2018年12月24日

弥高山城跡登山で姫路に

今日は快晴。
かねて気になっていた弥高山城跡登山で姫路に出掛けていった。
同行者は家内、宍粟城研のタケネットさん、城友のTAKASHIMAさんの三人。

弥高山城跡は広峯神社から北方の香寺町須加院へと通じる尾根道に
位置している山城跡で寺院を転用したものといわれている。

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そもそも、いま関わっている同人誌に連載している家紋コラムに
広峯神社の大別当職であった広峯氏の歴史と家紋を取り上げた。
ということで、この夏より資料を求め、広峯神社にも通い、
広峯氏の情報を集めた。その過程で広峯神社社家の墓所の存在を知り
さらに、弥高山城・千軒寺の存在を知ったことだった。

そして、今日、今年三度目の広峯神社訪問。その北方にある
社家墓所、弥高山城跡への山歩きに踏み出したのだった。

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広峯神社へ
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正月準備中の拝殿

九時半、広峯神社鳥居そばの駐車場で落ち合い、
戦国大名黒田氏にもゆかりの深い広峯神社の御師、いわゆる
社家の旧居跡を経巡りながら、ひたすら山道を北上した。

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御師屋敷群の石垣と土塀跡
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尾根道をひた歩く
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ほどよいアップダウン、いい感じの山歩き

木の葉を落とした木々、散り敷いた落ち葉、
折々に垣間見える遠くの山々、町など快適な山歩きが楽しめた。

広峯神社から一時間、城址(寺跡?)に登りついた。
せっかくなので、その先のビュースポットから東方に須加院方面の町
北方には置塩城跡、南条山城跡(置塩古城)を遠望。
天気はよく、肌寒な気候、山歩きには抜群のコンデションであった。

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遠くに置塩城跡が見えた
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拡大して撮影
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お城跡でドローンをあげるタケネットさん

さて、弥高山城跡は、南尾根筋にひな壇状に築かれた遺構が残り、
削平も丁寧で切岸も明確、土留めであろう石積みも確認できた。
城址を歩いた限りでは、山城というよりは寺院跡としたほうが
妥当と思われる遺構群であった。また、当時のものであろうか
土器(壺あ?)の破片も発見、生活空間でもあったことが想像された。

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城跡を歩く
h48424800_2439065286163974_4736916626144755712_n.jpg 要所に土留めの石積
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削平地が連なる城跡
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土器の破片

資料などによれば、南北朝時代、山城として使用されたといい
戦国期には広峯氏ら広峯神社社家の詰めの城、あるいは、広峯氏らが
属した赤松守護家の本城である置塩城の南方の備えに任じたものか。
いずれにしろ、人里離れた山中に残る弥高山城跡、山城として
使用された歴史はあろうが、やはり寺跡であったとみるべきだろう。

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広峯神社社家、前の墓地

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姫路市外を遠望

弥高山城で昼食をとったあと、肌寒さも一入となった。
広峯神社への帰路に社家墓所に再訪、墓石に彫られた名字を調査。
今日は同行者もあることとて、簡単な調査にとどめ広峯さんへと
戻っていった。せっかくなので奥の院にあたる白幣山に祀られる
吉備神社と荒神社を経由して黒田家、魚住家などの御師屋敷群跡の
石垣をめぐって広峯さんへと帰還した。

mIMG_0680.jpg 御師屋敷跡の高石垣

今日の思惑では、弥高山城を踏破したあと、時間があれば
姫路で最大級の山城といわれる庄山城跡も視野に入れていたのだが
微妙な時間ということ、庄山城跡は薮山という情報が多く割愛に決定。
広峯さんの休憩所でタケネットさんのドローン画像、
播磨に散在する山城談義に花を咲かせた。

nIMG_0701.jpg 官兵衛神社って?

今日、広峯さん境内において驚いたのは、官兵衛神社が
建立されるということ。いまさら感もだが、古色をまとった広峯さんの
本殿かたわらに妙な神社を建てるものと、呆気にとられたことだった。

時計を見れば三時半、ほどよい時間となった。ここで、今日の城攻めは
終了とし、次のオフ会を約して、三々五々に帰路に就いたのだった。
posted by うさくま at 12:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 播磨の山城
この記事へのコメント
弥高山城跡は私がタケネットさんに教えた城跡です。
最近私が教えて案内した城跡を後追いしているよですね。これもGPSと国土地理院の地形図でたどり着くことができました。

最近はガーミンGPSと地形図で歴史資料から目安をつけて、藪漕ぎで100%発見できるよになりました。山麓に埋もれた構居跡を目を凝らして注意深くみると発見できますよ、
Posted by 播磨備前守 at 2019年04月04日 20:38
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