2019年11月02日

駅からハイキングのコース下見で金山城界隈を歩いてきた。

今月の16日に予定されている「駅からハイキング」
鐘ケ坂トンネルと金山城登山のコース下見に出動。
半年前の駅ハイでは、大河つながりで八上城に登った。
今回も大河つながりの山城セットのハイキングである。

金山城は織田信長の命を受けて丹波攻めを進めた明智光秀が
頑強に抵抗する多紀郡の八上城主波多野秀治と
氷上郡の赤井一族とを分断する意図で鐘ケ坂に築いた山城。
城跡には明智時代のものであろう高石垣の名残、名勝として
有名な鬼の架け橋がある。鐘が坂は氷上郡と多紀郡を結ぶ
要衝の地で、かつて山陰道が通り、江戸時代の旧峠道、
明治と昭和、平成の三つのトンネルが通じているところだ。

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9時半、昭和トンネル多紀郡側出入口のある追入で集合。
今日の下見一行は七人、お互い挨拶を交わして、まずは明治のトンネルに向かう。明治、昭和のトンネルは普段は進入禁止で氷上側、多紀側ともに鍵がかけられている。今回の駅ハイ企画で特別に開けてもらい、真っ暗なトンネル内を懐中電灯の灯りを頼りに氷上側まで通り抜ける。

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氷上側出口から昭和トンネルまでは山道を下っていくのだが、かつて路線バスが通っていたとは思えない急斜面の細い砂利道である。運転手さんもだが乗客も命が縮む思いだったのではなかろうか。

昭和のトンネルはかつて何度も通ったところであり、平成の
トンネルのサブウェイとして活用してもよいのでは?と思うのだが
行政的にはそういう単純なものではないらしい。

二つのトンネルを歩き通したのち、金山城登山である。むかし、追入は但馬と丹後への旅人たちが宿泊する宿場で鐘が坂峠を越えれば但馬、もう一つの瓶割峠を越えれば丹後と大いに賑わった歴史を有している。
我々は当然ながら但馬に通じる峠道に踏み込んで行った。入口こそ雑草に覆われていたが道そのもは広くしっかりしたもので、つづら折れの峠道を登っていくと氷上郡と多紀郡の境となる鐘が坂峠へと到着。

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峠から金山城に通じる尾根筋にとりつき、ひたすら登って行く。
峠を尾根側に登ったところにあった平地は、峠を見張る出曲輪であったようにも思えたがどうだろう?また、東側の尾根を登って行くと夏栗山砦、譲葉山砦などに通じている。光秀が鐘が坂を重要視していたことが実感できるのであった。登ること30分ほど、金山城東曲輪の東端虎口にたどり着いた。

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東曲輪群は相変わらず自然の状態、歩くのには困らないがチョッと手を入れればと思うのは他所者だからだろう。さて、東曲輪を抜けると眼前に主郭切岸があらわれる。東南の腰曲輪、南帯曲輪など木々が伐採されて明るい。主郭部も雑草、灌木が切られ、大河PRの幟旗が立てられている。昨年来から地元の方、大河PRグループの方などが地道に整備作業に取り組まれ、この春には狼煙リレーも行われた。

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やはり大河の影響は侮りがたい、などと思いつつ弁当を使い城址を歩くと「!」かつて城址を隠していた木々が伐採されたのはよいのだが、伐採後の木々が斜面に放置されていて、金山城の見所である石垣群に近寄れなくなっているのであった。

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「これは残念!」展望を優先された結果だろうが、金山城跡の一番の魅力は損なわれてしまった!というしかない。かつて、多紀郡の細工所荒木城跡でも経験したことだが、山城整備は木を切り見晴しをよくするとい作業ではなく、山城という戦国史跡をあるべき姿で周知し、後世に伝えるという視点が欠けていることが多い。金山城跡もまた然りであった。

伐採された木々を片付ける整備作業、ワークショップなどが
企画されたら参加するのだが、なんらかの糸口はないものか。

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そんなことを思いながらも金山城から黒井城、八上城、柏原の街並みなどを眺望したのち、鬼の架け橋、馬駆け場、園林寺跡を経て下山、途中、不動の滝の道標があり寄り道した。これがヒドイ悪路、というより危険極まりない道であった。

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不動の滝は発見できず、明確な道ではないため帰り道を若干迷ってしまった。地元の方々の史跡整備に対する取り組み、努力には敬意を払うが、事故につながったり、遺構を損なう整備作業はどうだろう?不動の滝への道標には、「危険!歩行注意」といった添え書きが必要であろう!と強く思ったことだった。

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下山は追入の赤坂観音コース、大乗寺コースとの分岐を過ぎると30分ばかりの行程。なんとか事故も怪我もなく、想定のルートを踏破できた。駅ハイは高齢者の方々の参加者が多いため、ルートの状態、時間配分などが大事となる。今日の下見行の限りでは、まずまず、問題なさそうだ。とはいえ、雨が降ってはトラブル出来ということになる、なんとか当日が好天気になることを祈るばかりだ。
posted by うさくま at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城
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