2019年01月14日

鷲尾家、千年家、淡河城を経めぐる

播磨に陣取った平家軍を討つため京を発し、丹波を通り抜け、
三草山の平家軍を追い落とし、鵯越を目指した源義経。
その義経が次に目指したのは平家本軍が陣取る須磨、
裏六甲に馬を進めた義経勢、地理に暗い義経らを
道案内したのが裏六甲(山田地区)に勢力を有した鷲尾一族の義久であった。

義久が案内したという藍那古道を訪問、鷲尾一族の系譜は現代にまで続き、
古道の入口近くに菩提寺・福田寺、街道の路傍に営まれた鷲尾家の墓所
古道は往時もかくやという佇まいで、いい雰囲気であった。

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今日は鷲尾家の家紋採取にとどめたが、いつか
義経らが進撃していった藍那古道の踏破をしたいものだ。

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裏六甲は山田地区の鷲尾氏ゆかりの史跡をそぞろ歩いたのち
日本最古の住宅といわれる衝原の箱木千年家を再訪。
ひとかげのない千年家、隅から隅まで堪能させていただいた。

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篠山への帰路、淡河道の駅で遅い昼食、
その背後に残る淡河城跡に登ってみた。むかしと変わらぬ
手入れがされているのか、いないのかといった状態。

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主郭部を取り巻く空堀は潅木が茂り、主郭の周囲も
竹薮が生い茂っている。道の駅からすぐの立地、城址を示す
カンバンと妙な隅櫓が立っているのはよしとしよう。
しかし、城跡そのものはお世辞にも手入れされているとは思われない。
淡河の史跡としては外せないところ、主郭周辺だけでも、
もっとていねいな城跡整備を望みたいものである。

posted by うさくま at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索
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