2019年09月14日

講座丹波学 第二講 を聴講

午前中、恒例のDSG土曜会に出席。
お決まりの報告、連絡事項がサクサクと終わったのち
今日の講義「鱧切り祭」の歴史についてお勉強。
講師さん作成になるVTRを視聴しながらお話を聞くと
ビジュアル的にも分かりやすくおもしろかった。

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帰路、現在、山上主郭部からの眺望を確保するため
実施されている伐採作業の進捗状況を山麓から遠望。

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木曜日の丹波新聞にも記事が掲載されていた通り
着々とづ進んでいるように見えた。来週の19日にイベントの
下見を兼ねて登城するが、作業は終了しているだろうか?

午後の部は、前回、現説でスルーした「講座丹波学」を聴講。
お題は『明智光秀の丹波支配』、講師は福島克彦氏である。


まずは、来年の大河ドラマ「麒麟が来る」を踏まえてやや辛口な持論を述べられた。いわく、光秀の丹波攻めと言えば八上城主波多野秀治、黒井城主荻野直正らが語られる。さらには、波多野、荻野らの名を知らない人も少なくなく、ましてや丹波に割拠していた国衆たちは全く無名の存在。換言すれば、光秀の丹波攻め以前の丹波戦国史は知られるところが少ない。今回の大河ドラマが機縁となって丹波戦国史に光が当たればと。
加えて、波多野秀治の母が八上城で殺されるポスターを見るがすでに歴史出ないことは周知のこと、だけに惜しまれると。

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まったくの同感で、京都丹波では明智光秀を持ち上げること甚だしく、兵庫丹波側においてこそ波多野、荻野らのピーアールがなされるが来年の大河ドラマで光秀の丹波攻めが語られるか、未だ不明である。
そもそも大河ドラマというコンテンツそのものが陳腐化しつつあり、今年のドラマなどは時流に阿ていることあからさまなもので、いい役者さんを潤沢に使いながら、大河的には大ごけ状態である。大河というくくりでなければそこそこヒットしたのでは?と思われるだけに、もはや大河ドラマが受け入れられた時代は終わっているのではないか!

そういう目で見ると来年の大河ドラマも些か首を傾げたくなる。レトロな光秀理解を踏襲しつつ、新たな光秀像と戦国時代史を
語ろうとしているようだが、ベースそのものの古さが残念だ。配役においては佐々木蔵之介さんが羽柴秀吉を演じる!役者さんに罪はないが、佐々木さんが秀吉とは、ビックリポンである。

さて、今日の講座である。
明智光秀の丹波支配は、おおよそ三年のこと。当然、その領国統治は知られぬところが多い。ただ、攻められた兵庫丹波はともかくとして京都丹波では善政を布いた名君として扱われている。領民にすれば、群雄が割拠していた時代に比べ一国統治を行った光秀の政治は好ましいものだったのだろう。

では武士階級においてはどうか?光秀の家臣団の中で丹波衆の多くは新参者であり、その処遇には意を尽くしたことは間違いない。そのような光秀の丹波衆に対する扱いについて従来の史料を使いながら解説されていった。なるほど、こういうアプローチもあるのかと新鮮でおもしろかった。
最後に、波多野、荻野氏らの陰に隠れて光のあたらない丹波国衆の歴史にもっと注目するべきであるし、その時がきた!との締めくくりの言は、全くの同感、我が意を得たりであった。
posted by うさくま at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録
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