2018年06月13日

戦国仲間と丹波篠山の山城をめぐる

明智光秀の大河ドラマにかけた丹波篠山ミニオフ会
「八上城跡中心に、波多野氏ゆかりの戦跡を歩く」に汗を流した。
メーンの八上城跡をネッチリ探索したのち、奥谷城跡 →野間砦跡 →
畑氏館跡(土居の内)→大上西ノ山城跡 →般若寺城跡まで
波多野氏と明智方陣城群をめぐり、おまけに淀山城跡を踏破した! 

今日の参加者は、総勢5人と少人数。
篠山口駅で集合して車に乗り合わせて八上城跡へ。

34788469_2055090734561433_7047453081130237952_n.jpg

春日神社口で全員集合、今日のレジュメを配布
それぞれの自己紹介もそこそこに登山開始となった。
前田主膳屋敷の切岸を横目に本来の大手ルートから踏み込み
主膳屋敷と主膳供養塔を写真に収め、
北西尾根筋を登っていった。もう何度も登ったルートだが
相変わらずの急斜面、踏ん張って鴻ノ巣曲輪まで。

八上城は鴻ノ巣曲輪を北西尾根筋の最前線として
曲輪、堀切、竪堀などの遺構群が山上の主郭部まで連なる。
石積が見えてくると主郭部の右衛門丸、そこから
主郭部に展開する曲輪群を経めぐり本丸曲輪へと到着。
ここまで二時間の山歩き、折々に見える篠山盆地の眺望を楽しみながら
ゆっくり時間をかけて登ってきた。

a-35194246_971580099669697_2390777705479012352_n.jpg

a35193544_2062584667145373_3332247181145931776_n.jpg
八上城跡から篠山盆地を見る
b35194197_2062584723812034_2506985501735518208_n.jpg
主郭部北尾根の堀切
c35270211_2062584733812033_4898118950765723648_n.jpg
西の曲輪からの城道と右衛門丸の切岸

本丸で八上城と波多野氏、そして明智光秀の丹波攻めについて
ひとくさり解説をしたのち昼食を摂り、
休む間も惜しんで東南部の蔵屋敷跡と土塁、
朝路姫の伝説を秘めた朝路池と堀切、光秀の母を処刑したという
磔の松跡、東尾根筋の馬駆場、竪堀群をめぐって
誓願寺谷へと下っていった。

20180615-image1.jpeg
修復されたものの、違和感をまきちらしている秀治顕彰碑
d35201913_2062584937145346_5444535934387224576_n.jpg
主郭北東部の石積と岡田丸曲輪
e35198164_2062584963812010_6685459652441800704_n.jpg
朝路池
f35236655_2062585013812005_4485684661648883712_n.jpg
南大堀切
g35168725_2062585347145305_3743325235554811904_n.jpg
馬駆け馬と竪堀

次は、波多野氏の根小屋ともいうべき奥谷城を踏破。
この城は小ぶりなものだが、横矢の効いた枡形虎口(疑問はあるが)、
帯曲輪、竪堀、中腹の広い曲輪、登り土塁、尾根筋の段曲輪
さらに主郭部の高い切岸と南曲輪、主郭の虎口までひた登る。
広い主郭と北の腰曲輪を区画する大竪堀、そして
北方尾根筋を遮断する大堀切。山城パーツが見事に揃った奥谷城
何度来てもおもしろいところではある。

h35237603_2062585370478636_4852755643624325120_n.jpg
奥谷城跡、段状に連なる曲輪群
i35226971_2062585393811967_3799904673696055296_n.jpg
主郭切岸と南曲輪
j35189829_2062585677145272_6455803580711436288_n.jpg
主郭への虎口
l-35230134_971580439669663_8663810331593670656_n.jpg
八上城に続く尾根側の大堀切

八上城、奥谷城を踏破したのち明智方の陣城群を車内ウォッチしつつ
昨年よりすっぽんぽんにされつつある野間砦に登ってみた。
丹波県民局の助成金を受けたとかで公園整備が進行中、
かつて城跡にあった木々は伐採され、雑草は刈り取られ
車が登れるような砂利道が設けられ、城跡遺構は破壊寸前の状態であった。仕方がないこととは思うが、なんとも残念なことではある。

m35285160_2062585723811934_5949872689693851648_n.jpg
野間砦跡、公園化整備とかで遺構は大きく壊れていた

野間砦の次は、明智方の本陣であった般若寺城跡を予定していたが
中世の土豪館をそのまま現代に伝える大渕館(土居の内)に寄り道。
昔ながらの土塁、堀跡に戦国時代をリアルにしのんだ。

n35206703_2062585913811915_9013038387333955584_n.jpg
土居の内、向こうに明智方の陣城ー大上西ノ山城跡

大渕館の北方山上には詰めの城・八百里城跡、
北東の山上には武路城跡など畑氏の山城が控えている。
そして、大渕館の東を防御する天然の濠・畑川の東方の小山に
明智の陣城である大上西ノ山城跡が
畑氏方の武路城と大渕館を威嚇する陣城として構えられている。

o-35413490_971580529669654_1813232336494395392_n.jpg
大上西ノ山城跡、相変わらず竹藪がひどい
p35195620_2062585937145246_4626748752202301440_n.jpg
曲輪を区画する堀切

ついで、今日の最終予定地である般若寺城跡に登城。
ニュースなどで地元の方が整備作業をされているということで
期待して登ったのだが、東方の曲輪のみが整備されているばかりで
ほとんど雑木藪の状態であった。しかも、下山ルートが
途中で分からなくなってしまうという散々な結果となった。

q35196204_2062586180478555_2760198399637585920_n.jpg
般若寺城跡、東曲輪以外は雑木藪

さて、今日の予定は終了したのだが、日はまだ高い。
それでは!ということで波々伯部氏の本城である淀山城跡を
攻めることに決定。ひさしぶりに登った淀山城跡は
やや荒れ気味で、藪化が進行しているのであった。
とはいえ、遺構そのものの見ごたえは相変わらず、
主郭部、竪堀、横堀、大堀切などなど隅から隅まで歩き回った。

r35151405_2062586127145227_1597382063474868224_n.jpg
淀山城跡から八上城跡を遠望
s35225874_2062586197145220_7756867836026290176_n.jpg
東斜面を防御する大竪堀
t35348059_2062586457145194_5832779919720972288_n.jpg
北尾根の堀切

かくして、八上城を中心に波多野氏方の山城、明智方の陣城めぐりは
五城一館を踏破して無事おわった。
ここでビールで乾杯といきいたいところだが、
酔っ払い運転は御法度である。八上城山麓の中華料理屋で
空腹を満たし、歴史話に花を咲かせ、ミニオフ会は終了した。

posted by うさくま at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/183548055

この記事へのトラックバック