2019年05月13日

豊岡歴博を訪問、但馬界隈をぶらつく

今日は「丹波篠山誕生の日イベント」に出動した振替休日。
連休の間に行く予定をしていた豊岡市立歴史博物館へ遠征、
目的はいま開催されている特別企画展示会「家紋World」の見学。

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垣屋氏が拠った宵田城跡が目の前
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スッキリした佇まいの歴史博物館

豊岡歴博はこの4月にリニューアルされ、その特別企画展のテーマに
家紋が取り上げられたのだった。それに伴って旧知のI女子の紹介で、
展示会の企画段階からお話をうかがい、来月の下旬に
「家紋って何?」と名づけた講演もお引き受けしてしまった。

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家紋の展示会

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展示をザッと見たあと、担当学芸員のNさんと改めて
展示をジックリと案内いただき、その後に講演の打ち合わせを行った。
今日は同席が叶わなかったI女子に用意いただいた資料を頂戴し
予め用意してきた講演のメモをもとに方向性は決定した。

歴博を辞したのち、せっかく但馬に来たことでもあり出石まで足を伸ばし、いつもお邪魔する「そば庄 鉄砲店」で蕎麦を食することにした。

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今日は平日ということもあって店内はガラガラ、メニューを見ると地酒「楽々鶴」が目にとまり、迷わず注文、昼酒を楽しんだ。世の中のみなさんが働いているときに呑む昼酒、美味であった。
ちょっとほろ酔い気味で出石城下で仙石家の「無文字」紋をゲット。
今日の二つ目の目的地とした名草神社へと移動した。名草神社は日本三大妙見の一で、本殿、拝殿、三重塔の三つが国重文、何度も但馬に行っておきながら、なかなか参拝できなかった。

豊岡から養父、そして妙見山の中腹に鎮座する名草神社を目指す。登り口になる椿色集落の分岐から名草神社まで山道を走ること9km、標高差650mを一気に登っていった。思えば、篠山市の最高峰である御嶽(794m)と同じ高さにあるということにビックリ!説明カンバンを見ると、冬には3mにも及ぶ積雪があるという。

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参道を登っていくと、瀟洒な姿の三重塔がスックと前方にあらわれる。戦国時代、尼子経久が出雲大社に寄進したものを、江戸時代の大社造営に際して心柱となる杉を名草より提供したお返しに贈られたものだという。
三重塔の傍らに古寂びた石垣に石段、かつては僧坊があったであろう平坦地、80段の石段を登ると拝殿と本堂とご対面となるところだった。ところが、なんと!風雪被害による経年劣化で修理中であった。なんとも残念至極ではあるが、運のなさを嘆くしかない。

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名草神社 三重塔
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名草神社 拝殿。本堂とともに修築中

せっかくなので、山内を歩いてみると、廃墟跡が連なり、戦前までは集落があったことがしのばれた。山麓から名草神社まで、生活物資の調達はともかくとして、子どもたちの通学は? と、かつての日本の暮らしに思いを馳せたことだった。

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遥か下界、養父の町を望む

名草神社とセットの関係になるのが、神社の手前に伽藍のある妙見山日光院。中世、但馬守護職の山名氏をはじめ垣屋、太田垣氏ら山名四天王が祈願所として因幡、播州、但馬、丹後、丹波に荘園を有する一大寺院であった。妙見さんとくれば日蓮宗と連想したが、宗旨は高野山真言宗の古刹であった。明治維新による廃仏毀釈の波にさらされたが、危機をのりこえ現代に法灯をつないだ。

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日本三大妙見の一、日光院
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日光院の伽藍、高野山真言宗という
j60076904_2058046544293914_2712100976445095936_n.jpg 寺紋は 七つ星

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満開のシャガ

寂び寂びとした空気に包まれた日光院の境内は、格式を感じさせる山門、程よく晒された建造物が心地よい風景を作っている。そして、随所に刻まれた「七曜」紋が妙見大菩薩を見事に顕示していたのだった。

帰路はトンネルばかりの豊岡自動車道ではなく、久しぶりに下道をチョイスした。今日は豊岡、出石、養父と但馬を観光ライクに駆け巡ったが、名草神社は、もう少し早くに行っておくべきだったと残念だったかも。

posted by うさくま at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索
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