2019年03月31日

丹波に土着した関東武士・足立氏の山城をめぐる

先週、城友Sさんと岩尾城と母坪城に一緒したのち
丹波市青垣町に西遷した関東御家人の系譜を引いた国衆
「足立氏と一族の山城に登りましょう」ということになった。

本当は昨日を予定していたのだが、生憎の雨、
迷った末に、順延して今日の山城攻めとなったのだ。

足立本家の主城である山垣城跡と周辺の山城群だけでは
いささか物足りない。それではと、氷上郡と天田郡の境目の山上にある
烏帽子山城跡も今日の城攻めメニューに追加した。

谷川駅でSさんと落ち合って、青垣へひとっ走り!
青垣いきものふれあいの里に車を停め、烏帽子山城をめざした。

ふれあいの里の散策ルート上にある休憩所までは標識もあり迷うことはない。そこから先は地図をにらみながら城址のある烏帽子山(512m)へとひたすら登っていくことになる。

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登り斜面の途中、誰に見られることもなく山桜が咲いていた。

烏帽子山城は内藤宗勝に対した赤井氏(直正であろう)が築いたもので、一次史料の少ない山城には珍しく宗勝の城攻めに関わる文書が伝来し、戦国時代における実在が史料から確認できる稀有な山城である。

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城そのものは三角点のある山上に主郭をおいた単純な構造で、南尾根に切られた二重堀切が特徴的な山城である。以前に登ったときは、東方に鬼ヶ城を望み福知山盆地が睥睨できたのだが東斜面の雑木が成長、展望が遮られていたのが残念だった。

迷いつつ烏帽子山城を下山したあとは山垣城に移動。
ミゾレ交じりの小雨が降り出したなか、山垣城に登山。

山垣城は登り口に遠祖である足立遠政の墓所(五輪塔)、足立一族による顕彰碑が建立され、丹波足立氏の聖地といった趣きである。むかし、墓所には石の扉があり、足立氏の紋所である「五本骨扇」「酢漿草」が打たれていたが、何時のころか撤去されてしまったようだ。

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城址は丹波足立氏嫡流の居城だけに、一応の結構を備えた山城である。北方の万歳山から伸びる尾根先に構えられた山城遺構は、ピークに主郭を置き、分岐する尾根ごとに曲輪を構え、南尾根筋に二重の堀切、竪堀、帯曲輪などを設け、万歳山に至る後方は高い切岸で防御している。
烏帽子山城に比べると、見るべきところの多い山城である。

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三つ目に選んだのは、山垣城の北方に残る田ノ口城跡。
豊岡自動車道の建設で消滅したのでは?といわれていたが、城址遺構は健在で、主体部の曲輪には祠も祀られている。その祠への参道が城道で、勾配はきついが短時間で城跡へと至る。

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城址遺構は南の尾根先に最大の曲輪、北方に続く尾根筋に小さな曲輪群を配置、その先の尾根は土塁と二重の堀切で遮断している。さらに主体部西方の尾根元も堀切でカット、小さいながら山城パーツは備えているのであった。

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田ノ口城は、城址の南方を但馬への旧山陰道、西方に夜久野へ抜ける千原峠を越える峠道が通じている。遠坂峠に備えた遠坂城とともに足立氏にとって重要な支城であったことは間違いない。

雨が降ったりやんだりするなか、四つ目の山城は八幡山段城。
先日の山名氏保存会の歴史講演会の講師・高橋さんのレジュメにあった概略図を見て、これは「おもしろそうな」と直感的に選んだのだった。城址は山垣城とは旧山陰道を隔てた西方の山上にあり、互いに呼応しながら街道を押える支城であったのだろう。

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東方山麓にある八幡さんの長い石段を登り、その後方の急斜面を登る。城跡?と勘違いさせる緩い尾根の向うにもう一つの急斜面があり、それを登っていくと城址東曲輪の切岸が前方にあらわれる。

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朝からの城攻めと二つの急斜面の登りで体力はほぼエネルギー切れであったが、たどり着いた城址は尾根に三段の曲輪を構え、西端部に土塁、その向うの尾根筋を堀切で遮断。登ってきただけの甲斐がある遺構に出会うことができた。

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山上の城址から下る道はないかと探したが、すでに消滅したようで、ふたたび急斜面を下山したのはきつかった。

四つの山城を経めぐったあとは、呑み会の予定だったが、まだ夕暮れには時間がある。ということで、赤井・荻野連合軍と足立・芦田連合軍とが戦った香良合戦で戦死した足立・芦田方の武士を祀った祖父祖父堂(地元の伝承では明智光秀に騙し討ちにされた武士を祀るという)を訪ね、合戦が行われたという香良の地を訪ねた。当時のことを語るものは何もないが、氷上郡における戦国分け目の合戦が行われた地と思えば感慨深いものがあった。
あとは、呑み会に一直線、あれやこれやと話が盛り上がり、夜は更けていったのだった。
posted by うさくま at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城
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