2018年07月15日

酷暑のなか、八木城登山オフを実行

丹波三大山城といわれるのが多紀郡の八上城跡、
氷上郡の黒井城跡、そして船井郡の八木城跡の三城である。
それぞれ、明智光秀の丹波攻めに抗戦して落城、
丹波国の戦国時代史に大きな足跡を刻んでいる。

先月、戦国倶楽部の有志プラスで三大山城の一つ八上城を踏破
今日、二つ目の八木城跡攻めを実行した。

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八木城といえば丹波守護代・内藤氏の山城、
戦国末期から安土桃山時代を生きた内藤ジョアンが有名だ。

先週、梅雨が明けてからの暑さは半端ないもので
近畿地方各地では異常な高気温を記録している。
今日も三連休最高の気温という。ともあれ参加者は少人数の四人、
無理せず行こうと篠山口駅、ついで八木駅で全員集合。

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登り口、家臣団屋敷跡の石造物の残欠

コンビニで水分と食料を確保してのち、大手ルートから登山。チョッと登っただけで汗だく、喘ぎながら対面所曲輪に到着、以前来たときと変わらぬ雑木薮状態である。

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対面所曲輪の土塁と城道を兼ねた横堀

対面所曲輪から主郭まではひたすらの登りとなり、暑さと疲労は容赦なく老体を苛み、主郭に着いたときはふらふら。ひさしぶりの八木城主郭からの眺望を楽しみ、雑談じながらタップリと休止をとってのち、北の曲輪(内藤五五郎・並河重郎)、中の曲輪(馬場・二の丸)、亀岡方面からの登山ルートの曲輪群を探索。雑木に邪魔されつつ堀切、切岸、土塁などがシッカリと残っている

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本丸から京都方面を望む
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本丸に残る石積
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内藤五郎曲輪の土塁
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五郎曲輪と並河重郎曲輪を区画する堀切
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主郭部二の丸西の堀切(左の切岸は内藤和泉曲輪)
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南谷筋に残る曲輪の石積

八木城は主郭を主体部として東西南北の尾根に曲輪を設け、西方別尾根を固める法雲曲輪まで、流石に守護代の山城らしく規模は大きい。曲輪群ごとに内藤一族、被官など城将の名前が付されているが、果たして、そのままに受け止めてよいものかどうか、疑問ではある

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内藤法雲曲輪への道

西に続く尾根筋の曲輪群(内藤和泉・八木玄蕃)を踏破し、法雲曲輪へと攻め込んだ。法雲曲輪は内藤ジョアンの父・宗勝(松永久頼)が拠った曲輪。これまで、なかなかたどり着けなかったところだ。
踏破した法雲曲輪は雑木に覆われているが、城址遺構はよく残っている。とくに城址の北端、南端を区画する堀切はシッカリと穿たれ曲輪側の切岸には土留めであろう石積も確認できた。

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法雲曲輪北西の堀切
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法雲曲輪南堀切の石積
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法雲曲輪南堀切

ところで、法雲といえば、多聞城、信貴山城を築いた松永弾正の弟、戦上手で知られた武将である。それゆえに、法雲曲輪には期待するところは大きかった。ところが、実際に歩いてみて、ごくオーソドックスなもので、先進性のなさが意外であった。

n37265088_2131612890242550_7028452729928286208_n.jpg 妙見口を下山

法雲曲輪でほぼ疲労困憊!暑さはピーク!身体は火照り、足元も覚束ない、なんとか丹波八木城跡の曲輪群は、ほぼ踏破したことでもあり、無理せず妙見口方面に下山した。

下山したあと、喫茶店で一服。体力チャージもできたこともあって、もう一城行こう!ということになり、井上氏が拠った新庄城をピックアップ。文覚池の傍らに車を停め、獣防柵を開き城址を目指した。

新庄城は北と南の曲輪で構成される、いわゆる別郭一城の山城。山麓の獣防柵から踏み込み、薄っすらと残る山道を登っていくと北曲輪へとたどり着く。城址は八木城と同様に雑木が無造作に生い茂り、展望も利かない。

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文覚池越しに城址を遠望
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北の曲輪虎口
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主郭切岸と腰曲輪

とはいえ、城址の土塁、切岸、薄い堀切など山城遺構はそれなりに確認はできた。しかし、南曲輪群へは雑木薮のすさまじさと、おりからの暑さによる体力消耗で踏破は割愛した。

酷暑のなかの無謀な登山でもいえる今日の戦国オフ会。なんとか、熱中症にやられることもなく、無事に終えることができた。新庄城を下山したところで今日はお開きとして、次の山城見学での再開を約して、それぞれ帰途についたのだった。

【アフター】
新庄城を探索しているとき戦国同人のMさんから連絡があり、
ささやかなオフ懇親会を篠山の某所で行った。
アルコールがいけるのは、全員が車ということもあって
発信者のみであったが、戦国話を肴に呑むチューハイは旨かった。
posted by うさくま at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部
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