2021年02月21日

赤井氏の詰め城、高見城に登る

今日は4月上旬並みという暖かな陽射しの中
赤井一族の詰めの城といわれる高見城を攻めた。
2009年に初登山、三年前に山南町の石龕寺から縦走、
それ以来となる三年ぶりの登山だ。

a152237018_3572827516149135_3665300431728713113_o.jpg 大新屋より高見城山を見る

10時40分、柏原町側の「悠々の森」に車を停め登山スタート。
折々に広がる眺望を楽しみながら30分ばかり登って行くと、
二段で構成された北尾根の出曲輪に到着。
ここから谷を隔てた西尾根に高見城最大規模の北西曲輪があるが、
まずは、山上の主郭部を目指した。

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しっかりとした山道
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北尾根の曲輪
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また尾根筋に曲輪

急な山道を登って行くと尾根曲輪群、亀井戸跡を経て
小さな石祠が祀られる山上主郭部北の腰曲輪へと登り着く。

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山上、北曲輪に登りつく

そこから、急な岩の斜面を南に登ると山上主郭、
ここまでのコースタイムは、のんびりと1時間ちょうど。
寄り道をしなければ50分くらいだろうか。いつも思うことだが、
このような山上に城を築く意味は奈辺にありや? である。

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主郭に到着
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高見城山の石標

先週に登った三尾山城と同様に主郭部は雑木が伐られ、
雑草も刈られている。以前に登った時にはなかった椅子が三つ。
大河ドラマの影響、ありがたくも恐るべしである。

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東方の山々を眺望

今日は、先日登った三尾山とは、ちょうど真逆の眺望。
まず、東方に三尾山、金山、譲葉山が連なり
西に白山、弘浪山、赤井氏が本拠とした後屋を見る。

まだ2月というのに山上はあせばむ暖かさ、
時に強い風が吹き抜ける。景色を楽しみながら弁当を使う。

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北の出曲輪に下山

腹を充たしたあとは、北の出曲輪まで下山。
北西曲輪群へ足を伸ばした。高見城は山上の主郭を中心に
北西、北東、南の尾根筋に曲輪を構えた高見城砦群を構築
赤井氏の「詰めの城」として機能していた。

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曲輪と切岸
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広い曲輪
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虎口状の地形
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曲輪切岸

最近、高見城の北方に位置する母坪城が赤井氏の
詰めの城ではないか、とされる研究者がいらっしゃる。

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赤井氏の本拠、後屋城方面を見る
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登り口の古墳群に帰着

しかし、久しぶりに高見城に登ってみて、後屋城、三尾山、
黒井城の千丈寺砦、山南町の岩屋城などとの連携、
尾根筋に構えられた曲輪群などからして、詰めの城は
やはり高見城であったとみるのが妥当であろうと思われた。

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高見城山と東鴨野城を見る

下山したあと、新井小学校の背後に位置する東鴨野城に
寄ってみた。この城跡は高見城から北東に伸びる尾根先端に位置し
伝承によれば赤井氏の家臣が集住していたところともいう。
城址周辺は地元の方の手により整備され、迷うことなく
城跡にたどり着いた。そして、驚いた!

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立派な土塁
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土塁と横堀
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曲輪を囲繞する横堀

土塁、横堀、高い切岸で防御された広い曲輪には櫓台らしき遺構も
主体部の周辺には曲輪址であろう平坦地が散在している。

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曲輪を見下ろす
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曲輪と切岸
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曲輪を区画する切岸

さらに東方の小山上、背後の山上にも大味だが平坦地が構えられ、
高見城の前衛としてあるべきところに築かれた城館であった。

高見城に登り、東鴨野城を歩いたのち、もう一つ
新井神社の後方山上に築かれた山城に登ろうか!
と思わぬでもなかったが、時間は三時を過ぎている。
道もなさそうだし、今日はここまでとして、帰路についた。
posted by うさくま at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城
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