2018年10月13日

DSG土曜会で篠山城刻印の話を拝聴、ついで「丹波学」。

ディスカバー 土曜会に出席。
恒例の連絡会が終わったのち、ガイド勉強会。
「篠山城の刻印」を調査・研究されている大森さんの
「刻印の話」第二回を拝聴。
先月は篠山城の築城背景と篠山城石垣築造にかかる話、
今日は、本題である「石垣刻印」の実地調査から
論を組み上げた話で、ググッと引き込まれた。

篠山城は徳川家康による天下普請で築かれた近世城郭であり、福島、浅野、毛利らの西国大名が動員され三ヶ月で築かれた。突貫工事現場において、大名間のトラブル防止や普請工事を円滑に進めるため石材に刻印を打った。
工事に際して大名たちには工事箇所が振り当てられたと思われ、刻印も大名ごとに個性があったと思われる。ところが、篠山城の刻印は種類も多く、刻印ごとに担当区画が分かれているということもなく、いわゆるバラバラなのだ。

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大森さんは、そのような篠山城の石垣刻印を徹底調査され、打たれた刻印を篠山城が築かれたのちに天下普請で築かれた名古屋城や大阪城、江戸城、加えて大名が築いた居城などの刻印を調査され、それらを照らし合わせて篠山城の石垣刻印がどの大名のものかを推定、体系化されたのであった。さらに、刻印の体系化により石垣を築いたであろう大名も推測された。

刻印の図柄は家紋に通じるところもあるとのことだったが、築城に関わった大名の家紋がそのまま刻印となっているものは「少ない」というしかなかった。家紋好きなものとしては刻印と家紋が同一であれば心躍るところだが、石垣の刻印はあくまで工事の進捗が主体で打たれたものであったようだ。
とはいえ、大森さんの調査研究は、これまでの先行研究とは一線を画した体系化されたもので、実にアカデミックだった。しかも、発表するのが楽しそうで、勉強会は予定の時間を大幅に越えたが、実に勉強になった!

次回のディスカバー勉強会も大森さん、座学を離れて篠山城の石垣に打たれた刻印群を実地にウォーキングしてウォッチング。これは外せない!ところだが、すでに予定がありで参加は叶わない。さて、どうしたものか!


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講座「丹波学」第三講を聴講
講座「丹波学」を受講。お題は「松永久秀・長頼兄弟と戦国時代の丹波」、講師は天野忠幸氏。信長上洛以前の丹波、三好長慶を支えて活躍した松永兄弟、丹波を席巻した長頼のちの内藤宗勝の動向、もっと注目されてもよいと改めて思う。

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講座が終わったのち、市島町竹田方面に出っ張って、ずーっと続けている墓地紋調査を行う。あっちにバタバタ、こっちにウロウロ、我ながら落ち着きのないことだ。


posted by うさくま at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録
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