2019年07月06日

相方のニュー山靴慣らしに八上城跡に登る

この土日、天気も芳しくないとの予報も出ており、
来週と八月に予定されている戦国講座の
レジュメづくりに頑張ろうと思っていた。
早起きしてレジュメ作りに励んでいたところが、
意外なことに陽の射す薄ぐもりとなってきた。

雨が降らないとなれば、どこかに行きたい気分となる。
では、今月末に信州に遠征するという相方が購入した新しい山靴の
慣らしに付き合って山に登ろうということになった。
さて、それではどこに登ろうか?まずは松尾山、ついで金山城跡、
唐櫃越え、そして八上城跡の四択から決めることになった。
唐櫃越に惹かれたが、その行程を考えれば悩ましい
ということで、来る講座を睨み八上城跡登山をチョイスした。

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暗雲におおわれた八上城跡
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なんとも迷惑な駐車!この向うの駐車スペースに行けない
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主膳屋敷上の段、広い!瓦片もあったが ・・・?

12時前に家を出て、12時半ちょうどに春日口より登山開始。
まずは、前田主膳屋敷跡の上ノ段から池跡をジックリ歩く。主膳屋敷の上ノ段、意外な広さで削平もシッカリしている、当時のものか疑問だが瓦片も落ちているのであった。下ノ段と併せて整備を行えば、素晴らしい城跡になること請け合い、いま、地元の方々の間で主膳屋敷の整備をしようという動きがあると聞いているが、ぜひ着手してほしいものだ。

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曇天の篠山盆地を見る
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山上、右衛門丸跡の石積跡

さて、主膳屋敷から鴻ノ巣へひた登り、下の茶屋丸から篠山盆地を見る。
この時点であまりの湿気の高さに汗だく!萎えそうになる心を叱咤して中の壇から右衛門丸までモクモクと登る。きつい!なんとか右衛門丸の石垣を越え、三の丸、二の丸、岡田丸をめぐって本丸に到着。一休みしていると我々くらいの年齢のご夫婦が登ってこられた。天気のせいもあろうが、唯一の登山者であった。

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本丸跡切岸の石垣跡
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岡田丸跡から本丸跡の切岸を見る

本丸で体力をチャージしたのち、下山スタート。
この前、駅ハイクで登ったときは野々垣口に降りていったが、今日は台風被害で道が崩れているという藤ノ木坂口を目指した。蔵屋敷跡の土塁、その先に続く曲輪群を越え、伝説を秘めた朝路池は相方に任せて堀切をジックリ踏査。

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蔵屋敷の土塁
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朝路池に至る尾根の堀切
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明智光秀の母を処刑したという磔松跡

相方を待ったのち、東尾根方面へと下っていく。明智光秀の母を磔刑に処したという伝説のはりつけ松、尾根筋の守りの要となる曲輪 茶屋の壇を越える。そこから先は馬駆場と称される長い東尾根、所々に竪堀が落とされ、東尾根先の西蔵丸とを遮断する堀切があらわれる。この堀切部で、八上城跡のほぼ全域を踏破したことになる。

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東尾根の要の曲輪、茶屋の壇跡
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東尾根筋北の堀切
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台風で崩れたデンジャラスゾーン、何とか通れた

八上城はもう何度目かの登山であり、その有する歴史は丹波戦国史に大きな足跡を刻んでいる。一方の城跡はといえば城域こそ広いが技巧性に乏しい総じて大味なつくりである。来年の大河ドラマによって、城跡登山客も増えることであろう。聞けば山麓に駐車場を設け、主郭部からの展望を確保しようと木々の伐採も行われるらしい。
これまでなかなか実現がかなわなかった整備作業、大いに期待したい。それに加えて、主膳屋敷を中心とした山麓曲輪群の整備、山上の主郭を中心とした曲輪群の整備も行われれば最強の戦国山城跡が姿を現わすのだが、果たして?
posted by うさくま at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城
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