2024年05月04日

播磨、深山経由で高峰山城へ

今日も好天。

先日来、予定していた播磨高峰山城跡登山に出張った。

メンバーは相方と久しぶりにご一緒するKGさんの三人。

高峰山城跡登山は、10年前、登って以来の再訪。

初回は北播磨城研会長Fさんの案内で西方福崎の日光寺より

会長の熱い解説を聞きながら薮々道を登って行った。

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高峰山城跡は、浦上村宗が守護赤松義村を謀殺したのちに

出来した「播磨擾乱」で、赤松浪人衆が浦上村宗と対峙した城跡。

赤松浪人衆を加西郡の有力国衆在田氏が支援、

対する浦上勢の先方は宇喜多能家だったと伝わる。

次号のサーラで在田氏を取り上げたことから、もう一度、

登ってみたいと思ったのだった。F会長と登った時、

高峰山合戦の解説を聞いていたが理解が及んでいなかった。


さて、今回は在田氏絡みということでもあり、加西側の

山麓に位置する学文寺を登り口に選び、そこを集合地にした。

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KGさんとはコロナ前以来の登山、久闊を叙ししばしの雑談。

あらかじめ地図でチェックしていた学文寺から深山に続く

尾根道を登って行った。途中、迷いそうになりそうな所が

あったが、なんとか深山の東方に切られた堀切に到着した。

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道道、全くの展望はなく、たどり着いた深山の電波塔からも

わずかに展望があるばかりだったが、いい山歩きができた。

深山も城跡というが、電波塔工事で既に消失しているようだ。

小休止したのち、深山西方尾根にある高峰山城跡に移動した。

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高峰山城跡は、尾根筋のピークを中心として三方に曲輪が展開する。

南側に広がる曲輪群は山岳寺院を転用したものといい、

広い主体部には堂の基壇跡らしき地形も残っている。そして、

東の谷筋、南に伸びる尾根筋に曲輪が連なっている。いずれも

明確な切岸で区画され削平もしっかりしている。おそらく僧坊跡と

思われ、曲輪の一つには五輪塔の残欠が散乱していた。

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再訪した高峰山城跡は、規模も大きく、播磨擾乱の一方の拠点に

なったことが実感できた。城址の一角に祠が祀られていたが、

神様はいらっしゃらないようで荒廃していた。城址も雑木薮が

進行中で、このまま自然に帰って行くのだろうと思われた。

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深山の電波塔は市街地からもよく見え、あっさりと登れると

思ったのだが、いざ登るとそうは問屋は卸してくれなかった。

ではあったが、赤松浪人衆を野間に匿い、浪人衆が布陣した

高峰城へ加勢した在田氏の擾乱における立ち位置がよく分かった。


今日の山歩きはゆっくりペースで往復6時間、8,000歩の山歩きだった。在田氏の原稿は既に入稿済でもあり、今日の成果を反映することはないだろうが、在田氏の軍事行動をボヤーッとではあるが垣間見ることができた。 KGさんともいい時間を過ごせ、これからも続く播磨史跡巡りにお付き合いいただくことになった。


posted by うさくま at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 播磨の山城
この記事へのコメント
突然のコメントを失礼します。好天の連休中にもかかわらず、人出のなさそうなオイシイ場所で奥さま、ご友人との登山記楽しく拝読しました。おそらく私と同年配と思われますが、羨望のご健脚です。
私は「信濃三村氏」を検索してたどり着いた者です。「武家家伝信濃三村氏」→「地方別武将家一覧」→「戦国武将の家紋」→このあたりで遡るのをあきらめてURLの下部を削る→「播磨屋.com」→「更新備忘録」→「播磨屋備忘録」と我ながらあっぱれな来し方です。途中「播磨屋.com」のコンテンツを気の向くままあれこれ拝読しましたが、資料としても随筆としてもタイヘン貴重なサイトだと尊敬の念を抱きました。
さて前置きがあまりに長くなりましたが、用件は「武家家伝信濃三村氏」へのリンクのご挨拶です。実は「播磨屋.com」が2013年以降、更新されていないことに不安を感じ、貴重な資料をリンクより全文引用させて頂いた方がよいかとも考え、失礼ながらご消息を辿った次第です。ご健在、そしてご勇退されてのご研究三昧と知り、安心しました。どうか健康にご留意の上、ご研究、ご執筆の末永い継続をお願いします。陰ながらご活躍をお祈りしています。
Posted by シュウ(今村修一) at 2024年05月29日 11:04
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