2019年09月30日

誓願寺さんで戦国時代を語る

五月のはじめ、京都家紋研究会のメンバーさんらとの
墓地紋ウォッチオフ会に参加するため 近江高島に遠征。
そのとき、篠山城下町にある誓願寺住職の高橋さんより電話を戴いた、
9月の下旬にあるお寺の集まりにお話をしていただきたいとのこと。
あの日から四ヶ月、いよいよ講座の当日となった。

71205496_2152391261533591_2586823252936491008_n.jpg

誓願寺さんは浄土宗西山深草派のお寺で八上城主波多野秀治の菩提寺
その開基の覚山天誉上人は足利義輝の嫡男といい、
永禄の変で義輝が殺害されたとき京の誓願寺に逃れて仏門に入り、
のち八上城主の波多野秀治に庇護され、八上城下に誓願寺を開き
生涯を篠山の地で過ごし、ついに丹波に骨を埋めた波乱の人である。

講座の依頼を受けてより、誓願寺さんが属する西山深草派のことを調べてみると、なかなか興味深い歴史にふれることができた。一口に浄土宗と言っても多数派と少数派があり、教義にも大きな相違があるなど一筋縄ではくくれないこと、そして西山派に属するお寺は少数派であり教えは浄土真宗に近いこと、さらに派紋が「竜胆車」であることの由来、などなど、多くの知見を得ることができた。

71493787_2152392441533473_4999020750594637824_n.jpg

ともあれ、お話し会が近づいた先日、誓願寺の住職と連絡を取り合って、講座のお題は来年の大河ドラマを意識した「波多野秀治と丹波篠山誓願寺」と決定。追加取材や調査、住職に誓願寺の歴史や覚山上人の話をうかがうなどして心の準備をしてきたことだった。
なによりも気になったのは、今日のお寺さんでの集まりのこと。いただいた資料を見ると「寺庭さんの研修会」だそうで、「ん?寺庭さんって?」と思い聞いたところ、浄土宗では住職の奥様を「寺庭さん」あるいは「お庫裏さん」というそうな。まことに門徒物知らずで、いわゆるお寺の奥様方の研修旅行であった。

71326135_2152391971533520_4632938293997076480_n.jpg

午前中の十一時ごろ、誓願寺さんにお邪魔してプロジェクタ、スクリーン、パソコンなどを設定、パワーポイントも映してみて、先ずは会場の準備を行った。一旦、誓願寺さんを失礼して帰宅、着替えをして本番に臨んだ。

71905442_2152392748200109_2090773660032827392_n.jpg
波多野秀治の位牌
72237537_2152393111533406_6196299062526869504_n.jpg
古瓦の足利二つ引両の家紋

会場は誓願寺さんの本堂、聴衆の方々は40人ばかり。司会は兼ねて知り合いの善導寺住職の加藤さん、本番前の立ち話で緊張感も若干は解けたような。また、聴衆のなかには十念寺の後藤住職と寺庭さん、念仏寺の団野住職と寺庭さんもいらっしゃったようだが、特定はできなかった。やはり、緊張感は残っていたようだ。

IMG_7543.JPG

講座は約一時間、前半は明智光秀と波多野秀治、後半は誓願寺さんと波多野秀治。得意分野である家紋の話も交えながら、なんとか務めおえることができた。話をしている間、とにかく暑いこと暑いこと、9月の末とは思えない気候であった。終わったあと、老齢の僧侶の方から「おもしろかった」と労いの言葉をかけていただき、ホッとするとともに一つ肩の荷を降ろせたことが実感できた。

わが実家の宗派は浄土真宗、法然さんを生涯慕いつづけた親鸞さんを宗祖としている。共通しているのは「南無阿弥陀仏」の念仏、今日の勤めを終えることができ阿弥陀様への感謝、宗祖さまへのお礼の心で「ナマンダブ」を唱えたことであった。
posted by うさくま at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史講座
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186649131

この記事へのトラックバック