2018年05月03日

相生からたつので歴史探索

後期連休の初日、矢野庄地頭・海老名氏と下揖保庄地頭・島津氏の家紋と史料採取に西播磨に遠征。
まず、先日、電話で相生の海老名氏の資料についてあれこれ教示を乞うた相生図書館を目指した。いつものデカンショ街道から山陽道三木小野インターチェンジ、龍野西インターチェンジで降りて図書館のある相生中央公園まで二時間半。丹波篠山から播磨南西部の相生までの道のりは遠い。

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山陽道龍野西インターチェンジを下りる。標識は「たつの」ではない。

図書館にお邪魔すると、ありがたいことに海老名氏の資料を揃えてくださっていた。併せて海老名氏の墓所の所在地を地図にマッピングしたものをいただき、まことに丁寧な対応に感謝したことだった。

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相生市立図書館、司書さん親切でした。
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文字通りの海城!大島城跡。

図書館を辞去したあと、大島城を撮影、相生市文化会館に車を停めて海老名家の墓所、ゆかりのお寺を訪ね歩いた。墓所は、本家、西、東の三家の海老名家のものがあるとのことで、まず西家の墓所、海老名氏が創建に尽くしたという相生天満宮、そして本家の墓所をたずねた。

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海老名西家の墓所
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相生天満神社。創建に播磨海老名氏初代・家季が尽力したという
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江戸時代、相生の庄屋をつとめた海老名本家の墓所、家紋はなかった。
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海老名本家の墓所の台石の文字

ついで、相生海老名氏の祖という家季のものという自然石の墓碑をへて、東家の墓所があるという墓地にお邪魔した。本家、西家の墓所は参る人もいないとのことで、荒れた佇まいを見せていた。東家の墓所があるという墓地も荒れていて、ついに墓石を発見できなかった。

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初代・家季の墓と伝わる石塔。
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蓮如上人に帰依した海老名季重にゆかりの光明寺。

求める海老名氏の家紋に関わる発見はなく、海老名氏が菩提寺とした光明寺に一縷の望みをかけた。たずねると住職の夫人が出てこられたが、海老名氏とは縁が切れて久しいとのこと。東家の墓所もいまは藪に覆われ、海老名家に係る史料も歴史資料館にあるとのことだった。早速、図書館横の相生歴史資料館に引き返したが、すでに閉館時間を過ぎていて資料閲覧はかなわなかった。

相生の地名発生に関わる武家・海老名氏の歴史を思えば、いずれの墓所も荒れ放題。その足跡を語る史料群もあいまいな状態に置かれているような。明治のはじめの失火をきっかけに没落した結果とはいえ、無常を感じずにはいられないものであった。

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たつの赤松氏の居城・鶏籠山城址を遠望。

なんとなく不完全燃焼な気分を抱きながら、島津氏の資料を蔵するたつの図書館を訪ねると、なんと休館! 連休なのに何故?

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村墓地越しに下揖保庄を見る

ガックリしつつ旧揖保川町野田地区の墓地を訪ねる。先日の家紋採取において、ピックアップしながら立ち寄れなかったところだ。墓地を見回し島津家の墓石を探すと彫られた家紋は「違い鷹羽」、さらに墓地を歩き回ると奥まったところに「丸に十字」を刻んだ島津家の墓所があった。

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たつの市揖保川町の島津家の墓
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たつの市揖保川町の島津家の墓、彫られた名前が気になる。
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ずばり! 丸に十字紋。

この墓地には、永富家の墓石が林立している。そうだ、揖保川町には国重文に指定された「永富家住宅」があり、そのゆかりの家であろう。

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永富家の墓、13基が同紋。別に違い鷹羽紋の墓が二基あった。

永富家は伊賀に起こったといい、楠木正成、世阿弥、服部氏らとゆかりを有している。それもあって、家紋は世阿弥、服部氏に通じる「矢羽」かと期待したのだが「丸に横木瓜」だった。墓地に並ぶ永富家の墓石群は本家のものとは思われず、永富家住宅をたずねて本家の家紋も確認したかったのだが、時間も遅いこととて後日を期してたつのをあとにした。

posted by うさくま at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索
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