2018年04月01日

丹波国旧氷上郡 家紋めぐり ― 市島町

一昨年の夏からおりおりに行っている旧氷上郡域の家紋採取
山南町から氷上町、柏原町のお寺、墓地をめぐり
昨年の秋は青垣町から福知山のお寺、墓地にお邪魔しながら
周辺の史跡を訪ねた。まことに地味な道楽だが
これがなかなか楽しいのである。今日は久しぶりに市島町にゴー!

黒井城跡北側、竹田川の支流美和川沿いに
散在する集落の村墓地をめぐり
ついで、山を越えた向こう前山川 沿いの
集落の村墓地、お寺の境内墓地をめぐった。

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黒井城を間近に見る美和川沿いは、谷の入り口にあたる勅使という地名が示すように三和勅使田の故地で、古刹白毫寺には赤松貞範のものと伝わる見事な宝篋印塔が伝わっている。黒井城の後背をなす谷だけに、当然というべきか荻野姓が多く、家紋はこぞって「二つ引両」 。また高見、上田、吉見、由良、木村など「二つ引両」紋が群を抜いて多いのは荻野姓の影響だろう。

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株墓地が多いのも田舎ぶりで、先の上田さんをはじめ木下「違い鷹羽」、渕上「釘抜」、足立・谷垣「五本骨扇」など、名字と家紋が見事にセットになっていた。ところで、一帯の鎮守は三輪神社であることから、大和の大三輪神社との関係を有し、地名になったものであろう。

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お墓めぐりの途次、清安寺跡という看板を発見、読んで見ると赤井直正が義父荻野秋清を謀殺したのちその菩提を弔うために建立、その跡に秋清らの墓石が残ると。小さな竹藪に入っていくと祠が二つ、その後ろに五輪塔群が祀られている。おそらく秋清と一族のものと思われ戦国時代の苛烈さをいまに伝える史跡であった。合掌。

2-29571315_1536707706427803_1429796939541412530_n.jpg 清安寺跡の五輪塔群

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安食の郷、牧場直営の店

寺跡の北方に「安食の郷」と書かれた施設があり、相方によれば牧場で美味しいカレーが有名だという。では、今日の昼はそこで摂ろうということにして墓めぐりに精を出した。昼ごはんに「さいころ定食」をいただいたあと、美和川から山一つ越えた北側に谷をなす前山川沿いへと移動した。
前山川沿いも、株墓地が多く近藤「抱き鹿角」、森本「二つ引」、藤田「剣酢漿草」など名字と家紋は一体となっていた。

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この谷は余田氏が拠った鴨阪城があり、氷上へ通じている。そもそも、前山川の上流地域の上・下鴨阪・徳尾一帯は峠を越えた西側にあった御油荘の余田として開発され、中世、余田を名乗る西遷御家人が城を構え一帯に勢力を張った。

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いまも余田姓が多く、跡への登り口ともなる南山麓の宗福寺には「藤巴」を用いる余田さんの墓石が林立。同墓地には、荻野「二つ引」 中井「 三階松」  足立 「五本骨扇に日の丸」など、この地域らしい名字と家紋が多かった。

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驚いたのは徳尾の集落で、二つの墓地にお邪魔したが、いずれも森本さん一色で家紋もこぞって「二つ引」であった。墓誌に刻まれた命日を見ると、初代にあたる人物は、天正六年に没とあった。天正六年といえば、明智光秀が黒井城を攻めている最中で、森本さんは篭城戦に加わっていたのだろうか。

9-29694533_1536709713094269_892862728862422251_n.jpg 森本株の墓地から鴨阪城址を見る

宗福寺から谷をはさんだ山際にある東皐寺も余田さんが多く、こちらは「一文字」紋がズラリであった。そのなかで、一文字と藤巴を組み合わせた 「一文字に藤巴」があったが、ちょっと欲張りか。葛野・森本・高雄 「二つ引」、 市川・松本「 一文字」、珍しいものとしては青木「一文字に藤丸」、森田「山形に星」などが目についた。

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・グラフにしてみたら
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二つの川筋の家紋採取、中世に勢力のあった荻野氏、余田氏、足立氏 などに通じる家紋が多いのが地域性を物語っていたような。また、田舎の墓地を巡っていつも思うことなのだが、名字と家紋の一体感は、それぞれの集落の歴史を語ってるようで心ひかれる。
もっとも、家紋と名字がバラバラという地域もある。古く市場が立っていた町、新たにできた城下町などは顕著である。一方、田舎では浄土真宗のお寺があるというのも一つのパターンをなしている。それぞれの背景に思い致すと興味深い歴史がジワリと見えてくるのも家紋が有する隠し切れない本質であろう。
posted by うさくま at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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