2019年07月28日

義父母の法要で大阪に遠出する

朝、8時30分に篠山を出発して相方の実家がある大阪へ出張った。
昨年の9月15日に世を去った義母の初盆と一回忌
6年前の8月6日に世をさった岳父の七回忌
を兼ねた法要に参列するために出かけていったことだった。

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相方の実家によって服を着替え、
両親が大阪に定住されてのち檀家となられたお寺大日寺に移動。

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大日寺は子安大日如来を本尊とするお寺で
一帯の氏神でもある八劍神社の隣にあることから
いわゆる神仏混淆の姿を今に伝えているのだな〜と思った。

法要は12時からであり、早めに着いた我々は暑い陽射しのなか久しぶりに八劍神社境内を散策。この神社は「やつるぎ」が正式な呼び名だが「はっけんさん」の愛称で親しまれ、秋の例祭にはダンジリ(地車)が一帯を勇壮に練り歩くことでも知られる。そのダンジリが格納されている小屋(倉庫)の扉には「三つ巴」「五瓜」の神紋が描かれ、牛頭天王を祀っていることが知られる。

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なにげに境内を歩いていると、狛犬が三体づつ集められたり、楠正成?と思われる武将の石像があったり、大坂相撲の谷町連の石碑が立っていたり、なかなか興味深い神社ではあった。
さらに、真新しい石標があり見ると「上杉景勝の陣跡」とあり大坂の陣において上杉氏が陣取った故地でもあった。この石標は、大河ドラマ「真田丸」のとき、大坂市内の各所に建立されものの一つであった。このように大仰ではなく小締まりとした大河ドラマの効果は好ましい。

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さて、大日寺は真言宗の寺院で、まことに小さなお寺である。賽銭箱、提灯などを見ると「立ち葵」の紋が描かれている。立ち葵といえば本多氏ゆかりのものであり、どのような由来があるのかと気になりつつ、法要が始まった。
参列した親族は相方の兄弟三人、義兄の長男夫婦、そしてわたしの六人。この人数が多いか少ないかはともかくとして、法要は恙無く終わり、住職さんに大日寺の由来、祀られている仏像の解説をいただいた。

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そもそもの起りは村のお寺で、日本各地を巡錫していたお大師さんが難産に苦しむ妊婦の痛みを和らげたことから「子安大日如来」として信仰を集めた。江戸時代、紀州徳川家ともゆかりが生まれ、毎年5月8日の縁日には紀州から贈られた葵紋が描かれた幢幡が掲げられるという。
隣に鎮座する八劍神社との関係はないそうで、神仏混淆の名残?と思ったのは、勇み足だったようだ。さらに、立ち葵紋の由来を聞くと「お寺の紋ですが、何故用いるようになったのかは分らない」とのことだった。お寺の場合、原則としては明治以前においては妻帯することなく、代々、世襲することはなかった。ゆえに、寺の記録が残らない限りむかしのことは不明ということになる。村の寺であったという大日寺の場合、住職さんが定住するようになったのは最近のことらしく、寺紋の由来が分らないというのも已む無しか。

法要が終わったあと、みんなで斎をかねたランチを食し、あっさりと分かれた。この歳になると兄弟とはいっても普段に会うこともない。「兄弟は他人のはじまり」とは、よく言ったもので、法事は離れて暮らす兄弟、一族が会う機会をつくるためのものなのかも知れない。
posted by うさくま at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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