2018年11月24日

備前浦上氏の家紋探索に岡山に遠征

いま進めている「歴史民俗誌Sala」の次号原稿、
今回とりあげた浦上氏の家紋調査を播磨中心に続けてきたが
備前が調査できていないモヤモヤ感を排除するため
思い切って備前方面の取材に飛び出したのだった。

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山陽道備前インターチェンジ

篠山口から372号線を西進、加古川北インターチェンジから
山陽道をひた走り、備前インターを下りてすぐのところにある
木谷の公民館傍に佇む浦上村宗の供養塔をウォッチ。

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浦上村宗の供養塔

村宗の供養塔から備前焼の里を通過して瀬戸内市東須恵地区へ。
訪ね当てた天神山城主 浦上宗景の子宗利の子孫という浦上氏の墓地、
宗景と初代宗利の墓をはじめ代々の墓石群が林立、家系の真偽は
措くとして墓石に打たれた家紋は、ズバリ「檜扇」であった。

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ここまで、あらかじめ調べておいた目的地をドンピシャで踏破

ついで岡山市北区御津伊田に集住する浦上家の墓地を探すために北上。
最初にお邪魔した墓地は景山家の株墓地でズラリ「剣花菱」紋、
次の村墓地では立古家の「巴に二つ引」、小森家の「菱に蔦」など
3つ目で浦上家の株墓地を発見、打たれた家紋は挙って「横木瓜」、
すぐ近くの4つめの村墓地も浦上家が多数派を占め「横木瓜」紋だった。

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赤磐富士を左手に見ながら御津平岡西地区へ移動する。
すぐ近くに松田氏が拠った金川城があるのだが今日はスルーだ。
苦労の末に探し当てた浦上家の株墓地は「藤輪に違い矢羽」紋、
道端に備前一ノ宮 石上布留魂神社 のカンバンがあり、折角なので
寄ろうとしたが所在地を特定できず、若干後ろ髪を
引かれつつ次の目的地である閑谷学校へと転進した。

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途中、サッポロワイン岡山ワイナリーを発見、当然ながら寄り道
工場を見学してショップコーナーでワインを試飲

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お土産に二本購入して再びドライブ。
走っていると山城らしい峻険な山が前方に
ズバリ 天神山城跡だった。山麓に散在する浦上家の
墓所を探したが住民の無情な回答にめげて転進を続ける。

さらに進んでいくと由緒ありげな建物が
訪ねてみると「大国家住宅」とあり国の重文指定を
受けているが全体に荒れた印象が惜しまれた。
その西方に山城らしき山があり調べてみると北曽根城跡

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よりみちをしながら到着した閑谷学校、
思いがけぬ人出の多さにチョッとびっくり!
紅葉の盛りは過ぎていたが、陽を浴びた山がキレイ
学校はよく手入れされ気持ちのよい空間であった。

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今日の岡山遠征、講座「丹波学」の四講を振り切って
行ってきたわけだが、想定以上の収穫があった。
胸につかえていたモヤモヤがスッキリした。
posted by うさくま at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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