2018年02月17日

家紋研究会、丹波篠山家紋探索集会

今日の篠山は「曇り時々晴れ」の予報。
かねてから予定されていた日本家紋研究会の兵庫丹波の家紋調査行、当日。参加メンバーは T 会長をはじめ副会長のMさん、Kさん、そして自分の四人。
少人数だが、家紋に関していえば我が国において
最も濃いメンバーがそろったともいえようか。

朝九時半、篠山城跡石標前で集合。
篠山家紋の集いは、篠山城跡大書院からスタート。

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まず、大手石垣に刻まれた刻印をチェックし、大書院で古瓦、篠山城を築く前の笹山に鎮座していた春日神社のことに話がおよび、昨年の秋に歴史美術館で開催された春日神社展の図録を購入しようということになった。

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早速歴史美術館に移動、学芸員のOさんに確認したところ在庫がないとのこと、入手は後日に期して、Oさんの好意で「街道図屏風」をみんなで拝観、同室に展示されている青山家ゆかりの武具に描かれた家紋をウォッチ。

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つぎの波々伯部神社にお邪魔すると、T宮司が神社に伝来する波々伯部氏の位牌、波多野秀治の文書。さらに、波々伯部氏のこと、波々伯部神社の歴史をまとめた冊子、お土産の黒豆菓子などを暖かい部屋に用意してお待ちいただいていた。いつものことながら、その心づくしに感謝である。

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波々伯部神社の「舞鶴根引きの松」紋が描かれた祭礼の衣装、神仏混交の名残を留める仏像、貴重な襖絵、中井権次の彫刻、神紋が見事な神輿などをつぶさに見せていただいた。話が尽きぬままアッという間に時間は過ぎ、後ろ髪をひかれる思いで神社をあとにした。

ここで昼ごはんとなるところだが、」時間がもったいない」とコンビニで買って済まそうということになった。

車中で昼ごはんを取りながら、中世の国人領主・畑氏が拠った土居の内(大渕館)」を訪問。この館は兵庫県下で唯一のもので、県指定史跡となっている。そして、畑氏の子孫の方がいまも住んでおられるという貴重な中世遺産である。

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お尋ねすると、応接間に通していただき、あらかじめ用意していただいていた「猿皮のうつぼ」「十字の鉄鍔」を拝見する。うつぼは全国的にも数少ない貴重なもの、鉄鍔は実用にならない重さで、大渕一帯で散見されるキリシタンにゆかりのものであろうか?と思われた。さらに、先祖の畑六郎左衛門時能に始まる系図も見せていただくなど、眼福をさせていただいた。

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大渕館では伝来の品々もだが、何よりも土塁と堀に囲まれた中世以来の佇まいが一番の見どころである。明智光秀の丹波攻めで敗戦の憂き目を見て以来400年以上、有為転変はあったであろうが、よくぞ現代にまで居館、家系を維持されてきたことに感動させられるのである。

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大渕館を辞したあとは、篠山市を離れて柏原に移動。江戸時代、柏原は織田氏が治めたところで、前期信包系、後期信長系の二つの織田家が藩主であった。訪ねたのは後期織田家の墓所、かつては菩提寺があったようだが、いまは代々の五輪塔と一族の墓石が祀られている。荒廃の感は否めないが、信長に通じる法号、墓石に刻まれた五瓜紋など見るべきところは多かった。そのあと、信長を祀る健勲神社を経由して再び篠山市に舞い戻った。

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笹山に流された村上忠勝の供養塔にも立ち寄った

今日の篠山市は、きびしい寒さで、粉雪がちらつき始めた。そのようななか、家紋研究会としては外せないお寺の墓地めぐり。まず小林寺、戦国時代に土豪・小林氏が拠った澤田城の南山麓にあり、小林氏が開基したと伝える古刹。ついで、篠山城下町の東方に位置する河原町妻入商家群にある観音寺、この寺は八上城主・波多野氏にゆかりの寺。

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三番目は、波多野秀治が足利義輝の遺児をかくまい、開基とした誓願寺、波多野秀治の子孫という波多野氏の墓所があり、秀治の墓石も営まれている。いずれも篠山藩・青山家に使えた武士たちの墓所が営まれている寺ばかり、寒さが厳しくなる一方のなか夕闇が迫るまで墓石の家紋ウォッチに勤しんだのであった。

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もうひとつ予定していた妙福寺は割愛して、懇親会場へと乗り込んだ。本来ならここでビールで乾杯というところだが、自分以外は車ということ、自分も禁酒状態ということもあってアルコールなしの懇親会となった。それでも、家紋の話、歴史の話で座はおおいに盛り上がり、今日の丹波篠山家紋の集いは無事終了したこのであった。

篠山城跡と大書院 篠山城下町 波多野氏ゆかりのお寺 誓願寺: 波多野秀治の墓所(抜十字) 観音寺: 青山篠山藩士の墓 中世にゆかり 小林寺 : 青山篠山藩士の墓 土豪 小林氏 波々伯部神社:波多野秀治の文書・波々伯部家位牌(家紋) 大渕館:国衆畑家の後裔(居館跡、家紋)

posted by うさくま at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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