2018年01月07日

丹波船越氏の家紋を探る

昨年末、淡路の船越氏の家紋探索に出かけてきた。
船越氏の場合、丹波、とくに日吉町域にも多く、家紋は三つ巴が多いようだ。ネットで日吉町域における船越姓の分布を探ると、志和賀、生畑方面に集中している。そういえば、日吉の船越姓にゆかりのある篠山住の方より、お寺に「九曜巴」を彫った墓所があり、地名と同じ神社、城跡も残っていると聞いた。目前に迫った淡路での家紋講座の調査も兼ねて日吉方面へと出かけた。

まず、日吉町志和賀にある真福寺を訪問。なかなか雰囲気のあるお寺で境内にささやかに営まれた墓地もある。

27973041_1492261554205752_6653895764196537830_n.jpg
真福寺  裏の山上には志和賀城跡、城主は西村氏という

お寺の方に声をかけて家紋ウォッチすると、片山さん「目結」・吉田さん「檜扇」「五本骨扇」・西村さん「三つ星」・井上さん「揚羽」・井尻さん「隅目結」、そして船越家の墓石があり「九曜巴」と「三つ巴」が刻まれていた。

01_26196021_1311661948939864_5744865202584935807_n.jpg

02_26219942_1311661945606531_8315896765033937791_n.jpg

03_26196349_1311661928939866_4094482480351463272_n.jpg

04_26196157_1311661992273193_7543382507533969019_n.jpg

05_26220183_1311662008939858_2678420274443509128_n.jpg

06_26195354_1311662028939856_3673757173076098798_n.jpg

02_26168900_1311423122297080_2327981284720841786_n.jpg

住職の方に船越氏のことをお尋ねすると、株墓地が他にあるとのことで場所も教えていただいた。早速、訪ねてみると「三つ巴」を刻んだ船越家の墓石に出会うことができた。

03_26167719_1311423072297085_5445836407845797720_n.jpg

27751988_1492261590872415_5889602201097126312_n.jpg
志波加神社

帰路、志波加神社を発見、初詣も兼ねてお参りした。さらにネットで調べると後方の山に志和賀城跡があり、西村氏が城主だったとあった。先の篠山住の方ゆかりの船越氏は、志和賀であったろうか。


27866989_1492261700872404_4438356588194855907_n.jpg
無量寺  その後方に小畑共同墓地

次の船越氏の集住地である生畑地区に移動、あらかじめ調べていた無量寺を目指した。無量寺もいい雰囲気のお寺であったが、どうやら無住の様子、山門もしまっていて取り付く島もない。
お寺後方に営まれているであろう村墓地を訪ねていくと、新たに造成されたであろう墓地にはずらりと船越姓の墓石が並んでいる。見ていくと、「三つ巴」を多数派に「扇」「違い櫂」「藤丸」などが刻まれている。

04_26168681_1311423345630391_2208465190075355855_n.jpg

05_26231569_1311423692297023_1600841825414248248_n.jpg

06_26733657_1311423652297027_4778427960613626004_n.jpg

07_26219842_1311424032296989_1758188526794445128_n.jpg

08_26169437_1311426578963401_1973378131731473715_n.jpg


志和賀・生畑地区で出会った船越姓は、三つ巴が多数派であった。ここで思うのが、淡路の船越氏である。徳川旗本・船越家は淡路船越氏の流れで、家紋は「三つ巴」である。しかし、淡路の船越さんは「三つ柏」が多数派で巴を用いる家はなかった。背景には、旗本になった本家(であろう)に遠慮して家紋を変えた、一方の丹波船越家は遠い同族関係ということから「三つ巴」を用いたということであろうか。ともあれ、これで12日の淡路での家紋講座の本番を迎えられる かも。

27971996_1492261790872395_7807130379917286340_n.jpg
道の駅 スプリング日吉
27868119_1492261850872389_7578807918009485271_n.jpg
お食事処「楽河」(リフレッシュプラザ内)

さて、船越家の家紋探索を終えたのち、日吉ダムを見る道の駅「スプリングス ひよし」で昼食。孫のウーさんは残念ながら未だ離乳食前、可哀想だが我々が食べるところをおとなしく見せつけてしまった。
posted by うさくま at 23:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 家紋
この記事へのコメント
はじめてご連絡いたします。高橋と申します。わたくしは徳島県西部の出身で、三好氏に興味があり、淡路島の船越氏も興味を感じました。丹波の志和賀の船越氏の山城は、ほかにあります。図面を作成しています。よろしかったらご連絡ください。
Posted by 高橋成計 at 2018年06月01日 17:40
高橋 成計 様

コメント拝読しました。
実は、私は田中と申しまして、高橋さんとは
八上城跡、竹田城跡、有子山城跡などなど
既に何度か山城へご一緒しております。

最近では、この春先に篠山の清滝山に
三宅さんとご一緒いたしました。
これをご縁に今後とも、よろしくお願いいたします。

Posted by 播磨屋 at 2018年06月03日 22:42
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/182424327

この記事へのトラックバック