2019年11月03日

浄土宗西山派寺院の晋山式を見学

来年の大河ドラマの主人公は明智光秀
その光秀の丹波攻めに頑強に抵抗して戦国武将が
旧多紀郡の八上城主であった波多野秀治。

秀治の生涯において特記されるのが、永禄の政変で
謀殺された将軍足利義輝の遺児という義高をかくまったこと。
変を逃れた義高は仏門に入り、修行ののち丹波に下向
波多野秀治に庇護されて八上城下に誓願寺を開いた。

義高は覚山天誉上人として生涯を多紀郡で過ごし示寂した。
天誉の法脈を受け継ぐ寺院は誓願寺をはじめとして七ヶ寺が
丹波篠山に広まり、今日、晋山式を迎えた十念寺もその一つ。
覚山上人の教えは浄土宗の一派である西山派のうちの深草派で、
浄土宗に中にあっては少数派に属する宗派である。

ここ数年、なぜか、丹波篠山市内に散財する浄土宗西山派の僧侶の方と知り合いになる。誓願寺さん、善導寺さん、浄土寺さん、そして、十念寺さん、旧多紀郡では曹洞宗、天台宗、浄土宗寺院が多いが西山深草派のお寺に縁が生じるのは不思議なことである。

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あれこれ調べてみると、浄土宗は法然さんが宗祖、その弟子の中で出色の人物は浄土宗鎮西派を開いた弁長、浄土宗西山派を開いた証空、そして、浄土真宗を開いた親鸞があげられる。浄土宗といえば専修念仏であり他力本願、念仏を唱えれば阿弥陀様が成仏させてくださるという教え。とはいえ、鎮西派は自力だけではなく他力も必要と説くそうだが、西山派と真宗は他力本願をひたすら説く。生家が真宗の自分にとって、西山派寺院と縁が生じるのも然もあらんということだろう。

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この春、ヒョンなことから十念寺さんにお邪魔する機会を得、先日は誓願寺さんで「誓願寺と波多野秀治」というお話をさせていただいた。そして、一昨日、善導寺さんが十念寺さんの晋山式に配布されるというパンフレットのPDFデータをメールで送ってくださった。なんとも有難いことであり、何かのご縁であろうかとノコノコ晋山式にお邪魔させていただいた。お目当ては晋山式そのものもだが、式に掲げられるだろう浄土宗の宗門「杏葉」と西山派の「竜胆車」紋がやはり気になる。

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パンフレットにある10時スタートの前に十念寺さんにお邪魔すると、時間が早かったようで、参列者はまばらな状態。庫裏に張られた幕ぬは「杏葉」と「五葉木瓜」が描かれていたが、「竜胆車」紋は見当たらなかった。今日の司会進行をなさるという善導寺の住職さんと立ち話をし、何度もお邪魔した境内の墓地で家紋をウォッチしながら式のスタートを待った。波多野氏にゆかりのお寺だけに、波多野姓の墓石があり家紋を見ると「細輪に十字」が刻まれている。時間とともにフォーマルな衣装を身に付けた檀家の方が集まってこられ、首に掛けられた襷には竜胆車紋、臨席されていた誓願寺の住職さんの袈裟にみ竜胆車紋が描かれていた。

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やがて、山門のあたりで読経が始まった。よく聞くと「般若心経」であった。やがて喚鐘が叩かれ、南無阿弥陀仏の念仏に合わせて稚児行列が山門から登ってきた。少子化といわれるが、フォーマルウェアの親御さんと一緒に綺麗に着付けられた稚児さんたちはそれなりの人数で、今日の晋山式に花が添えられた。

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稚児行列の後も、式次第が続くのだが、檀家でもない他所者には長居は無用である。挨拶もそこそこに、十念寺さんをあとにした。フォーマルな場にラフな格好でお邪魔し不躾に見学させていただいた、まことに失礼なことであった。(冷汗)

posted by うさくま at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き
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