2018年06月16日

摂津・丹波・播磨、三国の境目に位置する蒲公英城跡

先日、戦国同人のM氏より、神鉄道場駅すぐにある山城
蒲公英城跡(松原城跡)が宅地造成で消滅するという情報をもらった。
十年以上前にきたときは、雑木と笹竹が生い茂る、あまりな
藪状態を前にして城域に踏み込むのがためらわれたことだった。

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2006.03.19  神戸電鉄道場駅方面より撮影
         ↓↓↓↓

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2018.06.16 同方向より見た今日の蒲公英城

蒲公英城跡は赤松円心の四男で南朝に味方した氏範が南北朝期に築城、
その後、同じく赤松一族の松原氏が城主となって戦国時代を迎えた
最後の城主松原義富は別所氏に属し、羽柴秀吉の播磨攻めに抗戦、
小さな松原城跡は、あっけなく落城したという。
神戸市の文化財指定は受けていないようだが、城址にはチャンとした
説明カンバンもあり、史跡と認識されているのに乱暴なことである

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禿山となった城址を川越しに見る

さて、ひさしぶりに訪れた城址は、木々が伐採されて禿山状態。
以前、山麓にあった民家群は立ち退きをされたようで取り壊され
重機が整地作業を行っている。前に来たときは笹薮に前途を阻まれたが
今日は、サクサクっと城址へ登っていけた。持参した縄張り図によれば
主郭と二の郭を中心に腰曲輪、帯曲輪で構成されている。

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主郭と二の郭を区画する堀切
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秀吉軍の軍勢とは川を挟んで対峙したらしい

主郭に踏み込むと三方を土塁が囲繞、かつては民家が建っていたようで
門跡に名字がはめ込まれていた。あの笹薮の中に民家があったとは
一方の二の郭にはお稲荷神社が祀られ、参道もあったようだ。しかし、
すでに社殿は崩壊、かつて神社に用いられていた石材が斜面に散乱
狐の焼き物が跡地の一角に集められているのが侘しい。
ともあれ、一昔前は、駅前によくある普通の町の風景だったんだろう。

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かつてあった稲荷神社の残骸、信仰心は何処へ?
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主郭切岸と横堀のある帯曲輪
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東の曲輪(祠の中は空っぽ)と二の郭切岸

炎天下のもと城址を歩いた限り、調査をしたようには見えない。おそらく史跡として発掘がなされないまま宅地化されてしまうようだ。指定とならなかったのは、主郭に民家、二の郭にお稲荷さんがあったことから見送られたのかも知れない。もっとも、民家、稲荷があったが故に、これまで残ってきたとも言えそうだ。
蒲公英城跡は播磨における歴史、地域における戦国史跡としても貴重なものなのに、城址保存への動きもなさそうだし、山城ファンの一人としては残念なことというしかない。

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五輪塔群と主郭切岸
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城址北麓に祀られる五輪塔残欠などの石造物群

仔細に歩いてみると、城址の北麓と駅側の曲輪の一角に五輪塔などの残欠が祀られている。これも、最終的には撤去され、いずこかへ遷され、忘れられていくのだろうか。
蒲公英城の城下町となる道場の町は古い街道の面影を残し、城址を防御する外濠となる有野川の流れ、そこに城址の小山が加わることで歴史的景観がいい感じである。その風景を守る方が、宅地造成などをするよりも大いに価値があると思うのだが、返す返す残念至極というしかない。
posted by うさくま at 07:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 摂津の山城
この記事へのコメント
うさくまさん。
お久しぶりです。
イッシーです。
松原城跡破壊されるのですね。
非常に残念です。
昔職場で一緒に働いていた同僚に松原城跡の末裔の方がいました。
その同僚の母親が松原城跡の末裔の方だと教えてくれましたよ。
今はもうその同僚とは音信不通になりましたが。
Posted by イッシー at 2018年06月19日 22:08
イッシーさん

ご無沙汰です。
また、山城が一つなくなります。
道場の歴史に深く関わる史跡なのに
なんとも残念なことです。

篠山の野間砦跡も風前の灯状態
大河が決まったというのに惜しまれます。
Posted by 播磨屋 at 2018年06月20日 07:01
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