2018年09月22日

曽地内藤家にお邪魔して眼福にあずかる

同僚のNさんの手をわずらわせて、おもゼミの下調べとお願い事で、曽地の内藤家にお邪魔した。
曽地内藤氏は『太平記』にも登場する丹波武士、内藤三郎左衛門入道道勝の後裔といい、かねてより心にかかっていた家だ。以前にも家紋の調査で周辺を歩き、内藤氏が拠ったという曽地城にも登った。今日、訪問した内藤家は本家にあたるといい、喜び勇んで御訪問したのだった。

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不躾に訪問したにもかかわらず、内藤さんの家刀自は
表装された家系図、家紋などに関わる資料を桐箱から出して
見せてくださった。その真贋はあれこれ言うものではないが
普段なら見ることのできない貴重な資料群ではあった。

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さらに、先祖が足利尊氏から拝領したという
二通の感状を拝見した。建武二年、某所の戦いで
戦功を上げたことが記されている。崩し字で書かれた内容は
正確に読み取ることはできなかったが、大切にされたものであろう。

文書の形態について、素人目にも気になるところはあったが
内藤家の皆さんがその内容を信じられ、表装もされている。
それを思えば、賢しらにあれこれ言うことではない。
ともあれ、秋のおもゼミにおける諸々のお願いを
聞き届けていただき、内藤家を辞したのだった。

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せっかくなので、内藤家を含む内藤株の共同墓地にお邪魔する。
墓所の中央には「曽地城主内藤土佐守道勝」のまだ新しい
石標が建立され、その周囲には「五三桐」紋を刻んだ
曽地内藤家 諸家の墓石が林立しているのであった。

先にお邪魔した内藤家の屋根の妻部分に打たれていた「輪鼓」紋
墓所の道勝の石標、挙って墓石に打たれた桐の紋
今も曽地の奥に内藤家の歴史は確実に受け継がれているのだった。
おもゼミに取り上げたい丹波の中世武家・内藤氏
よい取材ができた。同僚・Nさんに感謝である。
posted by うさくま at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索
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