2019年05月11日

京都家紋研究会、久しぶりの家紋調査会

まだ春も浅い3月ごろ、家紋同人のK女史とのメッセンジャーで
「最近家紋調査会がありませんね?」、とやりとりしたことから
連休明けごろに実施しましょうよということになった。

それでは、近江の高島あたりをターゲットに日程を決め、
研究会のFBで告示、今日、本番当日となった。

高島市域は西の佐々木氏と呼ばれる一族が割拠したところで、
それにゆかりの家があるのでは? と漠然と思っていたところ。

b60075012_2054476004650968_4821535298716434432_n.jpg

グーグルマップを見ると寺院の境内墓地、田んぼの中に村墓地などがあり
これは期待できそうな・・・ということで、5月11日の朝十時に
近江高島駅に集合しましょうと話は決まった。

a60054636_2054475974650971_4717342776549703680_n.jpg

bIMG_4158.JPG

近江高島駅まで丹波から往復約6時間!の旅。
昨年のいまごろ、高島市の山城を登ろうと、城友のMさんの車で清水谷城跡を中心に走り回った。あれから一年、時の経つのは早い!
今日の参加メンバーは七人であったが、K女子とO女子の母上の具合が悪くなられて今回は無念のリタイアとなり総勢五人での家紋調査となった。

c60113043_2055834007848501_2835799272975237120_n.jpg

d60534945_2060218364076732_6687633885146120192_n.jpg

まず、大溝藩主分部氏の菩提寺の円光寺からスタートしたが、入るところがない。隣の大善寺の墓地にお邪魔し、その勢いで円光寺の墓地に闖入した。墓地の一角に分部氏歴代の墓所、門の瓦、墓石の灯篭などに三つ引の家紋が刻まれている。
境内の墓石群は分部藩士のものと思われたのだが・・・。

e60204069_2060218280743407_88108565427912704_n.jpg

f60133818_2060218354076733_8021764191729745920_n.jpg

塔頭だった瑞雪院には分部氏に預けられ、高島で世を去った近藤重蔵の墓があり、家紋をジックリ見るとズバリ「鹿角」だった。

g60272949_2060218477410054_1588616383116083200_n.jpg

高島市域のお寺は曹洞宗と天台真盛宗が多いのが印象的、真盛宗は近江坂本の西教寺の末で、この地域に多いのはうなづける。当然、西教寺の紋である「三つ雀」が寺紋であろうと思ったが意外にも独自のもんばかりであった。
一方の曹洞宗寺院はこぞって定番の「竜胆車」紋。真盛宗の末寺は紋に頓着しないのだろうか?

h60069088_2060218847410017_6935028627075497984_n.jpg

お寺の墓地を訪ねつつ、目にとまった神社にも参拝。
三尾族の氏神だったという水尾神社、明るい境内には見事な庭が営まれ、リアルな陰陽石に笑わせていただいた。
昨年、訪問した田中城跡一帯では田中神社に参拝。牛頭天王を祀る、いわゆる祇園さん、神紋は当然ながら「五瓜」田中を名乗るものとして記念撮影を一枚。

i60136301_2055847567847145_4139654690096807936_n.jpg

j60335520_2060218564076712_1024203310430683136_n.jpg

k60595909_2060218744076694_8730716623461154816_n.jpg

l60352917_2060218860743349_4885540606463442944_n.jpg

さらに、おそらく神社のそもそもの主体であったろう神社近くの田中古墳群を訪ねると、その中心のところに継体天皇の父にあたるという彦主人王を葬ったという帆立貝形の円墳が在しまし、近江高島の古代における歴史的位置付けが垣間見えたような。

m59921530_2060219084076660_6696135631174631424_n.jpg

n60103788_2060218970743338_4072667472455532544_n.jpg

高島一帯に繁衍した西の佐々木氏の主城となるのが清水山城。その山麓に鎮座する大荒比古神社は西の佐々木一族が氏神とし、神紋は「平四つ目結」。
城址は何度か訪れながら神社には縁がなく、やっと参拝することができた。近くの善林寺の境内にも佐々木神社があり、こちらも参拝させていただいた。

ワイワイガヤガヤと高島南部の墓地を巡り、佐々木一族であろう田中、伊庭、山崎家の暮石に出会い、目結紋を用いる家が目立ったのはこの地域らしさであった。しかし、総じてオーソドックスな名字、家紋が多かった。高島の中世武家の名残を墓地に探れるのでは?と抱いていた期待は外れた形となった。
やはり勢いのあった家でも歴史の波に呑まれてしまう。そうしてヒトの営みは流動的、その土地の中世史は動くことのない古墳や山城にしのぶしかないようだ。

さて、家紋仲間と13ヶ所の墓地をめぐった高島市域での家紋散策、
暑さには閉口したが、ワイワイと楽しい1日であった。

posted by うさくま at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185997641

この記事へのトラックバック