2018年04月15日

綾部歴史講座の世話人さんを案内して篠山をめぐる

綾部在住の知己KGさんの依頼を受けるかたちで
丹波を代表する俳人・西尾武陵ゆかりのN家にお邪魔して
江戸時代の享保年間に建築されたという住居や
武陵に関わる史料を拝見させていただいている。

それが機縁となって、綾部の歴史講座の現地学習としてN家を訪問
武陵の話、家の歴史などを学びたいという話が出た。
なんとなくでしゃばり過ぎるのもどうかな?と思いつわれ
N家にお話をさせていただいたところ、快諾を得た。

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そして、今日、現地学習の下見を希望される歴史講座の世話人方を案内してN家に訪問、またまた色々なお話をうかがい、
N家に伝来する武陵ゆかりの史料の数々を拝見した。

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今日、見せていただいたうちの目玉は、義昌・琴泉・ 武陵三代の肖像画で、像を写し取った仕上がりも見事だったがN家の家紋「櫛松」が精緻に描かれているのであった。文字通りの眼福をさせていただいた。  

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ついで、何気に置いてあった火鉢を見ると「契の火鉢」とあり、石のような木のような材質ながら、重量感タップリのものである。もともとは家の前の小川に設けられていた水車の軸を火鉢に転用したそうで、部材の木を繋ぐいだ「チギリ」が 名の由来とのことだった。
さらに火鉢には、陶製の五徳が備えられている。このように、いまではまったく使われることのなくなった道具が生きている。家、史料、日用の道具、それらを大切に守られているN家、その苦労を思えば、歴史を受け継ぎ未来に繋ぐ難しさを実感させられる。
歴史講座の世話人の方々が、単純に武陵に係る歴史と史料だけでなく、家(歴史)をつないでいく重さに思いをいたされる事を願った。


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N家は今も住まれていて、見学する人数には限りがあるため、予定される参加者三十人をN家見学組と街道を挟んだ向いに鎮座する神田神社見学組との二班に分けて、現地学習に望むことになった。

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神田神社の目玉といえば中井権次の彫り物、かつての大山荘の鎮守であったという歴史になるわけだが、時間調整にいささか苦しむところではある。それは当日までの課題としてN家を辞し、次の訪問地に予定される篠山城に移動した。

と、大音響!
城址一帯は「よさこいまつり」の会場と化し、各地から集まったよさこいチームが踊りを披露しているのであった。その五月蝿さもあって大書院は早々に切り上げて、武家屋敷群、南馬出を下見、世話人のみなさんはなんとか当日のプランができたようだった。

心配していた雨も降らず、無事、下見のアテンドを終えることができた。
さて、当日、いかになることやら。
posted by うさくま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 街歩き
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