2019年04月20日

丹波、向山から譲葉山を縦走

IMG_1705.JPG
今日の丹波は見事な快晴。
予定通り、城友のSさんとヒカゲツツジ観賞と山城探索に出掛けた。
柏原と氷上と春日にまたがる向山はヒカゲツツジの名所であり
先週登られたSさんによれば山城跡らしき地形地形があったという。
「それは行かずばなるまい!」になったが、せっかく登るのならば
向山から清水山を経て、明智光秀の陣城がある譲葉山までの
縦走にチャレンジしようということになったのだ。

1_57277837_2022620441169858_7287431355137261568_n.jpg

午前9時前、柏原八幡宮の駐車場で落ち合い、登り口のある
水分れ公園まで移動。この水分れ公園は、日本で一番低い分水界。
向山に発した水は西流し、日本海、瀬戸内海へと分かれていく。
公園内に鎮座する いそ(山石)部神社で水を汲んでいた方に水分れについて
ひとくさりガイドをいただき、向山への登山を開始した。

向山へは福田寺より観音堂登山口が定番らしいが、われわれは
最も急坂なルートを選択、一気に二の山と三の山中間にあたる尾根筋へ。

IMG_1713.JPG
斜面にはコバノミツバツツジが満開
2_IMG_3369.JPG
尾根筋に乗った 09:53

一休みしていると観音コースを登ってきた方々が続々と登ってこられ、
向山のヒカゲツツジを愛でながらの山歩きが人気だといわれるのが
実感されたことだった。ともあれ、そこから三の山を登り下り、
四の山へと登っていく。歩きやすい尾根道はヒカゲツツジが満開
所々に開く木々の間から赤井荻野直正が拠った黒井城跡が眼下に。
まことに楽しい山歩きとなったが、アップダウンの連続に汗だくである。

IMG_3375.JPG

f1IMG_3378.JPG
北を見ると真ん前眼下に黒井城  10:28
3_57421996_2022849764480259_6681001832870838272_n.jpg
ヒカゲツツジが満開 10:43
a58373530_2024402090991693_6498226682091012096_n.jpg
遺構らしきものがある四の山 11:00

たどりついた四の山、北方を見ると黒井城跡が眼下に見える。
Sさんいわく、この辺りが山城跡ではないかとのこと。いわれれば
四の山ピークを主体として北尾根筋に数段の曲輪、主体部より
向山へと伸びる尾根にも曲輪、堀切らしき地形が確認された。

4yama.jpg
城跡と思われる四の山(+が主郭と思われるピーク)
c58374221_2024402317658337_4486411443129810944_n.jpg
山頂、主郭の切岸?
d57812389_2024402544324981_7399502260369096704_n.jpg
段状に続く曲輪?
e57572686_2024402580991644_7765622203441217536_n.jpg
堀切?

さらに、柏原方面を見ると高見城山、東方には三尾山城なども見える。
遺構こそ明確ではないが、位置的にも山城跡とみて間違いはなさそうだ。 

f2IMG_3387.JPG 
ツツジヶ岡展望所 11:12

四の山から向山への尾根道はヒカゲツツジが見事に満開、、その合間から
黒井城が見え隠れし、花と山城が楽しめる最高のコースであった。
向山頂上には多くの山歩きグループが三々五々に休憩中、
ここから見える黒井城も見ごたえがあり、黒井城を取り巻く明智方の
小冨士山城、茶臼山城などの陣城群も手に取るように見えるのであった。

f57987796_2022850834480152_5848209125875384320_n.jpg
向山から見た黒井城、朝日城も眼下 11:17

はやばやと向山をあとにして木陰でランチ、清水山を目指した。
途中、譲葉山への分岐標識があり、清水山を経由するか否か迷ったが
ルートを考えると清水山は割愛して譲葉山へと舵をきった。

g1IMG_3399.JPG
梅堺(ウメノキョウ)567m  13:05
IMG_3402.JPG
見通しのきかない雑木林を歩く  13:15
IMG_3403.JPG ミツバツツジ

ここからは明確な山道はなく、地図を読み解きながらの山歩き、
ヒカゲツツジこそなくなったが、シキミやヤマザクラ、タムシバ
ミツバツツジなどの花が道行を楽しませてくれる。しかし、
展望もままならない雑木林の尾根道、途中迷いそうになりつつ
なんとか譲葉山へと続く山道に合流することができた。

IMG_3407.JPG

IMG_3410.JPG
棚原峠(奥地坂)470m   13:46

譲葉山への道は向山のルートに比べて荒れ気味、ヒカゲツツジもなく
展望もないこのルートは人気がないのだなと思われた。
権現山を越えると、尾根筋はひたすら登りとなり、アッサリと
譲葉山の北曲輪に到着した。もう、足はガクガク、汗みずくだったが
山城遺構となると気力がよみがえる。北の曲輪を歩きまわったのち
譲葉山城の主体部となる土塁囲みの曲輪へと踏み込む。

g2IMG_3415.JPG
譲葉山、北の曲輪  14:28
g38057698_2023108001121102_250163067394981888_n.jpg
譲葉山、山上曲輪の土塁  14:32

以前に来たときもあった譲葉神社が鎮座しているばかりで、妙味のない
土塁で囲繞されただけの大味な縄張である。神社も荒廃の色が漂い、
いまでは 神社に参拝する人もいないように思われたことだった。
柏原の町から譲葉山まで 登るのは相当の気力と体力がいる、レジャーも多く、
信仰心の薄れた現代にあっては省みられなくなるのも已むなしか。

譲葉山城で小休止したのち、柏原方面への下山を開始した。
道は明確で、途中に曲輪と思しき地形があらわれ、踏み込むと尾根先に
二重の堀切をもつ単純な構造の出曲輪が構えられていた。

h57511465_2023108621121040_4924413268832813056_n.jpg
尾根先曲輪の堀切  15:08

さらに下っていくと正面に高見城山と母坪城が見えている、一方の左手には
譲葉山城と連携して赤井氏を分断する金山城が見えるはずなのだが
成長した木々に遮られて眺望することはかなわなかった。

あとはひたすら下りとなり、途中から植林地帯となり、膝は笑い出し
こんなに下り続けたかな?と思ったころに柏原八幡宮の神宮寺であったという
大安寺跡の平坦地へと下ってきた。かつては大寺院であったというが
光秀の丹波攻めによって焼失、いまはわずかに観音堂が祀られているばかりだ。

IMG_1911.JPG
大安寺跡の平坦地と切岸  15:50
IMG_3441.JPG
織田家墓所の五瓜紋  16:04

ここまでくれば、あとは柏原八幡の駐車場に停めている車まで
町歩きとなる。途中、柏原藩 後の織田家の墓地に立寄りながらブラブラと
向山から譲葉山までの歩きで疲れきった身体に鞭打って歩きとおしたのだった。

IMG_3453.JPG
駐車場から向山を振り返る  16:40

柏原八幡から水分れ公園まで移動、時計を見れば4時30分
何キロの山歩きだったかは分からないが、すべて7時間の強行軍であった。
もう足はガクガクであったが、十二分以上の達成感を味わえた山歩きだった
今日の向山から譲葉山への歩きは丹波戦国トレッキングとしても
楽しめるルート、四ノ山城跡の再探索を目的に再訪したいところだ。

posted by うさくま at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 山城探索
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185899729

この記事へのトラックバック