へ。
1030 森本城の山麓にある森本家に到着。
森本家は福井城主の後裔にあたる家で、現住居は往時の館跡にある。
いまもわずかに残る南の水堀跡や土塁跡などを見ながら館跡の話、
森本家の歴史を解説。森本家は大芋衆の盟主になったとも伝えられ、
秀吉に仕えて文禄の役には半島に渡海したともいう。江戸時代、一族が
篠山藩主を務めた藤井松平家に仕え、その子孫が上山に続いている。
中世から近世における地侍階級の時代への対応が知られる家でもある。
1040 福井城への登山スタート
福井城跡は森本家のすぐ裏山にあり、まことに小ぶりな山城だが
主郭を中心として、東腰曲輪、南帯曲輪、土塁、尾根側の大堀切が良好に残っている。
数ある大芋地区の山城群のなかでは屈指の縄張を有している。
福井城は大芋地区の入口=最前線に位置しており、南からの攻撃を意識した
構造に見て取れた。おそらく、森本氏は大芋衆の盟主として矢面に身を置いたのだろう。
大芋衆は、明智の丹波攻めには細工所城主の荒木氏に属して行動したようで、
森本氏も細工所城に詰めたと思われ、荒木氏が降伏するとそれに従った。
戦国時代が終わると、武士を捨て先祖代々の地に帰農、歴史を今に伝えられている。
1140 下城
今日の朝一番はよい天気だったが、講座の途中で晴れたり曇ったり状態になり
陽が翳るとジワッと寒さが身に染みる山登りとなった。小さな山城ではあったが
上り下りに約一時間、福井城現地講座はあれやこれやと盛り上がった。
1158 大芋小学校に帰着。
福井城、館跡、山城跡がセットで残り、いまも子孫の方が守られている。
見落とされがちではあるが、篠山市域でも満足度の高い貴重な史跡である。
今日の最終講座は、行程の途中で曇り空となり、急に寒くなったが、怪我人、
リタイア者もなく講座は終了した。福井城から小学校への帰路や解散後に、
何人かの方から質問をいただいた。質問をいただくと思いがけぬ気付きや
従来の考えを整理できることがあり、まことにありがたいのである。かくして、
四回つとめた戦国山城講座は閉講となった。明日はロゲイニング本番である。