2021年02月22日

丹波油井城、三度目の登山

今日は勤務先の休館日。
暖かな陽気に誘われて、丹波油井城登山に出かけた。
以前、歴友のOさんより油井城に登山ルートがありますよ
と聞いていて、いつかルートチェックに行こうと思っていた。

丹波油井城への登山は、三度目になろうか?
はじめての時は、北の斜面を直登し、二度目は東の斜面を
直登したが、いずれも道らしきものはなかった。

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武庫川にかかるホタル橋より油井城址を見る

油井城は丹波酒井氏の一族油井酒井氏の山城で
山上の主郭には最後の城主酒井上野介氏盛(秀正)を祭る
供養塔が建立されており、そこへの参拝ルートがあったはずだが
二度のチャレンジ、いずれも登城ルートは発見できなかった。

情報をいただいたOさんいわく、南側から登ったとのことであった。
ともあれ、まずは依然にのぼった北方尾根にルートを探したが
やはり見当たらない。南側に移動して山麓を探すと
小さな石段を見つけ「ここでは?」と登って行くと
ウッスラと九十九折れのルートがあり、南端曲輪に登りついた。

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九十九折れに南斜面を登ると南端曲輪の切岸
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南端曲輪の土塁

何年かぶりの油井城、相変わらず雑木が城址を覆っているが
冬枯れのころ、城址探索に苦労するほどではない。
油井城跡は独立した小山の山上尾根に曲輪を並べ
南と北の曲輪群を真ん中の堀切で区画した梯郭式の縄張りだ。

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中央の堀切を西方より見る
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北曲輪より堀切を見下ろす
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階段状に連なる北曲輪群
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主郭より松尾山、白髪岳を遠望

城址は意外な広さで、油井酒井氏の勢力のほどがしのばれた。
最後の城主上野介の弟は波多野秀治の義弟となり、
二階堂秀香を名乗った。その一事からも
波多野氏家中でも有力な存在だったことがうかがい知られる。
伝によれば、主郭の西を防御する腰曲輪は秀香が拠ったところとか。

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西腰曲輪の虎口
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西曲輪切岸を北斜面より見上げる

油井城と油井酒井氏は、多紀郡の南西部、摂津と丹波の境目を守り、
明智光秀の丹波攻めが始まると波多野秀治に属して抗戦。
衆寡敵せず落城、油井酒井氏盛も討死したと伝えられている。

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最後の城主、上野介氏盛を祭る供養塔。なんだか荒廃の色がただよう

2020年度の「麒麟がくる」では、中世を生きた丹波武士の
歴史が語られるかと思ったが、それは肩透かしであった。
明智光秀の生涯において、丹波攻めの歴史は大きなウェイトを占めるが
全国的には取るに足らないものであったということだろうか?
所詮、受けを狙った歴史風味のドラマであったとはいえ、
もう少し史実への敬虔なる配慮がほしかった(と強く思う)。


posted by うさくま at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城
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