2019年03月02日

周山城跡見学登山会に参加する

かねてより予定していた周山城跡見学登山会当日。
天気は快晴、あらかじめ調べていたルートのうち
メンドウな結果になりやすい最短距離コースで
集合地となる「道の駅ウッデー京北」に車を走らせた。

周山城登山は、今回で何度目になるだろうか?
篠山から天引峠を越えて園部、そこから日吉ダムを経て
山中へと入り持越峠を越える何度か通った道である。
余裕を持って出たのだが、峠越えの山道を下ったところで
道を間違えたようで、同じルートを二度回ってしまった。

IMG_E2408.JPG
ウッディ京北に集合した参加者

「あれ?」と焦りつつ悩んでいたら、地元のおじさんが
「ここはよく間違えるところ」と言って、あるべき道を
教えてくれはった。が、集合時間には間に合いそうもない!
ともあれ、焦りつつ集合場所を目指した。すると、
もう間近まで来ていたようで、なんとか間に合ったことだった。
今日のカーナビゲーション、なんとも不可解ではあった。

ウッデー京北で弁当を購入し、京都からのバス組と合流
大方が関東方面の方々という参加者はすべて19人。
今日の特別ガイドである福島さんからレジュメを拝領、
周山城の解説をいただき「いざ周山城!」と攻め込んだ。

53063708_2586800501390451_2271125727703203840_n.jpg
登山口の説明カンバンを前に解説を拝聴

おりおりに福島さんのガイドを拝聴しながら
まずは北東に構えられた曲輪へと登っていった。
福島さんは京都市が撮影したという赤色立体図のなかで
もっとも気になる曲輪といい、タップリと解説を聞きながら
外縁の切岸をジックリと見学したのだった。

52920488_2586800941390407_5261549050309640192_n.jpg
北東の曲輪切岸

久しぶりに登った周山城は、連年の台風被害であろう
以前は視界を遮っていた斜面の植林がスッカリ伐採され
山道も崩壊したところが所々改修されているのであった。
それもあって、主郭へと続く尾根筋からは北方に弓削庄
東方に山国庄が一望で、これはこれで見ごたえがあったが
山としてみた場合、以後、斜面の崩落が続くのではなかろうか。

IMG_2427.JPG
一つ目の虎口
IMG_2429.JPG
二つ目の虎口
IMG_2432.JPG
主郭へといたる登り石塁

さて、主郭東方曲輪に残る曲輪虎口、二つ目の虎口を入ると
登り石塁が主郭へといたる。主郭は周囲を土塁が囲繞し
天守台であろうか?と目される土壇が謎を含んで残っている。
ここで、昼食を摂り、記念の集合写真を撮影、
福島さんの周山城の歴史と縄張りに関する解説を拝聴。

53036243_2586802671390234_4970539263381733376_n.jpg
主郭で福島氏の開設を拝聴
IMG_2493.JPG
みんなで集合写真

しこうしてのち、山上曲輪群の石垣を堪能しつつ城跡を見学、
破城を受けながらも随所に石垣が残る周山城は
明智光秀の几帳面な性格を示した傑作との声も出る山城であった。

53303516_2586803161390185_4285996294729629696_n.jpg
西の曲輪へと下る登り虎口
53179320_2586803458056822_9010125450319495168_n.jpg
西の曲輪の石塁と高石垣

さらに西方尾根を遮断する堀切を越え、その西方尾根に残る
「土の城」へと踏み込んだ。その手前で驚かされたのが
すぐ南方の斜面まで林道が伸びてきているのであった。

53257553_2586803761390125_6204859434858971136_n.jpg
西尾根に続く大堀切
53340152_2586806914723143_3837660270906310656_n.jpg
二つ目の堀切
IMG_2465.JPG
アッと驚かされた林道

昨今、あちらこちらの山に助成金消化の林道が開かれているが
おそらく周山城を脅かさんとする林道もその類と思われた。
結果として自然破壊になるのに、と思えば残念な工事というしかない。

53092873_2586805184723316_1195863511050223616_n.jpg
西尾根、土の城の仕切り土塁
52970957_2586806741389827_3133824386469986304_n.jpg
土の城、西端部の虎口

土の城を見学したのちは、一旦、主郭部へ戻り、主郭西南曲輪の
石段を伴う虎口を抜け、その先に伸びる斜面に構えられた
登り石塁を踏破。遺構そのものは分かりにくかったが、
主郭部の西南部を防御する構えとしては先進的だったのではないか。

53730327_2586807598056408_2814578835998113792_n.jpg
東南曲輪の石段を有する虎口
IMG_2503.JPG
京都新聞の記事より転載

周山城、明智光秀が築いた山城とはいえ、本能寺の変以前に
完成していたかどうかは不明のようだ。徳川家康と対峙した
羽柴秀吉が家康に味方する丹波衆を警戒して工事を継続したともいう。
おそらくその通りであろうが、山麓に城下町といえるものはなく
天守があったともいわれる主郭部は東方を若狭と京を結ぶ
街道筋から見えない。なんといおうか、その築城意図が理解しがたいのである。

京都バス組の帰りのバス時間もあり、全山踏破とはいかなかったが
福島さんのガイドを拝聴しながらの周山城見学、おもしろかった。
帰りは、来た道は通らず、カーナビの示すところの推奨コースを選択
1時間20分チョッとで無事、帰宅できた。今日の周山城攻め
4月に予定している戦国倶楽部の周山城オフ会の下見としても
バッチリの成果を得られたことだった。めでたし、めでたし!
posted by うさくま at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185660287

この記事へのトラックバック