2018年11月25日

波多野秀治ゆかりの地歩き ガイド役を務める

市から受託した「日本遺産・創造都市めぐりツアー」
その一つ『波多野秀治ゆかりの地歩き』を担当。
担当&ガイド役として下準備、見学先との交渉を進め
今日、いよいよ本番当日を迎えた。天気は晴れ
参加者は定員20人を越える27人、ツアーは
篠山城天守台から高城山上に残る八上城跡遠望からスタート

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秀治の子孫という波多野氏が屋敷を構えた味間奥
本家は途絶えたが分家にあたる波多野さんのガイドで
波多野家旧宅の長屋門、波多野秀治供養塔、
秀治を祀る御霊神社、茶畑、紅葉の名所大国寺をめぐる

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秀治の遺児という甚蔵が入山、僧侶の修行をした文保寺
今年、33年に一度という秘仏開帳が行われ、
それに合わせて修復された山門の仁王像を間近に鑑賞

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文保寺で午前のツアーを終え、
茶の里会館で弁当を使ったのち午後のツアー

歴史美術館で波多野秀治画像と高城山合戦図、
それぞれ三幅、併せて六幅を鑑賞。
波多野家に伝来し歴史美術館に委託されたもの
秀治の菩提寺誓願寺に伝えられたもの
一堂に展示したのは史上初、今日のツアーの目玉であった。

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歴美を出たあと、落城伝説を語る乙女塚と女畷
女たちが落ちてきた八上城を眺め、この地で
自害したという女たちの悲しさに想いを馳せる

八上城攻めに光秀が築いた陣城群を車中から眺めつつ
光秀が本陣とした般若寺跡に建つ正覚寺を訪問。
作庭家重森三玲が築いた庭を庫裡から鑑賞
寺の後方に営まれた般若寺城の中腹より八上城を眺望
呼べば応える、打てば響く距離に合戦のリアルを実感。

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最後の訪問先は、八上城北山麓に残る前田主膳屋敷跡
いまに残る遺構は波多野氏が滅亡したのちに
八上城下に入ってきた大名たちが築いたものである。
名称にもある如く、前田主膳が城下町を形成し
その改易後、松平康重が八上藩主として多紀郡に入部。
家康の命で篠山城を築いた後、八上城はその使命を
まったく終え、歴史の波間へと消えていったのだった。

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こうして、全ての訪問地を回り終えて予定通りの午後四時に
篠山市民センターに帰着、ツアーは無事終了した。
アンケートを拝見した限り、概ね満足をいただけたような。
大河ドラマのストーリーは未だ見えていないが
丹波がガッツリ取り上げられることを願うことである。
posted by うさくま at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き
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